竹蓋 幸生(たけふた ゆきお、1935年5月20日 - 20… 竹蓋 幸生(たけふた ゆきお、1935年5月20日 - 2014年4月30日)は、日本の英語教育学者。千葉大学名誉教授。専門は英語教育学、英語音声学、システム工学、教育工学。 千葉県出身。英語音声学、英語教育学、システム工学などの研究により、日本の高等教育機関における英語教育に貢献した。英語教育総合システム「三ラウンド・システム(3 Step System)」を基盤として開発されたCALL(Computer-assisted language learning(英語版))教材は、多角的な評価を受けた結果、従来の教材に比べて学修の効果や効率が極めて高いことが実証され、全国の高等教育機関で継続的に使用されている。
野口 薫(のぐち かおる、1935年2月12日 - 2006… 野口 薫(のぐち かおる、1935年2月12日 - 2006年7月25日)は、日本の心理学者。専門は、ゲシュタルト心理学、交通心理学、芸術心理学。千葉大学名誉教授。 愛知県出身。1957年(昭和32年)に千葉大学文理学部人文科学課程(心理学専攻)を卒業後、1960年に東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学研究科修士課程(心理学専攻)修了。翌1961年、千葉大学文理学部助手となった。 1966年に千葉大学文理学部講師に就任。また同年、カナダ・ヨーク大学大学院リサーチ・アソシエイトも務めた。1968年、千葉大学教養部助教授となり、1979年には教授となった。 1980年にドイツ・ミュンヘン大学訪問研究員、イタリア・トリエステ大学客員教授を務めた。
川名 登(かわな のぼる、1934年6月13日 - 2011… 川名 登(かわな のぼる、1934年6月13日 - 2011年6月11日)は、日本の経済史学者、河川水運史研究者、千葉経済大学名誉教授。 千葉県銚子市生まれ。犢橋村立犢橋中学校、千葉県立千葉第一高等学校を経て、千葉大学文理学部史学科日本史学専攻に入学。1957年千葉大学文理学部史学科日本史学専攻卒業。1962年明治大学大学院文学研究科日本史学専攻修士課程修了。明治大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。横須賀市博物館、千葉経済大学短期大学教授、1987年に千葉経済大学経済学部が設置されると教授に就任し、2005年定年退任、名誉教授。 1993年『日本近世河川水運史の研究』で文学博士(明治大学)。
多田 富雄(ただ とみお、1934年3月31日 - 2010… 多田 富雄(ただ とみお、1934年3月31日 - 2010年4月21日)は、日本の免疫学者、文筆家である。東京大学名誉教授。妻の多田式江は医師。大叔父に詩人多田不二がいる。 免疫学・分子生物学を専門とし、免疫機構解明に貢献。随筆執筆や医療・科学を題材にした新作能の創作も行った。著書に『免疫の意味論』(1993年)、『生命の意味論』(1997年)、『独酌余滴』(1999年)などがある。 茨城県結城市出身。旧制水海道中学校、茨城県立結城第二高等学校を経て、千葉大学医学部進学、在学中に安藤元雄、江藤淳らとともに同人雑誌『purete』に詩などを寄稿。千葉大学医学部第二病理学教室に勤務、1964年医学博士(千葉大学、題は「遷延感作ウサギにおける抗体産生の変貌」)、のち教授、1977年東京大学医学部教授、1995年定年退官、東京理科大学生命科学研究所所長。
植村 研一(うえむら けんいち、1933年 - )は、日本の… 植村 研一(うえむら けんいち、1933年 - )は、日本の脳神経外科医、浜松医科大学名誉教授、日本医学英語教育学会名誉理事長、松戸市病院事業総長。 千葉大学医学部卒業。ニューヨーク州立大学、オックスフォード大学、ロンドン大学に、それぞれ留学する。 千葉大学医学部脳神経外科講師に就く。1978年に、浜松医科大学脳神経外科教授となる。1998年、日本医学英語教育学会の初代理事長に選ばれる。1999年、浜松医科大学を退官する。同年、聖路加看護大学教授に就任する。2001年に、聖路加看護大学教授を退官する。松戸市病院事業総長となる。
