太田 昌国(おおた まさくに 1943年(昭和18年) - … 太田 昌国(おおた まさくに 1943年(昭和18年) - )は、日本の思想評論家、映画評論家、編集者、翻訳家。 東アジア反日武装戦線のメンバーの支援活動を行っている。 釧路市生まれ。1968年、東京外国語大学ロシア語科卒。 出版社からの就職が一旦内定したが取り消された。翻訳や校正、肉体労働のアルバイトをしながら、国立国会図書館などで研究活動をしていた。どちらかというと、ソ連を先頭とする世界共産主義運動に対する幻想は持たず、アナキズムの方向性を抱いていたと回顧している。 1960年代には、レボルト社からアジア、アフリカ、ラテンアメリカについての情報を扱った『世界革命運動情報』の編集、刊行に関わってきた。
カルーセル 麻紀(カルーセル まき、Carrousel, M… カルーセル 麻紀(カルーセル まき、Carrousel, Maki、1942年〈昭和17年〉11月26日 - )は、日本のタレント。本名:平原 麻紀(ひらはら まき)、旧名および出生名:平原 徹男(ひらはら てつお)。所属芸能事務所は、オフィスカルーゼル。 いわゆるニューハーフタレントの草分け的存在であり、元男性であることをネタにした痛快なトークが売りで、お笑い芸人の演芸と歌謡ショーを組み合わせたステージを繰り広げる。また、芸能界を始め、各界に友人、親友が数多く幅広い人脈を持つことでも知られる。 「性別適合手術を受け、戸籍を男性から女性にしたパイオニア」と称される。 1942年(昭和17年)、北海道釧路市で二男として生まれる。
大澤 宏一(おおさわ こういち、1942年9月28日 - )… 大澤 宏一(おおさわ こういち、1942年9月28日 - )は、北海道釧路市生まれの元札幌テレビ放送(STV)、現・フリーアナウンサー、ラジオパーソナリティ。北海道アナウンス学院特別講師。
長内 了(おさない さとる、1942年〈昭和17年〉8月29… 長内 了(おさない さとる、1942年〈昭和17年〉8月29日 - 2013年〈平成25年〉9月4日)は、日本の法学者。英米法(公法)専攻。中央大学名誉教授。北海道釧路市出身。連邦制の講義に定評があった。
三沢 彰(みさわ あきら、1942年5月1日 - 1994年… 三沢 彰(みさわ あきら、1942年5月1日 - 1994年11月14日)は、日本の造園家・造園学者。道路の沿道環境緑地帯に関する研究など、造園の定量化によって最適構造の決定化を試みた。工学博士。北海道釧路市生まれ。 1965年、千葉大学園芸学部旧造園学科卒業。日本道路公団入社。1972年から1974年、千葉大学園芸学部造園学科専攻生。1975年に千葉大学園芸学部旧環境緑地学科助手。1979年から1980年、文部省内地研究員として、東京工業大学工学部社会工学科に所属。 1981年、科学的かつ実証的な『沿道空間における環境緑地帯の構造に関する基礎的研究』で東京工業大学より学位授与。この研究により1982年、日本造園学会賞受賞。
毛綱 毅曠(もづな きこう、本名:毛綱 一裕、1941年(昭… 毛綱 毅曠(もづな きこう、本名:毛綱 一裕、1941年(昭和16年)11月14日 - 2001年(平成13年)9月2日)は、日本の建築家。日本建築学会賞作品賞など多数受賞。 初期に毛綱モン太(もづなもんた)と名乗っていたが「毅曠」に改名。1970年代の日本の前衛建築の先鋒の観が有ったとされる。「阿弥陀から弥勒への七つのメッセージ』という九枚のパネルを発表し、世界的にも有名となった。 彼の設計は、「機能」というものに挑戦的であった。例えば、初期の代表作「反住器」は8m角の立方体(建築本体)のなかに4m角の立方体(部屋)が有り、その中に1.7m角の立方体(家具)が有り、三者は同形にデザインされているという。
藤村 久和(ふじむら ひさかず、1940年 - 2025年3… 藤村 久和(ふじむら ひさかず、1940年 - 2025年3月31日)は、日本の民俗学者・民族学者。北海学園大学名誉教授。河野広道門下。北海道を代表するアイヌ文化の研究者の一人。 北海道釧路市に生まれる。 北海道学芸大学教育学部を卒業し、[要出典]1963年に北海道厚田村立聚富小学校の教員となる。以後、石狩町立南線小学校(1969年)を経て、1970年に教員を退職し北海道開拓記念館の研究員に転じた。記念館時代にアイヌ古老からの聞き取りを始める。 1984年に北海学園大学教養部教授に就任し、1998年に同人文学部、1999年に同大学院文学研究科の教授となる。北海学園大学では学芸員課程設置の準備に携わり、1999年に課程設置が実現した。
