界達 かたる(かいたつ かたる、1996年8月26日 - )… 界達 かたる(かいたつ かたる、1996年8月26日 - )は、日本のライトノベル作家。熊本県荒尾市出身。 専修大学玉名高等学校を経て、久留米大学文学部情報社会学科卒業。"web上の小説投稿サイト「小説家になろう」でCooldoor(後にだーこも、デビューに際して界達かたるに改名)名義で活動を開始。大学在学中の2016年、「小説家になろう」に発表していた連作を纏めた「レイクラたちの微熱 -From the Fleeting Summer-」で第24回ジャンプ小説新人賞最終候補となる。2018年1月、同候補作を改題した『Jに羽根はいらない』で書籍デビューしている。 また2018年1月に「車中泊」で第48回九州芸術祭文学賞熊本県地区優秀作(第4席)。
有働 佳史(うどう よしふみ、1984年10月28日 - )… 有働 佳史(うどう よしふみ、1984年10月28日 - )は、日本のコマーシャルの企画・演出、ドラマ・映画・舞台の脚本・演出・監督、作詞家、小説家。 熊本県立玉名高等学校を経て、2007年早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中にフジテレビ主催「ヤングシナリオ大賞」に初めて書いた脚本を応募し、最終選考に残った事をきっかけに脚本を本格的に書き始める。 映像にも興味を持ち、大学卒業後はCM制作会社「仲畑広告映像所」(現・ドラゴン東京)に入社、制作業務に携わり、その後2012年フリーに転身。現在は、CMの企画・演出、映画・ドラマの脚本・監督を生業としている。
竹田 浩一(たけだ こういち、1982年5月31日 - )は… 竹田 浩一(たけだ こういち、1982年5月31日 - )は、日本の実業家、睡眠研究家、著作家である。 ムーンムーン株式会社代表取締役。一般社団法人熊本創生企業家ネットワーク副代表理事。 熊本県立熊本工業高等学校卒業。九州ルーテル学院大学人文学部卒業。 2006年(平成18年)5月、DVDコンテンツ製造販売チクデン合同会社を設立。 2011年(平成23年)7月、快眠グッズ製造販売ムーンムーン株式会社を設立。 熊本本社、東京支店、ニューヨーク支社が拠点。 幼少期から睡眠障害で悩む。 2005年九州ルーテル学院大学在籍時に個人事業主として創業。 2006年サッカー指導者向けやラーメン店開業希望者向けにノウハウをDVDに収め販売するチクデン合同会社を設立。
田中 達也(たなか たつや、1981年11月 - )は、日本… 田中 達也(たなか たつや、1981年11月 - )は、日本のミニチュア写真家、見立て作家。 熊本県熊本市生まれ。鹿児島県鹿児島市在住。熊本県立熊本北高等学校、鹿児島大学教育学部学校教育教員養成課程美術専修デザイン専攻卒業。 少年時代は鉄道模型に憧れていたが、高価のため購入出来なかったため、本を積み重ねて街を作り、ティッシュケースを列車に見立てて動かしたと言う。この工夫が、現在の仕事に繋がっているという。中学時代はバスケットボール部に入部したものの、楽しめないと判断し1年足らずで退部した。また、絵を描くのは好きだったが、仕事になるとは思えないから趣味程度に留まっていた。なお、大学進学時に絵を仕事にしたいと考え、教育学部のデザイン専攻に進学した。
坂口 恭平(さかぐち きょうへい、1978年4月13日 - … 坂口 恭平(さかぐち きょうへい、1978年4月13日 - )は、日本の建築家、作家、アーティスト。熊本県出身。 熊本市で生まれ、福岡県糟屋郡新宮町へ転居。1987年7月(9歳)に熊本市へ再転居、熊本市立日吉小学校、熊本市立城南中学校を経て熊本県立熊本高等学校在学中に石山修武(早稲田大学理工学部教授)に憧れて建築家を志し、早稲田大学理工学部建築学科へ進学する。2001年に大学を卒業し、卒論で路上生活者の家を建築学的に調査したレポートを発表する。それをもとにした写真集『0円ハウス』(2004年)を皮切りにフィールドワークにもとづく著作を発表した。2006年に結婚した。2007年1月にケニアのナイロビで世界会議フォーラムに参加し、手作りの自転車に段ボールで作った家を積み重ねた作品「Kibera Bicycle」を展示した。