増野肇(ましの はじめ、1933年 - )は、精神科医、ルー… 増野肇(ましの はじめ、1933年 - )は、精神科医、ルーテル学院大学名誉教授。東京生まれ。千葉大学文理学部英米文学科卒、1959年東京慈恵会医科大学卒業。1963年同大学院修了、1964年「神経質症者のパーソナリティ研究」で医学博士。1975年栃木県精神衛生センター所長、1986年宇都宮大学教育学部教授、1991年日本女子大学教授、2001年ルーテル学院大学教授。2011年退職、名誉教授。日本心理劇学会理事長を務めた。1999年日本芸術療法学会賞受賞。
向山 玉雄(むかいやま たまお、1933年 - 2021年)… 向山 玉雄(むかいやま たまお、1933年 - 2021年)は、日本の園芸学・教育学者。 長野県伊那市出身。1955年千葉大学園芸学部卒業、東京都葛飾区立亀有中学校教諭、北海道教育大学函館校助教授、教授を経て奈良教育大学教授、奈良教育大学附属中学校校長、産業教育研究連盟委員長、日本農業教育学会会長、食農教育研究家。技術・家庭科が男女同一になる過程で日常生活の中での技術教育を研究した。
青木 栄一(あおき えいいち、1932年12月10日 - 2… 青木 栄一(あおき えいいち、1932年12月10日 - 2020年5月4日)は、日本の地理学者。理学博士。歴史地理学会会長(2002年 - 2005年)。専門は文化地理学、交通地理学、地図情報論、交通情報論、産業考古学。研究テーマは地域社会を通じての鉄道の歴史地理学、シーパワーの政治地理学、及び海事史。東京学芸大学名誉教授。 鉄道ファンとして知られる。またそれを個人的趣味にとどめることなく、主にアマチュアである鉄道ファンによって支えられてきた鉄道分野の研究を、文化地理学の一環として認知・昇華させるべく活動している。 東京市品川区生まれ。父がサラリーマンだった関係で、小学校時代に東京市から中津川、苫小牧と二度転校。
磯野 可一(いその かいち、1932年7月16日 - 202… 磯野 可一(いその かいち、1932年7月16日 - 2024年4月3日)は、日本の医学者。第11代千葉大学学長。千葉大学名誉教授。日本外科学会名誉会長。医学博士。
石川 哮(いしかわ たける、1932年5月16日 - 200… 石川 哮(いしかわ たける、1932年5月16日 - 2008年8月19日)は、日本の医学者。熊本大学名誉教授。日本アレルギー学会理事長。ジャズ・ドラマーの石川晶は実弟。薬剤師の上仲小玲は実娘。フューチャーキッズ・プロジェクト代表でナイロビ・ケニア在住報道取材のコーディネーターの石川和博は甥。 東京府出身。千葉大学医学部卒業。千葉大学大学院医学研究科博士課程修了後、1965年千葉大学医学博士 論文の題は「Wegener氏肉芽腫症及びその類似疾患の血清学的研究 」。 ニューヨーク州立大学バッファロー校にて医学博士号取得。熊本大学耳鼻科教授を長く務め、1998年定年退職、同名誉教授。その後は医療法人聖十字会九州アレルギー・免疫センター副センター長、日本アレルギー協会九州支部長・学会理事長などを歴任。
山口 豊(やまぐち ゆたか、1931年12月4日 - 199… 山口 豊(やまぐち ゆたか、1931年12月4日 - 1999年10月4日)は、日本の医学者。専門は、気管支学、呼吸器外科学。千葉大学名誉教授。 長野県上諏訪町(諏訪市)出身。長野県諏訪清陵高等学校から東京都立日比谷高等学校への転校を経て、1956年千葉大学医学部卒業。1957年同大学医学部第1外科学教室入局。1963年香月秀雄のもと同大学肺癌研究施設創設に伴い転出。1964年同大学医学部肺癌研究施設外科助手。1967年同大学医学部肺癌研究施設外科講師。1970年文部省(現・文部科学省)長期在外研究員としてライデン大学留学。1971年アレクサンダー・フォン・フンボルト財団により西ドイツ(現・ドイツ)エッセンルアランドクリニック留学。
坂田 俊文(さかた としぶみ、1931年〈昭和6年〉10月2… 坂田 俊文(さかた としぶみ、1931年〈昭和6年〉10月2日 - 2020年〈令和2年〉3月24日)は、日本の情報工学者である。東海大学名誉教授(工学博士)、元宇宙航空研究開発機構技術参与。人工衛星による宇宙からの地球観測や解析等を手掛けた画像処理工学における第一人者として知られている。 チンギス・ハンの墳墓の探査や法隆寺金堂の壁画の復元などを手がけた。最近では「宇宙考古学」の提案を行い、エジプトのナイル川に沿ったピラミッド群のなかから未知の物を発見、発掘を行った。宇宙飛行に関わる重要な仕事にも多く関わっており、毛利衛、向井千秋、両宇宙飛行士がスペースシャトル搭乗時に行ったハイビジョンカメラでの撮影をNASAジョンソンスペースセンターから誘導・指示した。
