小原晩(おばら ばん、1996年 - )は日本の作家、エッセ… 小原晩(おばら ばん、1996年 - )は日本の作家、エッセイスト、歌人。 東京都八王子市生まれ。高校卒業後、美容師として活動をしたあと、2022年にエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』でデビュー。佐久間宣行や蓮見翔(ダウ90000)などに紹介され、自費出版作品としては異例の1万部を突破した。2023年9月には初の商業出版となる『これが生活なのかしらん』(大和書房)を発表。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
萩原 慎一郎(はぎはら しんいちろう、1984年9月16日 … 萩原 慎一郎(はぎはら しんいちろう、1984年9月16日 - 2017年6月8日)は、日本の歌人、詩人。平成時代に短歌の書籍としてベストセラーとなった『歌集 滑走路』の作者。同書は2020年に映画化もされた。 1984年、東京都杉並区荻窪にて生まれる。父親の仕事で京都府長岡京市や英国統治時代の香港などを転々とした後、東京都小平市に移り住んだ。1997年、男子中学御三家としても知られる東京都練馬区の私立男子中高一貫校の武蔵中学校に入学し、野球部へと入部した。その野球部顧問教諭に怒鳴られ萎縮する様子をきっかけに、同級生からからかわれ始め、暴言や暴力が伴う苛烈ないじめへと発展し、そのいじめは中学校から高校と長期間に渡って行われ続けた。
天野 慶(あまの けい、1979年10月19日 - )は歌人… 天野 慶(あまの けい、1979年10月19日 - )は歌人。「短歌人」所属。東京都三鷹市出身。 日常における様々な“言葉にならない思い”を言葉にする現代歌人。繊細な感性と力強い表現力で、新しい時代の短歌をつくり続けている[大言壮語的]。近年は百人一首関連の著書が多い。 東京都立小金井北高等学校に在学していた頃から高校生詩のコンクール、中新田現代詩未来賞、俳句甲子園、大伴家持大賞などに投稿し、入選・受賞している。当時の高校の物理教諭に米村でんじろうがいた。武蔵野女子大学短期大学部文科国文専攻在学中に高瀬一誌の導きで「短歌人」に入会。 毎日新聞 Women interactive カモミールにて連載されている、短歌+イラストの動画配信サービス「テノヒラタンカ」に参加。
あまね そう(天昵 聰、1976年9月2日 - )は、東京都… あまね そう(天昵 聰、1976年9月2日 - )は、東京都足立区出身の歌人。歌人集団「かばん」所属。 大学院修了後、公立中学校教諭を経て、現在臨床発達心理士。 2007年、歌人集団「かばん」に入会。かばん関西オンライン歌会を中心に活動する。2008年、短歌研究新人賞最終選考通過。2009年には「短歌サミット2009」の実行委員を務める。2011年、『かばん新人特集号vol.5』に参加。2013年3月、Amazon.co.jpよりkindle版の電子書籍として、第一歌集『2月31日の空』を出版。 口語をベースに若干文語も取り入れた作風で、現代仮名遣いを用いる。
松村 正直(まつむら まさなお、1970年9月3日 - )は… 松村 正直(まつむら まさなお、1970年9月3日 - )は、日本の歌人。国際啄木学会会員。東京都町田市出身、京都府京都市在住。歌誌「塔」元編集長。同人誌「パンの耳」発行人。 駒場東邦高等学校、東京大学文学部独文科卒業後、8年間フリーターをしながら岡山、金沢、函館、福島、大分と全国の地方都市を移り住む。函館に暮らしていた1996年に石川啄木の影響で短歌をはじめ、翌年「塔」入会。1999年「フリーター的」で第45回角川短歌賞次席。2000年毎日歌壇賞受賞。2002年第1歌集『駅へ』で第10回ながらみ書房出版賞受賞。2011年評論集『短歌は記憶する』で第9回日本歌人クラブ評論賞受賞。以後はカルチャースクール講師を専業とする。
枡野 浩一(ますの こういち、1968年9月23日 - )は… 枡野 浩一(ますの こういち、1968年9月23日 - )は、日本の歌人、詩人、小説家、エッセイスト、芸人。タイタン所属。 2006年に佐々木あららと共に執筆した青春小説『ショートソング』は約10万部のベストセラーとなり、小手川ゆあによって漫画化もされた。 コピーライター、フリーライターを経て、1997年に歌人としてデビュー。口語短歌が主な作風で、これは糸井重里に「かんたん短歌」と命名され、「マスノ短歌」と呼ばれている。高校国語教科書(明治書院・大修館書店)に短歌掲載中。結社や同人に所属しないため、歌人としては異端視されることが多い(当人もかつては「特殊歌人」の肩書きを使用していた)。明石家さんまのテレビ番組における「踊る!ヒット賞」が唯一の受賞経験。