原 彬久(はら よしひさ、 1939年10月20日 - )は… 原 彬久(はら よしひさ、 1939年10月20日 - )は、日本の政治学者、東京国際大学名誉教授。専門は日本外交史。 北海道釧路市生まれ。1963年早稲田大学政治経済学部卒業。国際商科大学(現東京国際大学)助教授、東京国際大学教授、2010年定年、名誉教授。1990年「戦後日本と国際政治 安保改定の政治力学」で一橋大学から法学博士号を取得。プリンストン大学客員研究員およびケンブリッジ大学客員研究員も務めた。2000年から2002年まで日本公共政策学会会長。 1980年代に岸信介元総理大臣、太田薫元総評議長をはじめとする安保騒動関係者へのオーラル・ヒストリーを実施し、日米安全保障条約改訂交渉をめぐる日本政治についての先駆的研究を行なったことで知られる。
角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5… 角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5日 - 2014年〈平成26年〉1月14日)は、日本のアニメーター。教授や講師として世界各国で後進の育成に励んだ。 1939年(昭和14年)2月5日、北海道釧路市に生まれる。1963年(昭和38年)、武蔵野美術大学油絵科を卒業した後、同年に東映動画へ入社した。同社では『デビルマン』、『マジンガーZ』、『銀河鉄道999』、『サイボーグ009 超銀河伝説』、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』、『オーディーン 光子帆船スターライト』、『トランスフォーマー ザ・ムービー』などの原画、作画監督、キャラクターデザインを手掛けるなど数多くのアニメーション制作に携わった。
鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - … 鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - 2005年3月28日)は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)、元釧路市長(5期)。
石黒靖尋(いしぐろやすひろ、1936年(昭和11年)9月15… 石黒靖尋(いしぐろやすひろ、1936年(昭和11年)9月15日 - 2011年(平成23年)1月13日)は、国内最大手ホームセンター「DCM」の源流企業である「ホーマック」「石黒ホーマ」の創業者で、元会長。日本のホームセンター業界、チェーンストア業界の礎を築いた第一人者。DCMホールディングス元代表取締役相談役。 ホーマックの前身企業の創業者の出自。 同社社長を経て、いったんは会長・相談役に退いたが、DJグループ(現DCMグループ)入りで、当時の前田勝敏ホーマック会長兼社長がDJHDの社長就任とその後のインサイダー問題による引責辞職に伴い、同社の代表権のない会長に復帰した上、取締役相談役として名を連ねていたDJHDでも相談役の肩書きのまま代表権を付与されていた。
佐藤方彦(さとう まさひこ、1932年12月4日 - )は、… 佐藤方彦(さとう まさひこ、1932年12月4日 - )は、日本の人間工学者、九州芸術工科大学名誉教授。 北海道釧路市生まれ。祖父、父ともに医師で、医師の家系に育つ。幼少期に実母が逝去。1954年、東京大学理学部生物学科卒業、同大学院人類学専攻修了、時実利彦に師事。1962年「運動の巧みさに関する研究」で理学博士。東京大学助手、日本女子体育大学助教授をへて、九州芸術工科大学教授、2003年名誉教授。日本生理人類学会会長。2011年秋瑞宝中綬章受勲。専門は人間工学。
小町 昭(こまちあきら、1931年9月18日 - 2017年… 小町 昭(こまちあきら、1931年9月18日 - 2017年1月25日)は、北海道釧路市出身 の作曲家・編曲家。 北海道釧路湖陵高等学校を経て、明治大学ではマンドリン倶楽部に入部。アコーディオンの演奏は当時、六大学一の腕前と言われた。卒業後はキングレコード専属の作家として活躍し、主に歌謡曲の編曲を手掛け、川上英一とともに三橋美智也のヒット曲を数多く担当した。その傍らでNHK紅白歌合戦・演歌の花道・にっぽんの歌のオーケストラ、母校・明大マンドリン倶楽部の指揮者も務めた。