木原 啓吉(きはら けいきち、1931年1月4日 - 201… 木原 啓吉(きはら けいきち、1931年1月4日 - 2014年)は、日本のジャーナリスト、環境学者。千葉大学名誉教授 鹿児島県鹿児島市生まれ、出身。旧制鹿児島県立第一鹿児島中学校(現鹿児島県立鶴丸高等学校)を経て、1950年第七高等学校文科卒業。1953年東京大学法学部卒。朝日新聞社に入り、盛岡支局勤務から始め、小繋事件を取材、のち公害キャンペーンと環境問題を担当、編集委員をへて、1981年千葉大学教養部教授となる。1996年定年退官、江戸川大学教授。環境庁の自然環境保全審議会委員、ナショナル・トラストを進める全国の会幹事長。
花村 治郎(はなむら じろう、1931年 - )は、日本の法… 花村 治郎(はなむら じろう、1931年 - )は、日本の法学者。千葉大学名誉教授。 長野県松本県ヶ丘高等学校を経て、1957年(昭和32年)東北大学大学院法学研究科修了。東北大学法学部講師、助教授を経て、1977年(昭和52年)千葉大学法経学部(現法政経学部)教授。 1997年(平成9年)、定年退官。千葉大学名誉教授。専門は民事訴訟法。
丸山 工作(まるやま こうさく、1930年6月16日 - 2… 丸山 工作(まるやま こうさく、1930年6月16日 - 2003年11月19日)は、日本の生化学者。千葉大学名誉教授。 東京府生まれ。父は作家の丸山義二、弟にドイツ文学者の丸山匠がいる。東京府立第四中学校(現・東京都立戸山高等学校)から武蔵高等学校 (旧制)を経て、1953年東京大学理学部動物学科卒業、1956年同大学院博士課程中退。 東京大学教養学部助手、1962年理学部助手、1965年教養学部助教授、1972年京都大学理学部教授、1977年千葉大学理学部教授、1994 - 1998年学長。1998年千葉大学で全国で初めて高校からの「飛び入学」制度を導入した。1999年大学入試センター所長、2001年理事長。
俵 浩三(たわら ひろみ、1930年5月11日 -2020年… 俵 浩三(たわら ひろみ、1930年5月11日 -2020年11月30日)は、日本の景観学者、林学者、専修大学北海道短期大学名誉教授、学術博士(北海道大学)。東京都台東区生まれ。
北野 進(きたの すすむ、1930年-)は、日本の産業考古学… 北野 進(きたの すすむ、1930年-)は、日本の産業考古学者、技術史研究家、赤十字史研究家。専攻は産業考古学。 1930年、長野県に生まれる。 旧制・長野県立屋代中学(現・屋代高校)を経て、1951年、東京工業専門学校(現・千葉大学工学部)機械科卒業。1958年以来、長野県の高校に勤務、池田工業高校長を経て岩村田高校長を最後に1991年3月末退職。長年の研究と著述を継続、技術史研究家、赤十字史研究家。2018年、瑞宝小綬章を受章。 拾ヶ堰、和時計、ガラ紡機、電気製鋼、水力発電など、安曇野地域の近代化遺産について取材・調査を行い、江戸時代から明治、大正、昭和時代(敗戦まで)の技術文化への研究を通して、日本全体の技術史を研究している。
板木 利隆(いたぎ としたか、1929年11月22日-201… 板木 利隆(いたぎ としたか、1929年11月22日-2019年10月2日 )は、日本の農学者。 島根県出雲市生まれ。1950年千葉農業専門学校(現・千葉大学園芸学部)卒業。千葉大学園芸学部助手、1954年神奈川県農業試験場技師、1965年同園芸試験場場蔬菜課長、1979年同技術研究部長、1983年園芸試験場長、1985年神奈川県農業総合研究所所長、全農営農・技術センター技術主管を経て、板木技術士事務所所長、園芸植物育種研究所理事、農林水産省高度環境制御技術研修検討専門委員、茨城県立農業大学校非常勤講師、NPO植物工場研究会諮問委員、日本野菜育苗協会技術顧問を務める。1976年「施設栽培における暖房方式ならびにキュウリ・トマトの気・地温制御に関する研究」で東京農業大学農学博士。