古川 春秋(ふるかわ しゅんじゅう、1977年 - )は、日… 古川 春秋(ふるかわ しゅんじゅう、1977年 - )は、日本の小説家。熊本県山鹿市生まれ。龍谷大学文学部卒業。デビュー時はIT企業に勤務(2012年現在)。 2012年、初めて書いた小説『ホテルブラジル』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞して小説家デビュー(芦沢央『罪の余白』と同時受賞)。選考委員の池上永一は「技術云々さえ言わなければめちゃくちゃ面白い」「古川さんが技術を身につければとんでもないモンスター作家になるだろう」と評した。 目標とする作家は村上春樹。感銘を受けた作品は京極夏彦『姑獲鳥の夏』。
真珠子(しんじゅこ、1976年 - )は、熊本県天草郡苓北町… 真珠子(しんじゅこ、1976年 - )は、熊本県天草郡苓北町出身の画家、イラストレーター、映像作家、美術家。
山下 浩平(やました こうへい、1971年 - )は、日本の… 山下 浩平(やました こうへい、1971年 - )は、日本のグラフィックデザイナー、イラストレーター、絵本作家。 熊本県熊本市生まれ、兵庫県神戸市育ち。兵庫県立明石高等学校美術科、大阪芸術大学美術学科卒業。グラフィックを中心にデザイン活動を行っている。2000年よりデザイン・レーベルmountain mountain(マウンテンマウンテン)名義でデザイン活動を行う。2004年よりやましたこうへい名義で絵本の制作を行っている。日本グラフィックデザイン協会会員。
澤宮 優(さわみや ゆう、1964年 - )は、日本のノンフ… 澤宮 優(さわみや ゆう、1964年 - )は、日本のノンフィクション作家、スポーツライター、エッセイスト。
種田 守倖(たねだ もりゆき、1963年12月24日 - )… 種田 守倖(たねだ もりゆき、1963年12月24日 - )は、大阪府大阪市在住のメディアプロデューサー、災害ジャーナリスト、コンセプター、映像作家、放送作家、映画評論家、ナレーター、ラジオパーソナリティ。後述の離別まで、れいわ新選組の選挙対策メンバーを務めていた。 過去に本名の種田守倖(たねだ もりゆき)の他、幾つかのペンネームで活動していたが、2005年頃から榎田信衛門名義に一本化して活動している。 父は土木学者・測量学者の種田守、母は地図製図技術者の種田幸子である。 父が山梨県に赴任していた際に出生。直後に東京都小平市に転居する。 小平学園幼稚園からの帰り道、近所のスーパーでラジオの生中継を体験し衝撃を受ける。
藤川 幸之助(ふじかわ こうのすけ、1962年4月8日 - … 藤川 幸之助(ふじかわ こうのすけ、1962年4月8日 - )は、日本の詩人、児童文学作家、写真家、講演家である。日本児童文学者協会会員。 熊本県湯前町に生まれる。熊本県立熊本高等学校、長崎大学大学院教育学研究科修了。学生の頃、谷川俊太郎の詩集『日々の地図』(集英社、1982年)に感銘を受け、詩作を始める。長崎県の小学校教員として生計を立てながら、ひたすら詩を書く日々を送る。 26歳の時、母親がアルツハイマー型認知症になる。父の死後、その遺言により母の介護を本格的に始めることに。24年間に及ぶ介護体験をもとに、命や認知症を題材にした作品を発表し、認知症への理解を深めるため全国各地で講演活動を行なっている。
岩下 尚史(いわした ひさふみ、1961年6月28日 - )… 岩下 尚史(いわした ひさふみ、1961年6月28日 - )は、日本の作家、國學院大學客員教授。別名宮薗千齋 、ニックネームはお師匠はん。熊本県菊池市出身。 熊本県菊池市で一人っ子として生まれ、國學院大學文学部を卒業して新橋演舞場株式会社へ入社し、企画室長として劇場創設の母体である新橋花街主催「東をどり」の制作に携わる。幕末から平成にいたる東都の花柳界を調査研究して社史『新橋と演舞場の七十年』を編纂する。 退職後の2007年に『芸者論:神々に扮することを忘れた日本人』で第20回和辻哲郎文化賞を受ける。 2008年に、甘美な小説に旧知の後藤貞子の回顧談を仕組んだ『見出された恋:金閣寺への船出』を著す。