井田 恵子(いだ けいこ、1931年(昭和6年)6月21日 … 井田 恵子(いだ けいこ、1931年(昭和6年)6月21日 - 1993年(平成5年)12月1日)は日本の弁護士。元日本弁護士連合会事務総長。北海道釧路市生まれ。 1954年北海道大学法学部卒。1956年同大学院法学研究科民法学専攻修了。1958年(昭和33年)弁護士登録。1968年(昭和43年)独立して弁護士事務所を開く。1970年専修大学法学部非常勤講師( - 1973年)。1975年日本弁護士連合会女性の権利委員会委員。1977年東京女子大学文理学部非常勤講師( - 1980年)。1982年(昭和57年)拘禁二法案反対運動組織を立ち上げる。1984年北海道大学法学部非常勤講師( - 1985年)。
末永 照和(すえなが てるかず、1931年5月26日 - )… 末永 照和(すえなが てるかず、1931年5月26日 - )は、日本の美術史学者、桜美林大学名誉教授。国際美術評論家連盟会員。 北海道釧路市生まれ。東北大学文学部美学美術史学科卒業。『美術手帖』『みづゑ』などに執筆。桜美林大学教授、名誉教授、実践女子大学教授。2002年定年退職。 1984年「ジェームズ・アンソール」で芸術選奨新人賞受賞。2013年「評伝ジャン・デュビュッフェ アール・ブリュットの探求者」で第23回吉田秀和賞受賞。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルク… 小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルクス経済学者。元法政大学経済学部教授。専門は労働経済論、産業経済論。宇野学派。 北海道釧路市生まれ。1953年北海道大学農学部農業経済学科卒。1958年東京大学大学院社会科学研究科(農業経済学)博士課程修了。指導教授は近藤康男。1958年東京大学社会科学研究所助手。1961年日本産業構造研究所研究員。1964年名古屋市立大学経済学部助教授。1969年法政大学経済学部教授。1979年から1年間、経済学部長。1981年「労働経済の構造変革」で経済学博士(法政大学)。1996年定年退職。創価大学比較文化研究所特任教授。2000年創価大学経営学部客員教授。
小松 錬平(こまつ れんぺい、1929年3月31日 - 20… 小松 錬平(こまつ れんぺい、1929年3月31日 - 2010年代前半)は、日本のジャーナリスト、元朝日新聞東京本社記者、元ニュースキャスター。故人。 北海道釧路市出身。1952年に東京大学農学部水産学科を卒業後、朝日新聞社へ入社。社会部・東京部・科学部各次長などを経て、1972年から編集委員。1974年『朝日新聞テレビ夕刊』の解説役でテレビ初出演。1976年4月から『ANNニュースレーダー』(NET→テレビ朝日)のキャスターを担当し、以後約10年間(途中、『ANNニュースファイナル』担当による中断時期あり)にわたってテレビ朝日の夕方の顔として活躍した。 1989年に朝日新聞社を退社。その後、神奈川新聞客員論説委員や日本鯨類研究所評議員を歴任。
宮川 洋一(みやがわ よういち、1928年3月28日 - 2… 宮川 洋一(みやがわ よういち、1928年3月28日 - 2001年3月19日)は、日本の俳優、声優。北海道釧路市出身。 北海道釧路湖陵高等学校卒業、早稲田工手学校中退。 緑ヶ丘音楽舞踊学校、劇団言葉座、劇団新作座、衣笠プロ、テレビ8プロ、グループりんどうを経て、1964年、劇団東芸に入団。その後は演劇舎燦、エー・アンド・イーなどに所属していた。 洋画の吹き替えで知られ、ウィルフォード・ブリムリーやリチャード・アッテンボローなどを担当したほか、『ウルトラセブン』のマナベ参謀役など特撮ドラマの実写作品にも出演。東宝や石原プロモーション製作の刑事ドラマへの出演も数多い。 2001年3月19日死去。72歳没。
菅野 久光(すがの ひさみつ、1928年(昭和3年)3月27… 菅野 久光(すがの ひさみつ、1928年(昭和3年)3月27日 - 2006年(平成18年)5月14日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲等は勲一等。 参議院議員(3期)、参議院副議長、北海道・沖縄開発政務次官(細川内閣)、旭川市議会議員などを務めた。 北海道釧路市出身。北海道第三師範学校(現・北海道教育大学旭川校)卒業。 小学校教諭、旭川市議会議員などを経て、1979年北海道教職員組合中央執行委員長。1983年の参院選に北海道選挙区から日本社会党公認で出馬し初当選。2001年に引退するまで3期18年務めた。 1993年、細川内閣にて、北海道・沖縄開発政務次官を務める。 1996年、民主党結党に参加。