齋藤 朝比古(さいとう あさひこ、1965年(昭和40年)3… 齋藤 朝比古(さいとう あさひこ、1965年(昭和40年)3月31日 -)は、東京都出身の俳人。本名・淳彦(あつひこ)。保谷市(現・西東京市)生。1993年、「炎環」に入会、石寒太に師事。1994年、超結社「豆の木」(代表こしのゆみこ)に参加。1997年、合同句集『炎環新鋭叢書 青炎』刊行。1998年、第3回炎環新人賞受賞。2004年、第10回豆の木賞受賞。2006年、第21回俳句研究賞受賞。2009年、石田波郷新人賞選考委員。2011年、アンソロジー『俳コレ』(邑書林)入集。2013年、第一句集『累日』刊行。 俳句の国に暮らす人と評される飄々とした句風(上田信治)で、小野裕三はその作品に「些細な日常的要素を、ユートピア的世界へと瞬時に手品のように構成し直す」技術があると評する。
山田 佳乃(やまだ よしの、1965年1月29日 - )は、… 山田 佳乃(やまだ よしの、1965年1月29日 - )は、大阪府出身の俳人。俳人山田弘子の娘。 『円虹』、『ホトトギス』に投句。稲畑汀子、稲畑廣太郎、山田弘子に師事。 2008年『ホトトギス』同人。2010年山田弘子の逝去により『円虹』主宰を継承。2010年第21回日本伝統俳句協会賞受賞。日本伝統俳句協会副会長。大阪俳人クラブ副会長。日本文藝家協会会員。 2022年句集『残像』が第四回加藤郁乎記念賞受賞。 山田弘子を継ぎ宮古島の子供たちに俳句を指導。宮古新報の子供俳句の選者。宮古島のカママ嶺公園に「蒼海に鷹を放ちし神の島 弘子」「神々の高さに鷹の光りをり 佳乃」の親子の句碑がある。 2022年『京極杞陽の百句』を刊行した。
中山 明(なかやま あきら、1959年3月18日 - )は、… 中山 明(なかやま あきら、1959年3月18日 - )は、日本の歌人。 東京都目黒区出身。1977年駒澤大学高等学校、1981年駒澤大学文学部卒業。埼玉県の私立武南高等学校教諭(世界史担当)。 1980年、『炎祷』で第23回短歌研究新人賞を受賞。「詩歌」にて前田透に師事。前田没後の1984年に小森須美、井辻朱美、黒崎政男、林あまり、渋谷祐子らと「かばん」創刊。同年、第1歌集『猫、1・2・3・4』を出版した。 文語体を用いながらも軽快なリズムとサブカルチャー的なテーマを導入し、短歌におけるライトヴァースの先駆の一人となり、1990年代の穂村弘らのニューウェーブ短歌への下地となった。一方で1996年のオンライン歌集『ラスト・トレイン』以降、自らは作歌から離れた。
井辻 朱美(いつじ あけみ、1955年12月12日 - )は… 井辻 朱美(いつじ あけみ、1955年12月12日 - )は、日本の翻訳家、ファンタジー小説家、歌人。白百合女子大学文学部児童文化学科教授。 東京大学理学部生物学科卒・同大学院人文系研究科比較文学比較文化専攻修了。 J・R・R・トールキンなどの正当ファンタジーの愛好家として出発し、英米のファンタジー小説を多く翻訳する。また自身も、ロード・ダンセイニなどの英米ファンタジーの世界観の影響を受けたファンタジー小説を多数著している。作風は軽やかで明るいものが多い。ファンタジー評論家の石堂藍は、言葉への深いこだわりを持ち、徹底して空想的な世界を描く作家と評し、山尾悠子と好一対のファンタジストと述べている。
今井 恵子(いまい けいこ、1952年1月1日 - )は、日… 今井 恵子(いまい けいこ、1952年1月1日 - )は、日本の歌人。 東京生。1975年、早稲田大学国語国文学専攻科修了。早稲田大学教育学部在学中の1973年「まひる野」に入会、窪田章一郎、武川忠一の指導を受ける。1977年、角川短歌賞次席(筆名・木村恵子)。1982年「音」創刊に参加(2002年退会)。2003年に高橋みずほ・吉野裕之と短歌ユニット[BLEND]を結成し冊子[BLEND]を刊行(2006年解散)。2006年「まひる野」再入会、2014年より編集委員および選歌委員。この間にフェリス女学院大学非常勤講師(1996~2021年)、日本歌人クラブ中央幹事(2017~2022年)などのほか、早稲田大学非常勤講師、短歌教室の講師などを務める。
小倉 蒼蛙(おぐら そうあ、1951年〈昭和26年〉10月2… 小倉 蒼蛙(おぐら そうあ、1951年〈昭和26年〉10月29日 - )は、日本の俳優、俳人、歌手、元子役である。旧芸名は小倉 一郎。作詞・作曲時のペンネーム、秋山 啓之介。 東京新宿で生まれ、すぐに両親の故郷の鹿児島県へ移住し(甑島列島の下甑村、現在の薩摩川内市の一部)、小学1年の夏から再び東京中野区で、小学校3年生から板橋区長後町で育つ。日本大学豊山高等学校中退。大判社所属。 2023年、がん克服を機に生まれ変わったという気持ちから、芸名を小倉一郎から俳号と同じ小倉蒼蛙に改名した。 中村錦之助や大川橋蔵に憧れ、小学校3年から、東映のエキストラになり、1960年に9歳で子役として活動を開始し、1962年の美空ひばり主演『べらんめえ芸者と大阪娘』、1964年『飢餓海峡』(内田吐夢監督)などに出演。