大藤 正雄(おおとう まさお、1929年10月7日 - 20… 大藤 正雄(おおとう まさお、1929年10月7日 - 2012年2月1日)は、日本の医学者、医師。 千葉県東金町生まれ。旧制成東中学校、旧制浦和高等学校を経て、千葉大学医学部卒、同大学院博士課程修了、1959年医学博士。千葉大学助教授、教授、1996年定年退官、名誉教授。放射線医学総合研究所、国保成東病院。さんむ医療センター顧問。海堂尊は大藤を心の師と呼んでいる。
小倉 保己(おぐら やすみ、1925年(大正14年)- 20… 小倉 保己(おぐら やすみ、1925年(大正14年)- 2013年(平成25年)5月27日)は、日本の歯学者・医学者・薬理学者。専門は、歯科薬理学。医学博士(千葉大学・論文博士・1959年)。石巻専修大学第2代学長。東北大学名誉教授。学校法人専修大学元顧問。小倉隅仙の号で書家としても活動。 東京市浅草区にて出生。旧制・成蹊高等学校(理科甲類)卒業。 1946年千葉医科大学医学部卒業し、千葉医科大学医学部薬理学教室(小林龍男教授)助手。その後、パリ大学医学部留学(Jean CHEYMOL教授に師事)、千葉大学医学部講師、同大学腐敗研究所助教授を経て、東北大学歯学部教授。フグ毒研究の権威。同歯学部長を務めた後、1988年東北大学停年退官。
吉田 亮(よしだ りょう、1924年1月25日 - 2004… 吉田 亮(よしだ りょう、1924年1月25日 - 2004年7月27日)は日本の医学者。専門は公衆衛生学。第9代千葉大学学長。
市川 平三郎(いちかわ へいざぶろう、1923年10月28日… 市川 平三郎(いちかわ へいざぶろう、1923年10月28日 - 2014年8月15日)は、日本の医学者。医学博士。専門は放射線医学。国立がんセンター名誉院長。東京都出身。
福富 久夫(ふくとみ ひさお、1921年(大正10年)6月2… 福富 久夫(ふくとみ ひさお、1921年(大正10年)6月25日 - 没年不明)は、日本の造園学者、造園教育者。千葉大学名誉教授。元日本大学教授。工学博士(1973年5月 、東京大学) 。 東京の品川に生まれ、荏原郡大井町(現・品川区)で育つ。 1939年3月に東京府立化学工業学校(現・首都大学東京)を卒業後、翌年4月に千葉高等園芸学校園芸学科に入学、1942年9月に卒業する。その後、軍に招集された。 1945年12月、戦災復興院計画局施設課に入る。1947年4月に内務省国土計画課に移り、内務省の解体に伴い1948年7月からは建設省計画課勤務となる。 1949年9月、文部教官として千葉大学に出向する。
井上 勝也(いのうえ かつや、1920年10月9日 - )は… 井上 勝也(いのうえ かつや、1920年10月9日 - )は、日本の化学者、千葉大学名誉教授。 東京生まれ。1943年東京帝国大学理学部化学科卒業、工業技術院資源環境技術総合研究所、1948年燃料研究所(公害資源研究所)、1954年「石炭のレオロジー的研究」で東京大学理学博士。1959年八幡製鉄(新日本製鉄)先端技術研究所、1967年千葉大学理学部教授、84年定年退官、名誉教授、神奈川大学理学部教授、91年退職。
井出 源四郎(いで げんしろう、1920年9月7日 - 20… 井出 源四郎(いで げんしろう、1920年9月7日 - 2008年11月28日)は日本の医学者。専門は病理学。第8代千葉大学学長。 長野県南佐久郡臼田町(現佐久市)生まれ。旧制野沢中学(長野県野沢北高等学校)、旧制松本高等学校理科乙類を経て,、1944年旧制千葉医科大学卒業。母校助手を経て、1956年同助教授。1957年医学博士(千葉大学)。論文の題は「潰瘍性関節症の病理学的研究 」。1965年教授、1978年医学部長、1982年学長を歴任。1988年退官、名誉教授。1993年勲二等旭日重光章受勲。 1961年刊行の『中日英医学用語辞典』の編集委員長を務めた他、著書に『喫煙と肺癌』、『最新病理組織学』などがある。