原田 康子(はらだ やすこ、1928年1月12日 - 200… 原田 康子(はらだ やすこ、1928年1月12日 - 2009年10月20日)は日本の小説家である。本名は佐々木康子(旧姓:原田)。 東京府生まれ、2歳から北海道釧路市で育つ。市立釧路高等女学校(現・北海道釧路江南高等学校)卒業後、1949年から東北海道新聞(のちの釧路新聞)に勤務。 1949年(昭和24年)に釧路の同人雑誌『北方文芸』に処女作「冬の雨」を発表し、以後も同誌およびその後継誌に相当する『北海文学』を中心に短編・長編を発表する。1951年(昭和26年)、東北海道新聞社の同僚と結婚。1953年(昭和28年)、前年10月に鳥居省三らが釧路で創刊した同人雑誌『北海文学』に同人として参加、初めての長編小説「廃園」を発表。
岡田 利春(おかだ としはる、1925年5月28日 - 20… 岡田 利春(おかだ としはる、1925年5月28日 - 2014年10月11日)は、日本の政治家。日本社会党所属。元社会党副委員長。 北海道音別町(現釧路市)出身。雄別の尺別炭鉱に生まれた。釧路工業学校(現北海道釧路工業高等学校)採鉱科卒業後、1942年に太平洋炭鉱に入社。同社労働組合委員長、道炭労委員長を務め、1960年の第29回衆議院議員総選挙に旧北海道5区から立候補し当選。1993年の第40回衆議院議員総選挙で落選し政界引退するまでに当選9回。土井たか子が委員長に就任した86年から90年まで副委員長を務めた。1995年、勲一等瑞宝章受章。 本来の支持基盤であった炭鉱産業が衰退した後も、漁業関連票に食い込むことで強力な地盤を有していた。
橋本 義彦(はしもと よしひこ、1924年9月26日 - 2… 橋本 義彦(はしもと よしひこ、1924年9月26日 - 2015年7月1日)は、昭和・平成期の歴史学者。平安貴族や院政の研究で著名。 1971年から2013年まで日本歴史学会理事や評議員に就任。
小林 丈児(こばやし じょうじ、1924年3月30日-198… 小林 丈児(こばやし じょうじ、1924年3月30日-1985年8月6日)は、日本の政治学者。専門は、政治学・比較政治学。元中央大学教授。北海道釧路市出身。 1952年中央大学法学部(旧制)卒業。1952年中央大学法学部助手。1957年中央大学法学部助教授。1964年中央大学法学部教授。1985年在職中に心不全で逝去。 この他に、日本比較法研究所副所長、日本政治学会理事、東京外国語大学外国語学部・明治大学法学部・早稲田大学法学部・立教大学法学部の非常勤講師を務めた。 専門は、政治学・比較政治学。特に、政治原論、平和学、地方自治論、アメリカ政治史、イギリス政治史などを研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
尾山 力(おやま つとむ、1923年6月9日 - 2008年… 尾山 力(おやま つとむ、1923年6月9日 - 2008年1月9日)は、日本の医学者・麻酔学者。弘前大学名誉教授。 北海道釧路市出身。北海道帝国大学医学専門学校卒、1956年北海道大学医学博士。ハーヴァード大学で麻酔学を学ぶ。北海道大学医学部講師、1965年弘前大学医学部助教授、1971年教授、1991年定年退官、名誉教授、ツムラ薬理研究所。日本麻酔学会会長、国際ペイン・クリニック学会会長。 2000年、勲三等旭日中綬章を受章。2008年1月9日、心不全のため死去。
楠 宏(くすのき こう、1921年11月18日 - 2021… 楠 宏(くすのき こう、1921年11月18日 - 2021年2月10日 )は、日本の地球物理学者・地理学者・地球科学者である。専門は、雪氷学、両極地方の地誌。北海道釧路市出身。楠木正成の子孫にあたるという。父親は旧制一高東寮寮歌「嗚呼玉杯」「緑もぞ濃き」の作曲者楠正一(一高を中退後、石狩支庁農林技手。1945年没)。
中村 コウ(なかむら こう、1920年 - )は、陸上競技選… 中村 コウ(なかむら こう、1920年 - )は、陸上競技選手。1936年ベルリンオリンピック陸上女子円盤投代表。元円盤投日本選手権覇者。日本投擲界でオリンピックに初めて入賞を果たした名選手として知られる。 北海道釧路市出身。釧路市第三高等小学校、北海高等女学校の学生時代に1936年ベルリンオリンピック日本代表に選ばれる。 1935年、日本選手権で、35m90をマークして優勝、日本一になった。 1936年5月23日・24日のベルリンオリンピック参加の為の最終予選会で37m80を投げて優勝。2位の峰島秀と共にオリンピック出場。8月4日の女子円盤投で4位。 力投シーンは、記録映画『民族の祭典』に登場する。