水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )… 水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )は、日本の詩人・歌人・俳人・翻訳家。 東京都武蔵野市吉祥寺出身。武蔵野市立第三小学校、武蔵野市立第三中学校、東京都立西高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英米文学科を卒業。早稲田大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程・博士課程修了。結婚後、生まれたばかりの長男を連れてアメリカのボストンへ夫の同伴兼留学生として移住し、1年間滞在した。多言語総合文芸誌「PANDORA」主宰。
仁平 勝(にひら まさる、1949年4月26日 - )は、日… 仁平 勝(にひら まさる、1949年4月26日 - )は、日本の俳人・文芸評論家。 東京都武蔵野市吉祥寺に生まれる。東京都立三鷹高等学校、中央大学法学部政治学科を卒業。1979年、古本屋で見つけた坪内稔典編集の『現代俳句』(南方社)を読んで同時代の俳句に興味を抱く。翌年から句作を開始し、第一句集『花盗人』を私家版で上梓。1981年「豈」参加(1999年退会)、「未定」参加(1991年除名)。1983年「俳句評論」に準同人として参加(同年終刊)。1989年「船団」入会(1997年退会)。1997年、評論集『俳句が文学になるとき』を中心とした業績で第19回サントリー学芸賞受賞。2003年、評論集『俳句のモダン』で第3回山本健吉文学賞評論部門受賞。
花山 多佳子(はなやま たかこ、1948年3月5日 - )は… 花山 多佳子(はなやま たかこ、1948年3月5日 - )は、日本の歌人。 東京都武蔵野市出身、千葉県在住。同志社大学文学部在学中に京都大学短歌会および「塔」に入会し、高安国世に学ぶ。現在、選者。河北新報「河北歌壇」、NHK短歌(2011年-2012年度)選者。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小高 賢(こだか けん、1944年7月13日 - 2014年… 小高 賢(こだか けん、1944年7月13日 - 2014年2月10日)は、日本の編集者・歌人。本名・鷲尾賢也。 東京都本所区(現・墨田区)生まれ。兄の鷲尾悦也は第3代日本労働組合総連合会会長。東京都立両国高等学校、慶應義塾大学経済学部卒。キヤノンを経て講談社に入社し、編集者として勤務。週刊現代編集部、講談社現代新書編集長、学術局長、学芸局長、取締役、顧問などを歴任。「選書メチエ」シリーズや「現代思想の冒険者たち」シリーズを発足させた。 1972年、歌人馬場あき子に出会い作歌を始める。78年「かりん」創刊に参加。2000年『本所両国』で第5回若山牧水賞受賞。本名での出版時評なども行い、編集者仲間で行う「いける本大賞」の発起人の一人でもある。
佐佐木 幸綱(ささき ゆきつな、1938年10月8日 - )… 佐佐木 幸綱(ささき ゆきつな、1938年10月8日 - )は、日本の歌人・国文学者。早稲田大学名誉教授。日本芸術院会員。『心の花』主宰・編集長。現代歌人協会前理事長。 曽祖父の佐々木弘綱、祖父で文化勲章受章者の佐佐木信綱、父の佐佐木治綱、母の佐佐木由幾、長男の佐佐木頼綱、次男の佐佐木定綱も歌人である。本名は佐々木幸綱で、祖父、父に倣って「佐佐木」を称する。 祖父信綱が主宰した「竹柏会」とその機関誌「心の花」を継承。骨格の太い男性的な歌風を特色とする。俵万智の師。歌集に『群黎』(1970年)、『反歌』(1989年)、『金色の獅子』(1989年)、『天馬』(2001年)、『ほろほろとろとろ』(2014年)など。
柳澤 桂子(やなぎさわ けいこ、1938年1月12日 - )… 柳澤 桂子(やなぎさわ けいこ、1938年1月12日 - )は、東京出身の生命科学者、サイエンスライター、エッセイスト、歌人。夫は柳沢嘉一郎。
大嶽 青児(おおたけ せいじ、1937年1月1日 - )は、… 大嶽 青児(おおたけ せいじ、1937年1月1日 - )は、東京出身の俳人。本名・一昭。東京市(現・北区)生。東京都立工芸高校機械科卒。在学中より作句。1965年、「春燈」の木下夕爾追悼号を読んだことで同誌に興味を持ち、1967年入会。安住敦に師事、成瀬櫻桃子に兄事。1975年、春燈賞受賞。1982年、『遠嶺』で第6回俳人協会新人賞受賞。2004年、「春燈」退会し、季刊同人誌「瀝」を創刊、代表同人を務める。2007年、『笙歌』で第47回俳人協会賞受賞。代表句に「笛吹いて了る童話よ遠嶺に雪」などがあり、叙情味のある自然詠が特色。他の句集に『桐の花』がある。