梯 久美子(かけはし くみこ、1961年 - )は、日本のノ… 梯 久美子(かけはし くみこ、1961年 - )は、日本のノンフィクション作家。 熊本県熊本市生まれ。5歳から北海道札幌市に育つ。父は陸軍少年飛行兵学校在学中に敗戦を迎え、戦後は自衛官。 北海道札幌藻岩高等学校、北海道大学文学部国文学科卒業。1984年サンリオに入社、社長秘書を経て「詩とメルヘン」編集者となる。1986年に退社して女友達と、編集・広告プロダクションを起業。 2001年よりフリーライターとして「AERA」などにルポルタージュを執筆。丸山健二のすすめで執筆した「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道」でノンフィクション作家となる。2014年から大宅壮一ノンフィクション賞選考委員(単行本部門)。
山村 明義(やまむら あきよし、1960年(昭和35年) -… 山村 明義(やまむら あきよし、1960年(昭和35年) - )は、日本の作家、ジャーナリスト。一般社団法人日本人らしさ・地域らしさ研究所理事長。 熊本県荒尾市生まれ。熊本県立済々黌高等学校、早稲田大学を卒業。金融業界誌などの出版社勤務を経て1990年(平成2年)に独立し、以降作家・ジャーナリストとして活動。 1990年代半ばから『文藝春秋』、『諸君!』などの執筆者として名を連ねる。その後、『SAPIO』などで、中国・北朝鮮問題を執筆。2009年からは神道をテーマにした記事も執筆している。 父系の祖先に大江匡房がいる。
播正 ますみ(ばんしょう ますみ 1958年10月2日 - … 播正 ますみ(ばんしょう ますみ 1958年10月2日 - )は、熊本県天草市出身の人形作家。繊細かつ優雅な紙粘土人形を中心に、創作人形からアンティーク人形まで幅広く展開。アンティーク人形の本場、ヨーロッパのドールコンテストで、最優秀賞を獲得するなど数々の輝かしい経歴を持つ。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
稲葉 稔(いなば みのる、1955年 - )は、日本の小説家… 稲葉 稔(いなば みのる、1955年 - )は、日本の小説家。熊本県宇城市豊野町出身。 脚本家・放送作家などを経て、1994年作家デビュー。文庫版オリジナルの時代小説シリーズものを多く執筆している。日本推理作家協会会員。日本冒険作家クラブ会員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
原 ゆたか(はら ゆたか、本名:原 裕。1953年〈昭和28… 原 ゆたか(はら ゆたか、本名:原 裕。1953年〈昭和28年〉4月28日 - )は、日本の児童文学作家、イラストレーター。熊本県出身。妻は絵本作家の原京子。 小学校時代は東京都北区赤羽台に住んだ。高校時代には兵庫県姫路市に住んでおり、よく姫路城の写真を撮っていた(兵庫県立鳴尾高等学校を卒業)。現在は東京都港区に在住している。 1973年、20歳でイラストレーターとしてデビュー。児童書の挿絵を手がけていたが、「絵を使ってページをめくる楽しさをもっと演出できるのでは」と思い、「レイアウトもすべてやらせて欲しい」と出版社に申し出たところ、「じゃあ描いてごらん」と言われたことからすべて自ら描くことになった。
田中 芳樹(たなか よしき、1952年〈昭和27年〉10月2… 田中 芳樹(たなか よしき、1952年〈昭和27年〉10月22日 - )は、日本の小説家。本名:田中 美樹(たなか よしき)。らいとすたっふに所属。代表作は『銀河英雄伝説』『創竜伝』『アルスラーン戦記』の三長編など。スペースオペラからファンタジー、現代を舞台とした小説、南北朝時代以降から南宋付近までの中国を舞台とした小説を発表している。 日本SF作家クラブ会員だったが、2023年4月現在は、会員名簿に名前がない。 熊本県本渡市(現:天草市)出身。1歳のころ熊本市に移住。熊本市立黒髪小学校、熊本市立桜山中学校、熊本商科大学付属高等学校を経て、1976年3月に学習院大学文学部国文学科卒業。1980年3月に同大学大学院文学研究科国文学専攻修士課程修了。