小鳥 サワ(ことり サワ、1919年〈大正8年〉6月8日 -… 小鳥 サワ(ことり サワ、1919年〈大正8年〉6月8日 - 2007年〈平成19年〉5月10日)は、日本のアイヌ文化伝承者。阿寒アイヌ民族文化保存会の礎を築いた人物の1人であり、同会や阿寒アイヌ語教室で、長年にわたって指導者として活躍した。テレビの料理番組を通じてのアイヌ文化の紹介や、後進の育成にも貢献した。 北海道の阿寒湖畔で誕生した。家は貧しく、子供の頃から母を助け、家で作った菓子を売り歩くなどして働いた。阿寒湖畔小学校に入学後、アイヌであることを理由にいじめに遭うが、いじめられてもやり返す、勝気な性格であった。19歳で結婚、1943年(昭和18年)に夫の出稼ぎで樺太に渡った。翌1944年(昭和19年)には常呂町(現・北見市)に移り、戦後しばらくは弟子屈町で暮らしていた。
日川 キヨ(ひかわ キヨ、1917年〈大正6年〉11月5日 … 日川 キヨ(ひかわ キヨ、1917年〈大正6年〉11月5日 - 2012年〈平成24年〉1月19日)は、日本のアイヌ文化伝承者。北海道釧路出身。北海道の阿寒湖畔で開催されている「まりも祭り」への出席や、アイヌの歌や舞踊の伝承により、アイヌ文化の伝承に貢献した。 北海道釧路春採で誕生した。アイヌ伝承者の日川善次郎と結婚後、夫と共に、1950年(昭和25年)から阿寒湖畔で開催されている「まりも祭り」に毎年出席し、若い世代に歌や踊りを指導した。まりも祭りでは、先頭に立って指導し、伝統食の作り方も伝えた。阿寒のアイヌ文化伝承者である佐々木宮子(第24回アイヌ文化奨励賞受賞者)も、キヨに教えを受けた1人である。
岩合 徳光(いわごう とくみつ、1915年12月18日 - … 岩合 徳光(いわごう とくみつ、1915年12月18日 - 2007年2月12日)は、日本の写真家。写真家の岩合光昭は息子。 北海道釧路市生まれ。日本大学経済学部中退。戦中、戦後は満州(中国東北部)の大連日日新聞の写真部員として働く。帰国後、毎日新聞社などを経て、1961年フリーに。主に動物写真を専門に撮影し、その分野の草分け的存在である。2007年2月、低酸素脳症のため、東京都新宿区で死去。91歳没。
伊福部 昭(、1914年〈大正3年〉5月31日 - 2006… 伊福部 昭(、1914年〈大正3年〉5月31日 - 2006年〈平成18年〉2月8日)は、日本の作曲家。位階は従四位。 ほぼ独学で作曲家となった。日本の民族性を追求した民族主義的な力強さが特徴の数多くの管弦楽作品や、『ゴジラ』を初めとする映画音楽のほか、音楽教育者としても知られる。北海道出身。 1914年(大正3年)、北海道釧路郡釧路町(現・釧路市)幣舞にて、警察官僚の伊福部利三、キワの三男として生まれる。小学生の時、父が音更村の村長となったため、音更村に移る。同地でアイヌと接し、彼らの生活・文化に大きな影響を受けた。代表作の一つ、『シンフォニア・タプカーラ』(1954年)は、アイヌの人々への共感と、ノスタルジアから書かれたという。
坂本 直行(さかもと なおゆき、1906年〈明治39年〉7月… 坂本 直行(さかもと なおゆき、1906年〈明治39年〉7月26日 - 1982年〈昭和57年〉5月2日)は、北海道出身の画家。北海道開拓民。郷士坂本家8代当主。「直行」を音読みした「ちょっこう」で知られる。 討幕運動の立役者として知られる坂本龍馬は、直行の祖父・坂本直寛のおじになる。龍馬の姉・高松千鶴が、直行の曽祖母となる。 1906年、のちに郷士坂本家7代当主となる坂本弥太郎(木材商社であるKing & Schulze商会釧路支店(本社 函館市 1910年設立)が発祥の坂本商会代表)・直意夫妻の次男として現在の釧路市で出生。1911年に郷士坂本家5代当主の坂本直寛(母・直意の父で、直行の祖父)が死去、1913年釧路大火で自宅家財を焼失し直寛の経営していた農場の施設の管理・処分のために、坂本家は1914年に札幌区に転居し、札幌二中(現・札幌西高)に通った。