川村 明義(かわむら あきよし、1919年〈大正8年〉9月2… 川村 明義(かわむら あきよし、1919年〈大正8年〉9月2日 - 2006年〈平成18年〉6月9日)は、日本の免疫学者、医師。医学博士(東京大学・1957年)。東京大学名誉教授。 新潟県新潟市学校町通2番町(現 新潟市中央区学校町通2番町)の新潟医学専門学校病理学教室教授・川村麟也の三男として出生。 1938年(昭和13年)3月に新潟中学校を卒業、1942年(昭和17年)3月に新潟高等学校を卒業、1945年(昭和20年)9月に千葉医科大学を卒業。 1945年(昭和20年)10月に東京帝国大学伝染病研究所第二研究部(部長:田宮猛雄教授)に嘱託として入所、1948年(昭和23年)に東京大学伝染病研究所第五研究部(部長:田宮猛雄教授)副手に就任、1949年(昭和24年)に助手に就任、1959年(昭和34年)7月に東京大学伝染病研究所第二細菌研究部(部長:山本郁夫教授)助教授に就任、1971年(昭和46年)4月に東京大学医科学研究所免疫学研究部長・教授に就任、1980年(昭和55年)4月に東京大学を定年退官、5月に東京大学名誉教授の称号を受称。
青葉 高(あおば たかし、1916年 <大正5年> 5月18… 青葉 高(あおば たかし、1916年 <大正5年> 5月18日 - 1999年 <平成11年> 1月31日)は、農学博士。専攻は蔬菜園芸学。在来作物研究の先駆者であり、「在来野菜は生きた文化財」ということを訴えていた。位階は正四位。 埼玉県浦和町(現さいたま市)生まれ。1937年千葉高等園芸学校卒業。1963年「タマネギの球形成および休眠に関する研究」で京都大学農学博士。山形大学農学部助手、講師、助教授、1964年教授、1976年千葉大学園芸学部教授。1982年定年退官。1985-88年国立歴史民俗博物館研究協力者委嘱。1976年「球根作物の球形成に及ぼす温度の影響」で園芸学会賞学術賞受賞。1989年勲三等旭日中綬章受章。
長濱 善夫(ながはま よしお、1915年(大正4年) - 1… 長濱 善夫(ながはま よしお、1915年(大正4年) - 1961年(昭和36年)6月)は日本の医学者、眼科医。医学博士。千葉医科大学(千葉大学)卒業。千葉大学医学部講師、国立横浜療養所内科医長を歴任した。日本東洋医学会の創設にも携わる。 1915年、神奈川県生まれ。1940年千葉医科大学卒業後、同大の眼科教室に所属し、伊藤弥恵治の薫陶を受け、主として東洋医学研究室において研究に従事する。 1947年(昭和22年)藤平健らとともに千葉医科大学の公認課外講座として「東洋医学自由講座」を設置、1950年(昭和25年)日本東洋医学会の創設にあたっては学会準備委員会委員として尽力した。 1949年春に、千葉医科大学で視神経萎縮という悪性の眼病を患った鍼響に敏感な患者と遭遇したことがきっかけで鍼響の研究を行うようになった。
西谷 三四郎(にしたに さんしろう、1914年8月24日 -… 西谷 三四郎(にしたに さんしろう、1914年8月24日 - 1994年1月25日)は、日本の精神医学者。 徳島県阿波市生まれ。旧姓・吉田。1943年千葉医科大学卒業、1950年学位論文「頭部通電の重積による精神障碍の研究」で金沢大学より医学博士の学位を取得。 金沢大学医学部助手、1948年国立金沢病院精神科医長、1959年東京教育大学教授、筑波大学教授、1978年定年退官、東京教育大学名誉教授、1981-85年文教大学教授。1963年11月に榊原清、尾島碩心らとともに一般社団法人日本特殊教育学会を創立した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中山 恒明(なかやま こうめい、1910年9月25日 - 2… 中山 恒明(なかやま こうめい、1910年9月25日 - 2005年6月20日)は、日本の外科医、外科医学者。 山梨県白州町に医師中村進の長男として生まれる。東京出身。旧制新潟高等学校卒。1934年、千葉医科大学卒。瀬尾貞信の元で学ぶ。1936年、同助手。1938年、医学博士。1947年、千葉医科大学教授、のち組織改編により千葉大学医学部教授。1964年、国際外科学会の「世紀の外科医賞」を受賞。1965年、東京女子医科大学客員教授。同大に消化器病センターを設立。同年中山癌研究所を創設。1966年ベルツ賞1等賞を受賞。日本消化器外科学会会長、国際外科学会会長。1991年、がん医学の中山恒明賞を創設。
飛田 多喜雄(ひだ たきお、1907年11月15日 - 19… 飛田 多喜雄(ひだ たきお、1907年11月15日 - 1991年2月8日)は、日本の国語教育学者。成蹊大学文学部教授を歴任。 千葉県山武郡豊成村(現・東金市)生まれ。1928年千葉県師範学校卒、市川尋常高等小学校訓導となる。1939年成蹊小学校教諭、1947年成蹊中学校教諭。1949年『実践国語』編集長となる。1963年成蹊高等学校教諭。1970年成蹊大学文学部教授、1978年定年退任。1965年『国語教育方法論史』で垣内松三賞、1974年博報賞、1985年著作集『国語科教育方法論大系』全10巻で石井賞(全国大学国語教育学会賞)受賞。