小野 茂樹(おの しげき、1936年12月15日 - 197… 小野 茂樹(おの しげき、1936年12月15日 - 1970年5月7日)は、東京都渋谷区出身の歌人。 1955年に東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業後、早稲田大学文学部国文学科に進学、早稲田大学短歌会に入会。同じく会員であった石本隆一の紹介により前田夕暮系の短歌結社「地中海」に参加し、香川進に師事。1963年に大学を中退し、角川書店や河出書房新社に編集者として勤務する。 1968年に第一歌集『羊雲離散』を刊行し、翌年第13回現代歌人協会賞を受賞。瑞々しさにあふれたやわらかな相聞歌が高く評価された。また、少年期の学童疎開(9歳で長野県に集団疎開し、栄養失調状態で帰京)の経験が作品に濃厚な死の影を落としているとも評される。
小久保 晴行(こくぼ はるゆき、1936年(昭和11年)7月… 小久保 晴行(こくぼ はるゆき、1936年(昭和11年)7月20日 - 2025年10月7日[要出典])は、日本の著作家、洋画家、歌人、評論家、経営学博士。 公益財団法人 えどがわボランティアセンター理事長、一般財団法人 国際江戸川文化福祉財団理事長、社会福祉法人 つばき土の会理事長。株式会社トーヨー会長、株式会社エフ・イー・アイ会長。江戸川区文化会会長、江戸川区美術会会長、江戸川区芸能文化協会会長、江戸川区福祉ボランティア団体協議会会長、江戸川区友好団体連絡会会長、江戸川明るい社会づくりの会会長、江戸川第九を歌う会会長、江戸川区ドッジボール協会会長、八代目橘家円蔵一門を励ます会会長。江戸川区短歌連盟顧問、江戸川区都市計画審議会委員、江戸川区民生委員推薦会委員。
吉行 和子(よしゆき かずこ、1935年〈昭和10年〉8月9… 吉行 和子(よしゆき かずこ、1935年〈昭和10年〉8月9日 - 2025年〈令和7年〉9月2日)は、日本の女優、エッセイスト、俳人。東京府(現:東京都)出身。 父は作家の吉行エイスケ、母は美容師の吉行あぐり。兄は作家の吉行淳之介、妹は詩人の吉行理恵。 2歳で小児喘息を患い、病弱な子ども時代を過ごす。1948年3月、千代田区立番町小学校卒業。 父は和子が4歳のときに死去、母は美容師として働いていたため、ひどい喘息の発作が起こると、岡山県の祖父の元に預けられていた。 1954年、女子学院高等学校を卒業。なお、卒業前に劇団民藝付属水品研究所を受験して入所。女優になるつもりはなく、絵を描くことや裁縫は得意だったことから「衣装係にでもなれれば」と思って受験したところ、思いがけず女優候補として採用された。
篠 弘(しの ひろし、1933年3月23日 - 2022年1… 篠 弘(しの ひろし、1933年3月23日 - 2022年12月12日)は、日本の歌人・近代短歌研究者。短歌結社「まひる野」代表。日本現代詩歌文学館館長、日本文藝家協会理事長。日本ペンクラブ会員。近現代短歌史研究に功績を残した。
伊藤 文學(いとう ぶんがく、英: Bungaku Ito,… 伊藤 文學(いとう ぶんがく、英: Bungaku Ito, 1932年3月19日 - )は、日本の実業家、雑誌編集者、作家、歌人。 日本初の商業ベースの同性愛雑誌『薔薇族』創刊者・編集長。第二書房代表取締役社長、ロマンの泉美術館館長。 男性同性愛者のためのゲイ雑誌刊行により、全国の書店に置くことで「同性愛者の存在を可視化」させ、社会的少数者は「自分だけではない」と明確に分かるようになる。雑誌の投稿欄、読者座談会やカフェ開業など交流の場を設け、コミュニティ作りに尽力。「薔薇族」「百合族」を命名。『薔薇族』編集長を40年間務めた。 東京府に生まれる。荏原小学校代沢分教場(世田谷区立代沢小学校)、世田谷中学校・高等学校を経て、駒澤大学文学部国文科を卒業。
大牧 広(おおまき ひろし 1931年4月12日 - 201… 大牧 広(おおまき ひろし 1931年4月12日 - 2019年4月20日)は、日本の俳人。 東京府荏原区(現品川区)出身。弦巻学園高等学校卒。1965年、「馬酔木」「鶴」に入会。1971年、「沖」に入会し能村登四郎、林翔に師事。1974年、沖新人賞、83年、沖賞受賞。1989年、「港」を創刊・主宰。2009年、第64回現代俳句協会賞受賞。2015年、『正眼』で第30回詩歌文学館賞受賞。2016年、第15回山本健吉賞受賞。2019年、『朝の森』で第53回蛇笏賞受賞。市井人の哀愁をたたえつつ俳諧味のあふれる作風。門人に櫂未知子、仲寒蝉がいる。 2019年4月20日、膵臓癌のため死去。88歳没。蛇笏賞の授賞式の前に死去したため、授賞式では仲寒蝉が代理出席した。