大鶴 多喜之助(おおつる たきのすけ、1905年1月1日 -… 大鶴 多喜之助(おおつる たきのすけ、1905年1月1日 - 没年不明)は、昭和時代の大相撲力士。荒磯部屋→春日野部屋所属。本名は宮川→槙勇。最高位は十両7枚目。 北海道釧路市出身。荒磯部屋に入門し、1923年5月「大寉」の四股名で序ノ口に就く(のち春日野部屋に移籍)。1929年1月十両に昇進。2場所続けて負け越したため、5月に幕下に落ちた。1930年1月再十両。この場所は3勝8敗と負け越したが、翌3月は6勝5敗と勝ち越し、十両での唯一の勝ち越しとなる。当時は2場所の成績で番付を作成されたため、合計の成績が9勝13敗と負け越しとなったため再び幕下に落ちた。「大鶴」と改名した1931年1月三回目の十両昇進となったが、この場所と翌場所も負け越し、5月に幕下に落ちた。
竹内 てるよ(たけうち てるよ、1904年(明治37年)12… 竹内 てるよ(たけうち てるよ、1904年(明治37年)12月21日 - 2001年(平成13年)2月4日)は、北海道出身の詩人、小説家、霊能者。本名、竹内照代。 銀行員と芸者との間に札幌市で生まれるが、生後すぐに釧路の父方の祖父母に引き取られる。日本高等女学校を肺結核療養のため中退。婦人記者となった後に20歳で結婚し、一子をもうけるが、脊椎カリエスに罹患して1928年に離婚。以後、詩作を続け、1930年に第一詩集『叛く』を刊行した。2001年2月4日、老衰のため死去。 2002年9月29日、スイスのバーゼルで開催された 「国際児童図書評議会」 (IBBY) 創立50周年記念大会で、日本の美智子皇后がスピーチの中で代表作「頬」を引用したことから、改めて注目されるようになった。
中戸川 吉二(なかとがわ きちじ、1896年(明治29年)5… 中戸川 吉二(なかとがわ きちじ、1896年(明治29年)5月20日-1942年(昭和17年)11月19日)は、北海道釧路区(現釧路市)生まれの小説家。 農場を営む素封家の次男として生まれる。幼少時に上京し、西片の誠之小学校(現文京区立誠之小学校)に通う。明治大学中退。釧路在住を経て、里見弴に師事。1923年(大正12年)雑誌「随筆」を創刊。代表作に「イボタの虫」、「兄弟とピストル泥棒」がある。1921年、里見の許に来ていた吉田富枝と恋仲になり、その処遇をめぐって里見と関係が悪化、富枝と結婚するが、その経緯を小説『北村十吉』として、里見は「おせつかい」として書いた。牧野信一の才能を評価し、牧野らとともに雑誌「随筆」を発刊。
田辺 寿利(たなべ すけとし(または「じゅり」)、1894年… 田辺 寿利(たなべ すけとし(または「じゅり」)、1894年3月15日 - 1962年1月25日)は、日本の社会学者。 北海道釧路市出身。1921年東京帝国大学社会学科選科中退。建部遯吾に師事。1927年に尾高豊作・尾高朝雄兄弟により設立され、大塚金之助が所長に就任した東京社会科学研究所の常務理事となる。日本大学講師などを経て、38年モンゴル・蒙疆学院副院長。戦後は東洋大学・東北大学・金沢大学各教授などを務めた。フランス社会学、特にオーギュスト・コントとデュルケームの研究・紹介に尽くした。また、言語社会学研究の分野においても先駆的な役割を果たした。主著に『言語社会学叙説』(1943年)、『フランス社会学成立史』(1965年)、訳書にデュルケーム『社会学的方法の規準』(1942年)など。
田中 新一(たなか しんいち、1893年(明治26年)3月1… 田中 新一(たなか しんいち、1893年(明治26年)3月18日 - 1976年(昭和51年)9月24日)は、大正・昭和時代の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 本籍新潟県。村松藩士・農業、田中寅五郎の長男として北海道釧路で生まれる。 仙台陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1913年(大正2年)5月陸軍士官学校(25期)を卒業。同期に武藤章・富永恭次・佐藤幸徳・山内正文・山崎保代。同年12月、陸軍少尉任官、歩兵第52連隊付となる。 1923年(大正12年)11月、陸軍大学校(35期)卒業。李王垠、栗林忠道、洪思翊、富永恭次、林義秀、那須弓雄、影佐禎昭、住吉正が同期。 1928年(昭和3年)から3年間に亘りソ連、ポーランドに駐在。