西村 進(にしむら すすむ、1906年1月 - 1951年)… 西村 進(にしむら すすむ、1906年1月 - 1951年)は、日本の園芸学者、育種学者、政治家。 長野県埴科郡埴生村(現: 千曲市)生まれ。1928年当時唯一の官立高等園芸学校であった千葉高等園芸学校(現: 千葉大学園芸学部)卒業。花卉園芸における近代交雑植物育種研究の第一人者として活動し、1938年日本の南西諸島および九州南部原産のテッポウユリと台湾固有種のタカサゴユリの交配に着手し、ニシムラテッポウユリ(シンテッポウユリ、新鉄砲百合、Lilium x formolongo)を作出した。1947年日本国における育種法(昭和二十二年法律第百十五号)品種登録制度及び品種登録出願制度の制定において中心的な役割を果たした。
三輪清三(みわ せいぞう、1903年 - 1989年9月18… 三輪清三(みわ せいぞう、1903年 - 1989年9月18日)は日本の内科医、医学者。千葉大学名誉教授。元千葉大学医学部附属病院長。静岡県出身。 静岡県立静岡中学校を経て、静岡高等学校 (旧制)卒業。1931年(昭和6年)、千葉医科大学卒業、第一内科に入局。国立千葉病院副院長を経て、1955年(昭和30年)、第一内科教授。1963年(昭和38年)、千葉大学医学部附属病院長、同看護学校長を併任。1969年(昭和44年)退官。1971年(昭和46年)、君津中央病院長。 消化器を中心に腎臓、血液、神経、感染症など幅広く診療した。個人の創意を尊重、自由な研究を推進し、その結果、有為の人材が生まれ育ったと言われ、門下から医学教育の教授職者が十指を超えた。
三輪 徳寛(みわ よしひろ、1859年9月9日(安政6年8月… 三輪 徳寛(みわ よしひろ、1859年9月9日(安政6年8月13日) - 1933年(昭和8年)2月19日)は、日本の医師・医学者。医学博士。千葉医科大学(現千葉大学医学部)初代学長。第15回日本外科学会会長。尾張国(現愛知県)出身。 三輪徳寛の故郷尾張国海西郡早尾村(現・愛知県愛西市早尾町)は木曽川河口の立田輪中にあり、徳寛が生まれた安政年間は戸数70戸弱の集落だった。三輪家は早尾村で代々医術を生業とし、祖父三輪景之進は産科を、父三輪徳太郎(字大成)は眼科医を営んでいた。父徳太郎は京都にて眼科医として当時名高かった中目道純に学び、帰郷後の1851年嘉永4年に早尾で開業し評判を得、三輪家は裕福な家であった。
江尻 憲泰(えじり のりひろ)は、日本の構造家。江尻建築構造… 江尻 憲泰(えじり のりひろ)は、日本の構造家。江尻建築構造設計事務所主宰。長岡造形大学非常勤講師から現在教授。日本女子大学非常勤講師。 実務において直面する多くの課題を研究課題としている。近年、調査・研究を行っている課題としては、建物の連成振動や竹の構造研究で、FRP折板構造、球型ボイドスラブの開発等、多岐に渡る。球形ボイドスラブの開発・研究は継続的に行っている。 第1回: 竹内徹/徐光/ヨルク・シュライヒ • 第2回: 斉藤利昭/橋本和重/清貞信一 • 第3回: 阿蘇有士/小西泰孝 • 第4回: 佐藤淳/篠崎洋三 • 第5回: アラン・バーデン/江尻憲泰 • 第6回: 大野博史/鈴木啓 • 第7回: 向野聡彦/山田憲明 • 第8回: 満田衛資/村上博昭 • 第9回: 早部安弘/森部康司 • 第10回: 柴田育秀/桝田洋子 • 第11回: 岡村仁+桐野康則/ローラン・ネイ(ルクセンブルク語版) • 第12回: 伊藤潤一郎/加登美喜子/萩生田秀之+喜多村淳 • 第13回: 谷川充丈/山脇克彦 第3回: 細澤治 • 第4回: 山辺豊彦 • 第5回: 飯島俊比古 • 第6回: 和田章 • 第7回: 小堀徹 • 第8回: 大森博司 • 第9回: 内田祥哉/高橋靗一 • 第10回: 石井一夫 • 第11回: 彦根茂 • 第12回: 腰原幹雄 • 第13回: ヴェルナー・ゾベック(英語版) この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