平井 照敏(ひらい しょうびん、1931年(昭和6年)3月3… 平井 照敏(ひらい しょうびん、1931年(昭和6年)3月31日 - 2003年(平成15年)9月13日)は、日本の俳人・フランス文学者。青山学院女子短期大学名誉教授。本名・てるとし。 東京都生まれ。1954年(昭和29年)東京大学文学部仏文科卒業、同大学院比較文学比較文化修士課程入学。1959年(昭和34年)詩集『エヴァの家族』を刊行、詩人として活動を始め、またフランス詩の研究も行う。青山学院短期大学に勤務しのち教授。2001年(平成13年)青山学院女子短期大学名誉教授。 1965年(昭和40年)ごろから俳句を作りはじめ、加藤楸邨に師事、「寒雷」に入会。寒雷賞受賞、同誌編集長になる。1974年(昭和49年)句集『猫町』を刊行、主宰誌「槇」を創刊する。
吉村 睦人(よしむら むつひと、1930年(昭和5年)1月2… 吉村 睦人(よしむら むつひと、1930年(昭和5年)1月26日 - 2019年(令和元年)12月4日)は、日本の歌人。 東京都出身。8人兄弟の7番目で四男。父・幸夫は萬朝報記者を経て「婦人タイムス」「音楽画報」などを編集発行、その後には作歌指導や万葉集講義などで生計を立てた。母・千原代志は結婚まで伊藤野枝のもとで「青鞜」などに小説を書いていた。小学生のときから父に短歌を作らされていた。 1948年に父のすすめで國學院大學予科に入学し、釈迢空の研究室をたびたび訪ね、武田祐吉の万葉集輪読会に参加。当初は「国民文学」に出詠していたが、1949年に父に内証で「アララギ」に入会。五味保義の指示で校正等の仕事をする。
雨宮 雅子(あめみや まさこ、1929年3月28日 - 20… 雨宮 雅子(あめみや まさこ、1929年3月28日 - 2014年10月25日)は、日本の歌人。日本文藝家協会、現代歌人協会会員。 東京市麹町区永田町生まれ。番町小学校、東京家政学院高等女学校を経て、昭和女子大学に入学。大学在学中、川上小夜子に師事。1949年、川上にともなわれ、「女人短歌」の創刊に参加。1950年、「林間」の創刊に参加するが、1961年ころから作歌を中断。 1970年、作歌を再開し、「林間」に復帰。1972年、夫である竹田善四郎とともに「鴟尾」を創刊し、22号まで発行する。同年、香川進に師事し、短歌結社「地中海」に参加した。現在は短歌結社誌「雅歌」の発行人をつとめている。 キリスト教の洗礼を受け、50年に亘って日本基督教団に所属したクリスチャンであったことが、短歌創作に大きく反映されてきた。
蒔田 さくら子(まきた さくらこ、1929年1月11日 - … 蒔田 さくら子(まきた さくらこ、1929年1月11日 - 2021年8月8日)は、日本の歌人。本名・浜高家さくら子。東京都豊島区目白生まれ。 東京府立第三高等女学校(現在の東京都立駒場高等学校)卒業。 1946年(昭和21年) 「をだまき」に入社。高瀬一誌らと中河幹子(小説家・中河与一の妻)に師事。その後、「短歌人」に入会し小宮良太郎に師事した。 1953年(昭和28年)、「短歌人」が編集委員制度移行の際、編集委員に就任。以後55年間に渡って編集に携わる。 1982年(昭和57年)歌集『紺紙金泥』で第9回日本歌人クラブ賞。 1994年(平成6年)、歌集『鱗翅目』で第15回ミューズ女流文学賞。 1983年(昭和58年)より1987年(昭和62年)まで現代歌人協会理事。
角川 照子(かどかわ てるこ、1928年2月14日 - 20… 角川 照子(かどかわ てるこ、1928年2月14日 - 2004年8月9日)は、東京府渋谷町(現東京都渋谷区)出身の俳人。1949年、角川源義と結婚する(源義は再婚)。のち一男一女をもうけるが、いずれも成人前に亡くなっている。 1949年7月26日に、長男(源義から見ると三男)・道夫を殺害し逮捕される。 1979年、源義創刊の「河」主宰に就任。1987年、『花行脚』により第11回現代俳句女流賞を受賞した。代表句に「さいはての句碑に掛け置く春ショール」(『幻戯微笑』所収)などがあり、格調と叙情を兼ね備えた句風である。 2004年8月9日、荻窪の自宅にて死去した。75歳。墓所は小平霊園。「河」主宰は源義と先妻の息子である角川春樹が継いだ。
尾崎 左永子(おざき さえこ、1927年11月5日 - )は… 尾崎 左永子(おざき さえこ、1927年11月5日 - )は、日本の歌人、随筆家、放送作家。歌誌「星座」主筆、エッセイスト・クラブ常務理事。本名は尾崎磋瑛子(読みは同じ)。夫は慶應義塾大学経済学部名誉教授の尾崎巌。神奈川県鎌倉市在住。 東京府豊島区巣鴨に、宮内省に勤務する父・酒巻芳男(旧姓・飯島)、母・壽(旧姓・秋月)の四女として生まれる。母方の祖父は明治天皇の侍医であった。 東京女学館中等科を1学年飛び級し、東京女子大学国語科入学。大学では松村緑、西尾実の指導を受けた。また関鑑子に声楽を学んだ。戦後は大学の演劇部に所属し、木下順二、山本安英、薄田研二らの指導を受けた。大学在学中に歌誌「歩道」に入会し、佐藤佐太郎に師事。