中原 悌二郎(なかはら ていじろう、1888年10月4日 -… 中原 悌二郎(なかはら ていじろう、1888年10月4日 - 1921年1月7日)は、大正期日本を代表する彫刻家の一人。 北海道釧路市の生まれ。1897年に母とともに旭川市に移り、母方の叔父の養子となる。1902年に忠別尋常高等小学校高等科(現・旭川市立日章小学校)を卒業し北海道庁立札幌中学校(現・北海道札幌南高等学校)に入学する。 医師を目指していたが、美術教師の林竹治郎に影響を受けて17歳の時に画家を志し、3年生のとき落第したのを機に札幌中を中退して上京、白馬会研究所・太平洋画会研究所洋画部で学び中村彝と親交を結ぶ。その後荻原碌山の感化によって彫刻に転じ、太平洋画会研究所彫塑部で新海竹太郎に師事。
吉良平治郎(きら へいじろう、1886年2月3日 - 192… 吉良平治郎(きら へいじろう、1886年2月3日 - 1922年1月18日)は、アイヌ民族で北海道の釧路郵便局の逓送人(郵便配達員)である。 吉良は1886年(明治19年)2月3日、釧路の桂恋コタンで生まれた。父はヌサシベ(和名:縫治)、母はマツツル(和名:ミツ)という。父の死後、母は再婚したため父方の叔母によって養育された。15歳のとき高熱(リュウマチが原因といわれる)のために左手と左足が麻痺したが、その後の訓練によって少しずつ動かせるようになった。炭焼きや薪割などの仕事に従事していたが、生活は貧しかった。吉良は無口だが働き者で実直な性格だったため、雇い主からも信頼されていたという。 1922年(大正11年)1月16日、昆布森郵便局の臨時逓送人に採用され、釧路局と昆布森局の間の郵便物の逓送をすることになった。
いしかわ ひとみ(10月31日 - )は、日本の女優、声優。… いしかわ ひとみ(10月31日 - )は、日本の女優、声優。北海道釧路市出身。ケンユウオフィス準所属。 文学座附属演劇研究所卒業。以前はスターダス・21に所属していた。 特技はスピードスケート、ラテアート。趣味は料理。 太字はメインキャラクター。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
宇佐 タミエ(うさ タミエ、? - 2011年〈平成23年〉… 宇佐 タミエ(うさ タミエ、? - 2011年〈平成23年〉6月30日)は、日本のアイヌ文化伝承者。東京都内に存在したアイヌ料理店「レラ・チセ」の創業メンバーの1人。母はアイヌ団体「レラの会」初代会長の西村ハツヱ、三女はアイヌ文化伝承家の宇佐照代。 北海道釧路市で誕生し、同市で育った。アイヌの家庭の生まれであり、アイヌの多く住む土地で育ったものの、この頃には自身がアイヌであることを強く意識することはなかった。 40歳の頃に、離婚を機に子供たちと共に上京し、いくつもの仕事をかけ持ちして、一男四女を育て上げた。また、首都圏のアイヌ団体「レラの会」に母や妹が携わっていたことで、自身も同会に、子供たちと共に参加した。
梯 篤司 は、日本の男性声優。北海道釧路市出身。賢プロダクシ… 梯 篤司 は、日本の男性声優。北海道釧路市出身。賢プロダクション所属。東京声優アカデミー講師で、演技力Iを担当。
中村 地里(なかむら ちさと)は、北海道釧路市出身の漫画家。… 中村 地里(なかむら ちさと)は、北海道釧路市出身の漫画家。女性。夫は、同じく漫画家のねぐら☆なお。 デビュー作は『ウィンディ・コネクション』。代表作は角川書店の少女漫画雑誌『ASUKAファンタジーDX』誌上で連載していた田中芳樹原作の『アルスラーン戦記』。自他ともに認める田中小説フリークであり、「アルスラーンを好きな方に描いてもらいたい」という田中芳樹の希望により選ばれた。現在はロマンス小説の漫画化を中心に活動している。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
バーブ 佐竹 は、日本の男性歌手である。本名は佐武 豊。作曲… バーブ 佐竹 は、日本の男性歌手である。本名は佐武 豊。作曲家としてのペンネームはシナ・トラオ。
福田 純(ふくだ じゅん)は、日本の男性声優である。Voic… 福田 純(ふくだ じゅん)は、日本の男性声優である。VoiceBloom所属。旧芸名は神原 真人(かみはら まこと)。 ※ダウンロードデータとして配布・販売されるボイスドラマなど。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