榎本 秀樹(えのもと ひでき)は、日本の生物学者。医学博士(… 榎本 秀樹(えのもと ひでき)は、日本の生物学者。医学博士(千葉大学)。神戸大学名誉教授。 腸神経系の発生過程に関する研究や神経栄養因子 (GDNF) の生理機能に関する研究などで知られる。 STAP細胞事件当時、発生・再生科学総合研究センター所属の研究室主宰者の一人として、STAP細胞事件に対する声明文を発表した。 Categoty:神戸大学の教員
大澤 雅彦(おおさわ まさひこ )は、日本の生態学者。マラヤ… 大澤 雅彦(おおさわ まさひこ )は、日本の生態学者。マラヤ大学教授。元東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。元国際自然保護連合日本委員会会長・日本自然保護協会専務理事。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大塚 明彦(おおつか あきひこ)は、日本の医学者、精神科医。… 大塚 明彦(おおつか あきひこ)は、日本の医学者、精神科医。東京歯科大学教授。医学博士。
城戸 康彰(きど やすあき)は、日本の経営学者。産業能率大学… 城戸 康彰(きど やすあき)は、日本の経営学者。産業能率大学経営学部教授、同大学大学院研究科長。日本ビジネス心理学会理事。経営行動科学学会元会長。専門は組織内の人間行動論。 千葉大学人文学部卒業。横浜国立大学大学院経営学研究科修士課程修了、慶應義塾大学商学研究科博士課程満期退学。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、教育に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:教育)。
木村 元子(きむら もとこ)は、日本の医学者。千葉大学大学院… 木村 元子(きむら もとこ)は、日本の医学者。千葉大学大学院医学研究院免疫発生学准教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
原田 陽平(はらだ ようへい)は、日本の工学者。東京工業大学… 原田 陽平(はらだ ようへい)は、日本の工学者。東京工業大学物質理工学院の助教。 研究分野は、ナノテクノロジー、材料、金属材料物性。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
深尾 立(ふかお かたし)は、筑波大学教授、外科医。
八木 良二(やぎ りょうじ)は、日本の免疫学者。千葉大学大学… 八木 良二(やぎ りょうじ)は、日本の免疫学者。千葉大学大学院医学研究院免疫発生学特任准教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
和氣洋美(わけ ひろみ - )は、日本の心理学者。神奈川大学… 和氣洋美(わけ ひろみ - )は、日本の心理学者。神奈川大学名誉教授、神奈川大学プロジェクト研究所「視科学研究所」客員教授。専門は、知覚心理学(視覚と触覚)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、教育に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:教育)。 この項目は、心理学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ 心理学)。
三舩 康道 (みふね やすみち、1949年- )は、日本の建… 三舩 康道 (みふね やすみち、1949年- )は、日本の建築家、都市工学者。 岩手県生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、千葉大学工学部建築学科卒業、1991年東京大学大学院博士課程修了、「低層高密度市街地整備の「計画最小単位」に関する研究 :道路・防災・駐車問題の改善手法」で工学博士。技術士(総合技術監理部門・建設部門)、一級建築士。ジェネスプランニング(株)代表取締役。 みなとみらい21地区防災計画の作成、スマトラ島沖地震インド洋津波バンダ・アチェ市復興特別防災アドバイザー、その他各地の防災関連の業務を行う。 委員等:地域安全学会理事、日本都市計画協会理事、見附市防災アドバイザー、墨田区災害復興支援組織代表、国際連合日中防災法比較検討委員会委員、新潟工科大学教授等を歴任。