長谷川秋子(はせがわあきこ、1926年(大正15年)8月28… 長谷川秋子(はせがわあきこ、1926年(大正15年)8月28日 - 1973年(昭和48年)2月2日)は、日本の俳人。 東京生まれ。父は俳人の沢本知水。立教高等女学院に学ぶ。昭和21年、長谷川零余子、かな女の嗣子、フルート奏者の長谷川博と結婚。子は小説家の三田完。 昭和44年、長谷川かな女の逝去にともなって、「水明」を継承主宰。昭和45年、離婚。昭和48年、喘息の発作により46歳で急逝。 句集に『菊凪ぎ』(昭和42年)『鳩吹き』(46年)がある。『長谷川秋子全句集』(牧羊社 昭和51年)がある。「時に奔放な叙法を用いながら、情感や、憤りや、あこがれ、を伴って自己を強烈に焼きつけてゆく秋子俳句は、悲しみを突きぬけてゆく持前の強い野性味のなかから生れていった」(星野紗一)と評される。
春日 真木子(かすが まきこ、1926年2月26日 - )は… 春日 真木子(かすが まきこ、1926年2月26日 - )は、日本の歌人。歌誌『水甕』代表。尾上柴舟系の歌誌の親睦団体「柴舟会」会長。父は岩谷莫哀門下の歌人・松田常憲。娘の春日いづみも歌人。宗教はキリスト教。 鹿児島県鹿児島市薬師町生まれ。本姓・松田。1歳から12歳まで愛知県名古屋市で育つ。三輪田高等女学校(のちの三輪田学園中学校・高等学校)から千代田女子専門学校(のちの武蔵野大学)に入学するも、1年修了後に太平洋戦争による空襲激化のために中退。三井鉱山の人事部に勤務する。1945年6月、疎開のため退社。 1946年10月に20歳で結婚。1949年に長女いづみが生まれるも、1954年に夫と死別。
宮崎 蕗苳(みやざき ふき、1925年9月6日 - 2022… 宮崎 蕗苳(みやざき ふき、1925年9月6日 - 2022年1月20日)は、日本の華道家、歌人。柳原白蓮の長女。短歌結社「ことたま」を継承して主宰した。東京都出身。昭和天皇の又従兄妹。 1925年、柳原白蓮・宮崎龍介の長女として生まれた。父方の祖父、宮崎滔天(とうてん)は、清朝を倒した辛亥革命を指導した中国の革命家、孫文の盟友として知られる。国父である孫文の友人・滔天の孫として、5年に1度は辛亥革命の記念式典に国賓として招待され、歓迎された。父の龍介は1937年、日中戦争の和平工作のため、当時の首相、近衛文麿の命をうけ蒋介石への密使として派遣された。しかし途中で憲兵に拘束され、未遂に終わった(宮崎工作)。
平井 さち子(ひらい さちこ、1925年8月31日 - )は… 平井 さち子(ひらい さちこ、1925年8月31日 - )は、東京都出身の俳人。東京市日暮里(現荒川区)生。1946年、夫の恩師である中村草田男の「萬緑」に入会。1956年、夫と大学の同級であった高橋沐石の勧めで「子午線」に参加。夫の留学や赴任に伴いアメリカ合衆国、ついで北海道に移住。当地では野鳥愛護活動に従事、また北海道文学館理事も務めた。1983年、東京に戻る。1990年、『鷹日和』により第30回俳人協会賞受賞。他の句集に『完流』『紅き栞』『背中』『日々片々』がある。季題趣味を離れた自由な句風。
岩田 正(いわた ただし、1924年4月30日 - 2017… 岩田 正(いわた ただし、1924年4月30日 - 2017年11月3日)は、日本の歌人、評論家。妻で歌人の馬場あき子と「かりん」を創刊。 東京世田谷駒沢生まれ。国士舘中学校在学中に短歌を知る。早稲田大学高等学院予科を経て、早稲田大学文学部国文科卒。在学中の1946年に早稲田大学短歌会に入会し、同年歌誌「まひる野」創刊に参加。窪田空穂、窪田章一郎に師事。また渡辺順三編集の「人民短歌」(後の「新日本歌人」)の編集手伝いを行う。大学卒業後、都立高等学校教諭となり定年退職まで務める。 1977年に「まひる野」を退会。1978年に馬場あき子とともに歌誌「かりん」を創刊。朝日カルチャーセンター、角川短歌通信講座などで短歌を指導。
磯貝 碧蹄館(いそがい へきていかん、1924年3月19日 … 磯貝 碧蹄館(いそがい へきていかん、1924年3月19日 - 2013年3月24日)は、俳人、書家。 東京出身。本名は甚吉。豊南商業学校(現・豊南高等学校)中退。川柳、自由律俳句を経て、1954年中村草田男に師事。1960年『与へられたる現在に』で角川俳句賞受賞。1966年『握手』で俳人協会賞受賞。1974年俳誌「握手」を創刊し主宰する。2004年句集『馬頭琴』により第5回雪梁舎俳句大賞特別賞受賞。書を金子鷗亭に学び、創玄展審査員を務めた。2013年3月24日、肺癌のため死去。89歳没。
勝原 文夫(かつはら ふみお、1923年(大正12年)9月2… 勝原 文夫(かつはら ふみお、1923年(大正12年)9月20日 - 2017年(平成29年)4月24日[要出典])は、日本の風景学者、景観論者、農業経済学者、農学者、俳人。 東京府に生まれる。東京府立第六中学校(現・東京都立新宿高等学校)卒業後、1年の浪人を経て旧制東京府立高校に入学し、2年生のとき学徒出陣で輜重隊に入隊した。[要出典] 復学後に府立高校を卒業して[要出典]東京大学経済学部に進学し、農業経済学を専攻した。[要出典]1948年の大学卒業後、創立時の国立国会図書館調査局に入り、39年間在職して1987年に退職した。同年、農村風景論に関する著述活動により、第8回国立公園協会田村賞を受賞した。