アミュー(アミュー、9月26日 - )は日本の漫画家。北海道… アミュー(アミュー、9月26日 - )は日本の漫画家。北海道釧路市出身。血液型はO型。 桜アミュー名義で発表したデビュー作『龍星群』で第57回りぼん新人漫画賞で準入選を受賞。箏曲家の母と姉を持ち、自身も3歳から高校まで箏を習っていたことから、箏をテーマにした作品を手掛けるようになる。 『りぼん』の読者ページ「羅武泣美ハイパー」のイラストも担当していた。同期に大鳥真子がいる。 2010年よりペンネームをアミューに改め、2012年より『ジャンプスクエア』(集英社)にて『この音とまれ!』を連載中。2019年にはテレビアニメ化もされた。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
やまだ ひさし(本名:山田 尚〔読み同じ〕、5月4日 - )… やまだ ひさし(本名:山田 尚〔読み同じ〕、5月4日 - )は、日本のラジオDJ、ナレーター、声優。Twitterでは『喋り屋』となっている。北海道釧路市出身。北海道札幌藻岩高等学校卒業。愛称は「やまちゃん」「やまさん」など。改名前は「山田尚」「山田ひさし」「ホワカマ」「YAMA」とも称していた。 ユークリッド・エージェンシー所属。 血液型A型。靴のサイズは25.5 cm。3歳下の妹がいる。 愛車は電動アシスト自転車の「エアロアシスタント angee」。 劇団「夢の遊眠社」に所属時に、同じく団員だった藤岡太郎と知り合い、お笑いコンビ「山田太郎」を結成。1987年12月に劇団を退団後、プロダクション人力舎に移籍しコンビ名を「東風」(とんぷう)と改名するも、人知れず解散。
小畑 友紀(おばた ゆうき、1月9日 - )は、日本の漫画家… 小畑 友紀(おばた ゆうき、1月9日 - )は、日本の漫画家。女性。北海道出身。北海道釧路市在住。血液型A型。 1998年、読切「Raindrops」で第42回小学館新人コミック大賞佳作を受賞。同年、『デラックス別冊少女コミック』(小学館)初秋特大号に「Raindrops」が掲載され、漫画家デビューを果たす。 デビュー以降、『ベツコミ』(小学館)を中心に活動。2002年から「僕等がいた」の連載を開始し、コミックの累計発行部数が1000万部を突破するヒット作品となる。同作は2006年にアニメ化され、2012年には実写映画が公開された。 2005年、「僕等がいた」で第50回小学館漫画賞少女向け部門を受賞。
岡部 和憲(おかべ かずのり)は、日本の国土交通技官。国土交… 岡部 和憲(おかべ かずのり)は、日本の国土交通技官。国土交通省大臣官房審議官や、国土交通省北海道開発局長、国土交通省北海道局長等を歴任した。 北海道釧路市出身。北海道札幌北高等学校を経て、1980年北海道大学工学部土木工学科卒業、北海道開発庁入庁。1992年北海道開発局帯広開発建設部治水課長。1995年北海道開発局石狩川開発建設部千歳川放水路建設事務所長。1997年北海道開発局建設部河川計画課流域対策官。2000年北海道開発局建設部河川計画課河川企画官。2001年国土交通省北海道開発局建設部河川計画課河川企画官。2002年国土交通省北海道局水政課企画官。 2004年国土交通省北海道開発局事業振興部都市住宅課長。
秋葉 令奈(あきば れな)は、日本の女性アイドル。北海道釧路… 秋葉 令奈(あきば れな)は、日本の女性アイドル。北海道釧路市出身。 クリエイティブアイドルとして、セルフプロデュースから作詞、映像・画像編集、イラスト、デザインまで自らこなしている。個人事務所「合同会社RCS」を経営する社長でもある。 北海道の豊かな産物を衣装や歌詞に組み込んだ表現が特徴。テーマカラーは「天然ピンク」。 2022年10月から釧路市観光大使を務めている。 北海道釧路市にて長女として生まれ、中学卒業後、函館の高校に進学。 高校時代は合唱部で、元々は父の影響で映像作家志望だった。京都造形芸術大学で映像・アニメーションの技術を研鑽し、卒業後大阪に移って映像作品の製作とライブ活動を始める。
栗原 裕基(くりはら ひろき)は、日本の医学者、発生生物学者… 栗原 裕基(くりはら ひろき)は、日本の医学者、発生生物学者、循環器内科医。専門は発生生物学・循環器病学、特に心血管系および頭部顔面形成の分子メカニズム。多細胞動態や組織構築の研究で知られる。東京大学アイソトープ総合センター特任教授、熊本大学国際先端医学研究機構卓越教授、東京大学名誉教授。 北海道釧路市出身。教員であった父親の転勤で、小学校時代の数年を厚岸郡厚岸町で過ごす。北海道釧路湖陵高等学校を経て、1983年、東京大学医学部医学科卒業。1990年に東京大学大学院医学系研究科より医学博士の学位を取得し、日本学術振興会特別研究員となる。1991年に東京大学医学部附属病院助手、1992年から1993年までスタンフォード大学循環器内科で博士研究員(ポスドク)を務めた。