佐々木 和郎 (ささき かずお)は、東京工科大学・メディア学… 佐々木 和郎 (ささき かずお)は、東京工科大学・メディア学部教授、日本のテレビ美術デザイナーである。 宮城県仙台市生まれ。 仙台第一高等学校卒。千葉大学工学部・工学専攻科修了(工業意匠)。 1983年、日本放送協会入局。制作業務局美術部( 現・映像デザイン )にてテレビ番組美術のデザインに携わる。1995年、「ニュースセンター'95」のスタジオデザインで、日本ディスプレイデザイン協会 DDA優秀賞受賞。1998年、ドラマ「熱の島で」の美術デザインにて、テレビ日本美術家協会・伊藤熹朔賞で本賞受賞。 テレビスタジオ美術へのCADシステムの活用、コンピュータ・グラフィクス、バーチャルセットのデザインなどを担当。
津金澤 督雄(つがねざわ おさお)は、愛知県出身の医学者。鹿… 津金澤 督雄(つがねざわ おさお)は、愛知県出身の医学者。鹿児島大学名誉教授。 父が数学教師の家庭に生まれる。父の影響か愛知県立津島高等学校時代は理数系に強く、常時学年のトップであった。 愛知県立津島高等学校を1952年(昭和27年)卒業。 千葉大学助手、石川県金沢市の金沢医科大学で6年余を過ごした後、鹿児島大学へ1980年9月初頭に鹿児島大学の教官として移り、以来18年間鹿児島大学で教鞭をとる。 1966年 千葉大学 医学博士 論文の題は 「摂取食物の形態学的研究 : 摂取魚類の種属鑑別 」。 鹿児島大学医学部教授を1999年3月31日(平成11年)定年で退職、同年名誉教授。手先が器用で法医学の分野に進み、人体解剖の「国手」と言われた。
天羽 優子(あもう ゆうこ)は、日本の物理学者。山形大学理学… 天羽 優子(あもう ゆうこ)は、日本の物理学者。山形大学理学部准教授。医学博士、理学博士。専門は、科学物理・溶液物性、液体の動的構造を分光学的手法で調べること。ラマン散乱の研究者。疑似科学・疑似科学ビジネス批判でも知られる。Japan Skeptics会員。と学会会員。 滋賀県長浜市出身。1985年3月、滋賀県立虎姫高等学校卒業。1989年3月、千葉大学理学部物理学科卒業。1991年3月、お茶の水女子大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。1995年3月、東京大学大学院医学系研究科第一基礎医学専攻博士課程修了、博士(医学)の学位を取得、学位論文「Molecular dynamics of liquids by light scattering spectroscopy(光散乱でみる液体のダイナミクス) 」。
三宅 健介(みやけ けんすけ) は、日本の免疫学者。千葉大学… 三宅 健介(みやけ けんすけ) は、日本の免疫学者。千葉大学未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点特任教授。東京大学名誉教授。 岡山県倉敷市連島出身。岡山県立倉敷南高等学校を経て、1984年岡山大学医学部卒業。1988年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了、オクラホマ医学研究財団リサーチアシスタント。1990年佐賀医科大学医学部助手。1992年講師。1993年助教授。2001年東京大学医科学研究所教授。2011年東京大学医科学研究所副所長。2022年東京大学新世代感染症センターメンバー。2025年東京大学名誉教授、千葉大学未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点特任教授。
新井 朝雄(あらい あさお)は、日本の数学者・数理物理学者。… 新井 朝雄(あらい あさお)は、日本の数学者・数理物理学者。北海道大学大学院理学研究院数学部門教授。専門は数理物理学、関数解析学。 荷電粒子と電磁場の系のスペクトル解析を初めて行った。2011(平成23)年11月2日~4日に行われた、国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)総会には、代表として出席している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。