高柳 重信(たかやなぎ しげのぶ、1923年1月9日 - 1… 高柳 重信(たかやなぎ しげのぶ、1923年1月9日 - 1983年7月8日)は、俳人。本名は高柳重信(しげのぶ)、俳人としては「じゅうしん」を自称した。 3行ないし4行書きの多行書きの俳句を提唱・実践し、金子兜太らと共に「前衛俳句」の旗手となった。歌人の高柳蕗子は実子。俳人の中村苑子と事実婚(内縁関係)にあった。
深見 けん二(ふかみ けんじ、1922年3月5日 - 202… 深見 けん二(ふかみ けんじ、1922年3月5日 - 2021年9月15日)は、福島県出身の俳人。本名は謙二。 高玉鉱山(現・郡山市)に生まれる。父の転勤で東京に移り、府立第五中学校を経て東京帝国大学工学部冶金科を卒業。卒業後は東大冶金科研究室勤務を経て日本鉱業入社。日興エンジニアリング勤務。 高校時代の1941年より高浜虚子に師事、20歳の頃に深川正一郎の指導を受ける。大学卒業後「ホトトギス新人会」を結成。1952年より山口青邨にも師事し、1953年に青邨の「夏草」同人。1959年に「ホトトギス」同人。1989年、「珊」創刊同人。1991年、「Fの会」を土台として「花鳥来」を創刊、主宰。 1992年、句集『花鳥来』で第31回俳人協会賞を受賞。
島原 落穂(しまはら おちほ、女性、1921年12月9日 -… 島原 落穂(しまはら おちほ、女性、1921年12月9日 - 2013年3月31日)は、日本のロシア語翻訳家、ノンフィクション作家、歌人。 東京府北豊島郡巣鴨町大字巣鴨出身。父は慶應予科教授の島原逸三。1939年普連土女学校卒。1941年玉成保母養成所卒、森村幼稚園に勤務。1944年慶應義塾大学工業図書館勤務。1945年から1946年に母と父が死去。1961年慶應義塾大学附属外国語学校ロシア語科卒。1965年同校講師、1966年日ソ学院講師、東京ロシア語学院講師。 1946年から同人誌「創作」(若山牧水創刊)会員。 島原の遺稿をまとめた芹生一(本名・島原健三〈1928年 - 〉、成蹊大学名誉教授、工業化学)は弟。
三橋 敏雄(みつはし としお、1920年11月8日 - 20… 三橋 敏雄(みつはし としお、1920年11月8日 - 2001年12月1日)は、俳人。 東京都八王子市出身。実家は絹織物業であったが、家業が傾き進学を諦め、書籍取次の東京堂(後に取次部門は日本出版配給に吸収)で働きながら実践商業学校(現実践学園中学・高等学校)夜間部を卒業。1943年召集を受け横須賀海兵団に入団。戦後は1972年まで運輸省所属の練習船事務長として日本丸、海王丸などに勤務した。 俳句は1935年、東京堂の先輩に勧められ社内句会に参加。1936年に「句と評論」「馬酔木」などに投句。1937年渡辺白泉の「風」に参加、白泉に師事し、新興俳句無季派の俳人となる。1938年「広場」同人となり、西東三鬼にも師事。
石田 勝彦(いしだ かつひこ、1920年10月3日 - 20… 石田 勝彦(いしだ かつひこ、1920年10月3日 - 2004年7月9日)は、北海道出身の俳人。本名は和郎(かずろう)。1938年、旧制日本大学中学校(現、日本大学第一中学校・高等学校)卒業、國學院大學中退。戦後、結核のため清瀬の国立東京病院に入所。1952年、東京療養所俳句サークル誌「松濤」の加藤楸邨の選を受け、翌年、「寒雷」に入会。また石田波郷に師事し、1954年、俳誌「鶴」に入会。「鶴」支部句会で小林康治からも学んだ。波郷没後、1974年、小林康治の「泉」創刊に参加、編集を担当、1980年より「泉」を辞した小林に代わり選を務める。1988年、俳人協会評議員。1990年、健康上の理由で「泉」主宰を綾部仁喜に譲る。
草間 時彦(くさま ときひこ、1920年(大正9年)5月1日… 草間 時彦(くさま ときひこ、1920年(大正9年)5月1日 - 2003年(平成15年)5月26日)は、神奈川県出身(実際は東京生まれ)の俳人。 東京府に生まれ、神奈川県鎌倉で育つ。祖父・草間時福は愛媛県松山英学校(のちの松山中学)の校長を務めた後、東京で民権派ジャーナリストとして活躍した人物で、「渋柿」の俳人でもあった。父草間時光は水原秋桜子に師事した俳人で鎌倉市長を務めたこともある。 結核のため20歳で学業を断念、旧制武蔵高等学校中退。逗子にて療養し文学に熱中。1949年、水原秋桜子に師事して俳句を始める。同年結婚。1951年、三井製薬に入社、25年の間サラリーマンとして勤める。1953年、秋桜子の「馬酔木」を退会、55年、復刊した「鶴」に入会し石田波郷に師事。