西本 健一郎(にしもと けんいちろう、1949年(昭和24年… 西本 健一郎(にしもと けんいちろう、1949年(昭和24年)11月27日 - )は、日本の旅行作家。
藤田富士男(ふじた ふじお、1949年8月27日 - )は、… 藤田富士男(ふじた ふじお、1949年8月27日 - )は、日本の演劇研究家、作家。 1949年、熊本県人吉市に生まれる。熊本県立人吉高等学校・中央大学(文学部ドイツ文学科)・明治大学(文学部国文学科)を経て、法政大学大学院博士課程単位取得(人文学科学研究科・日本文学専攻)。1980年より1年半、メキシコ国立自治大学に留学。 法政大学非常勤講師・明治大学非常勤講師を経て、不二女子高等学校在職中の1989年、『ビバ!エル・テアトロ!炎の演出家佐野碩の生涯』を出版。以後、埼玉短期大学(助教授)、相模女子大学(講師)。 1997年「佐野碩シンポジウム」参加(メキシコ市)。1998年「国際演劇学会」参加(メキシコ-プエブラ市)。
中山 千夏(なかやま ちなつ、1948年〈昭和23年〉7月1… 中山 千夏(なかやま ちなつ、1948年〈昭和23年〉7月13日 - )は、日本の作家。歌手、女優、司会者、テレビタレント、声優、参議院議員など、50年におよぶ芸歴と多彩な活動歴を持つ。 1948年、熊本県山鹿市生まれ。のち宮崎に、更に4歳時には大阪府布施市(現・東大阪市)に転居。芸術座での『がめつい奴』(三益愛子主演)に出演し、一躍「名子役」として脚光を浴びる。芸能活動のため、小学5年生の時に東京へ転居し、中央区立泰明小学校に転入する。以来、女優として舞台、テレビ、ラジオで活躍。 中央区立明石中学校(現・中央区立銀座中学校)を経て麹町学園女子高等学校卒業。ロシア文学専攻を志望し、1966(1967?)年に上智大学を受験したが失敗。
冬川 亘(ふゆかわ わたる、1948年3月7日- )は日本の… 冬川 亘(ふゆかわ わたる、1948年3月7日- )は日本の翻訳家、作家。 本名、野口勇。熊本県鹿本郡大字来民(現・山鹿市鹿本町来民)出身。千葉県四街道市在住。東京都立大泉高等学校卒業。東京大学文学部西洋史学科卒業。同大学院西洋史修士課程中退。 訳書『カエアンの聖衣』で星雲賞を受賞。1995年、第27回新潮新人賞を短編『紅栗』で受賞。 2008年を最後に翻訳書はなく、2014年にはかつて冬川が訳した『無伴奏ソナタ』(短編集の共訳)の新訳版(金子浩他訳)が、2015年には『はだかの太陽』の新訳版(小尾芙佐訳)が、2016年には『カエアンの聖衣』の新訳版(大森望訳)が、元出版社である早川書房から、それぞれ別の翻訳者により刊行された。
梶尾 真治(かじお しんじ、1947年12月24日 -)は、… 梶尾 真治(かじお しんじ、1947年12月24日 -)は、日本のSF作家。熊本県生まれ。ニックネームはカジシン。 1971年、SF同人誌『宇宙塵』に掲載された『美亜へ贈る真珠』が早川書房の『SFマガジン』に転載されてプロデビューした。家業であるガソリンスタンド・チェーンのカジオ貝印石油を亡父・真蔵より引き継ぎ、社長業兼務で作家活動を続けていたが、2004年に「専業作家宣言」を行った。 熊本県在住であり、熊本を舞台にした作品が多い。作風はリリカルなもの、純愛もの、ドタバタもの、グロテスクものまで幅広い。デビュー作も含めて時間(タイムトラベルや永遠)と恋愛や女性を絡めた作品が多数みられる。 日本SF作家クラブ名誉会員。