築地 正子(ついじ まさこ、1920年(大正9年)1月1日 … 築地 正子(ついじ まさこ、1920年(大正9年)1月1日 − 2006年(平成18年)1月27日、享年86歳)は、日本の歌人。本名は築地 正(ついじ まさ)。 1920年(大正9年)1月1日、東京に生まれた。実践女子専門学校(現・実践女子大学)国文科在学中から作歌を始め、短歌結社「鶯」をへて竹柏会「心の花」の同人となった。戦後、二十六歳の時に熊本県長洲町に両親と共に移り住み、五十年以上をそこで土を耕しながら過ごした。一時期絵画を志したが、熊本移住後に断念している。熊本ではその地になじめず、最後まで東京への望郷の思いを持ち続けた。彼女は人間嫌いとも言われるほど世俗を退け、家に電話も置いていなかったところから、「孤高の歌人」と呼ばれたが、長洲町の豊な自然(鳥や虫、植物など)との交感や老いを題材に、彼女独特の美学や哲学に基づいた清新な歌風の作品を残している。
村沢 夏風(むらさわ かふう、1918年11月14日 - 2… 村沢 夏風(むらさわ かふう、1918年11月14日 - 2000年11月29日)は、東京都出身の俳人。本名喜八郎。東京市京橋区生。保善商業学校卒。1942年、「鶴」に入会し石田波郷に師事。1958年鶴賞、1965年鶴散文部門賞受賞。1987年、村山古郷没後の「嵯峨野」を継承主宰。1989年、句集『独坐』により第29回俳人協会賞受賞。人物、作風ともに温雅であった。句集に『寒影』『山望』『彩雲』『独坐』『村沢夏風句集』など、研究書に『石田波郷の俳句』Ⅰ~Ⅳなどがある。また漫画家として『漫画 俳句入門』(共著)の著書がある。
清水 基吉(しみず もとよし、1918年(大正7年)8月31… 清水 基吉(しみず もとよし、1918年(大正7年)8月31日 - 2008年3月30日)は、俳人、小説家。本名、清水基嘉(読み同じ)。 現在の東京都渋谷区の宇田川町・道玄坂、港区の青山かいわいに、生まれ育った。1925年(大正14年)、東京府青山師範学校附属小学校(現:東京学芸大学附属世田谷小学校)へ入った。1931年(昭和6年)東京市立第一中学校(現:九段高校)に進むが胸を病んで中退し、1934年16歳、正則英語学校(現:正則学園高等学校)へ転じた。 1938年(昭和13年)から4年近く、各地に転地療養し、その間の1940年横光利一を知り、翌年、句誌『鶴』の主宰者、石田波郷の門に入った。同人誌に参加し、北條誠、巖谷大四、村松定孝らを知った。
臼田 甚五郎(うすだ じんごろう、1915年〈大正4年〉1月… 臼田 甚五郎(うすだ じんごろう、1915年〈大正4年〉1月25日 - 2006年〈平成18年〉10月26日)は、日本の国文学者・民俗学者・歌人(雅号:碧洋)。文学博士(國學院大学・論文博士・1961年)(学位論文「日本歌謡の文学史的民俗学的考察」)。國學院大學名誉教授。 東京都大田区生まれ。東京府立第一中学校を経て、1937年國學院大學文学部卒。柳田國男、折口信夫、河野省三らに師事[要出典]。1953年國學院大學文学部助教授、1957年同教授。1961年「日本歌謡の文学史的民俗学的考察」で國學院大学より文学博士の学位を取得。1985年定年退職、同大学名誉教授。1990年、勲三等瑞宝章受章。学外では日本学術会議会員や歌謡学会会長などを歴任した。
阿部 青鞋(あべ せいあい、1914年11月7日 - 198… 阿部 青鞋(あべ せいあい、1914年11月7日 - 1989年2月5日)は、俳人。本名は麗正(よしまさ)。 現在の東京都渋谷区に生まれる。1933年高輪学園卒業。1936年、新興俳句系の「句帖」に参加。1937年渡辺白泉らの同人誌「風」に参加。「螺旋」「動線」を創刊。1940年住谷栄子と結婚。1941年8月に召集を受けるが、大陸で戦病となり11月に解除。1945年岡山県英田郡巨勢村(現・美作市)に疎開、以後33年間同地に居住した。1957年「花実」参加。1958年「俳句評論」参加。1959年受洗。1963年「瓶」(のち「壜」)創刊。「八幡船」参加。同年公務を退き林野協会牧師となる。1969年永田耕衣の初期句集『真風』を編集発行。
文挾 夫佐恵(ふばさみ ふさえ、1914年1月23日 - 2… 文挾 夫佐恵(ふばさみ ふさえ、1914年1月23日 - 2014年5月19日)は、日本の俳人。 東京都生まれ、東京府立第五高等女学校卒。小学校時代より作句、1934年に上川井梨葉主宰の「愛吟」に入会。1944年に飯田蛇笏の「雲母」に入会。のちに同門の石原八束の家での三好達治を囲む文章会に参加した。1961年、八束とともに「秋」の創刊に参加、同人となる。1998年、八束の逝去により「秋」主宰。2006年まで務めたのち佐怒賀正美に主宰を譲り同誌の名誉主宰となる。1965年に第12回現代俳句協会賞、2007年に句集『青愛鷹』により第7回俳句四季大賞、2011年に第2回桂信子賞を受賞。2013年には句集『白駒』(はくく)により、史上最高齢となる99歳で第47回蛇笏賞を受賞した。