八重野 充弘(やえの みつひろ、1947年8月24日 - )… 八重野 充弘(やえの みつひろ、1947年8月24日 - )は、日本の著作家、埋蔵金ハンター。日本トレジャーハンティング・クラブ代表。 熊本県熊本市出身。熊本大学教育学部附属小学校、熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立熊本高等学校を経て立教大学社会学部を卒業。その後学研に勤務し、1983年に退職してくもん出版に勤務。1992年退職。作家として、ライフワークのトレジャーハンティングに関する著述を続けるとともに、科学ジャーナリストとして、おもに子どもを対象とした講演や実験教室なども行っている。最近は自身の成長期にあたる昭和30年代の思い出を題材とした執筆活動も始めている。 1974年より、熊本県天草下島で天草四郎の軍用金探しを始めたことがきっかけで、日本の埋蔵金研究の第一人者であった畠山清行との交流が始まり、1977年より畠山を手伝う形で徳川幕府御用金(通称・徳川埋蔵金)の調査を始める。
今村 葦子(いまむら あしこ、1947年1月20日 - )は… 今村 葦子(いまむら あしこ、1947年1月20日 - )は、日本の児童文学作家、翻訳家。 熊本県球磨村生まれ。武蔵野美術短期大学卒。 1986年『ふたつの家のちえ子』で野間児童文芸推奨作品賞受賞、作家デビュー。同作で坪田譲治文学賞受賞、芸術選奨新人賞、1988年同作と『良夫とかな子』『あほうどり』で路傍の石幼少年文学賞、1991年『かがりちゃん』で野間児童文芸賞、『ぶな森のキッキ』で絵本にっぽん大賞、1993年『まつぼっくり公園のふるいブランコ』でひろすけ童話賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
葉 祥明(よう しょうめい、1946年7月7日 - )は、日… 葉 祥明(よう しょうめい、1946年7月7日 - )は、日本の絵本作家、画家、詩人。本名、葉山祥明。 熊本県熊本市出身。九州学院高等学校、立教大学経済学部、セツ・モードセミナー卒業後、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグに留学、油絵を学ぶ。 多くの絵本の作者として知られ、2014年の時点で、絵本・詩集など書籍の出版数は300点に上る。 福建省福清県にルーツを持つ華僑2世で中華料理店「紅蘭亭」の創業者である葉菊華の子。7人兄弟の6番目、三男として育つ。長兄の葉山祥泰(しょうたい)は「紅蘭亭」グループ前代表、SWISS洋菓子店創業者。次兄の葉祥栄は建築家、実弟の葉山祥鼎(しょうてい)は童話作家・エッセイスト・写真家で"葉祥明 阿蘇高原絵本美術館"の館長。
坂口 拓史(さかぐち たくし、1942年 - )は、日本の警… 坂口 拓史(さかぐち たくし、1942年 - )は、日本の警備会社経営者、著作家、評論家。坂口れい子の長男。 台湾生まれ。熊本県八代市出身。九州学院高等学校卒、法政大学二部文学部中退、セコム(訓練担当)をへて日本平和警備保障社長、のち顧問。 裏社会についての著作多数。
中田 整一(なかた せいいち、1941年10月22日 - )… 中田 整一(なかた せいいち、1941年10月22日 - )は、日本のノンフィクション作家。 NHKプロデューサー、同局スペシャル番組部長、NHKエデュケーショナル常務、大正大学教授などを経て、現代史をテーマとする作家となる。 熊本県玉名市出身。九州大学法学部を卒業後、1966年にNHKに入局。 『日本史探訪』や『歴史への招待』などの歴史教養番組の制作を担当した後、プロデューサーとして、NHK特集「ドキュメント昭和」やNHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」など、特に昭和史を中心としたドキュメンタリー番組の制作に携る文化庁芸術祭優秀賞、日本新聞協会賞、放送文化基金本賞など受賞。 NHKで中田が手がけた二・二六事件に関する2作品では、裁判を担当した陸軍法務官・匂坂春平の遺族が保管していた裁判資料の公開にも貢献した。
野田 知佑(のだ ともすけ、1938年1月2日 - 2022… 野田 知佑(のだ ともすけ、1938年1月2日 - 2022年3月27日)は、日本のカヌーイスト、作家。カヌーイストの第一人者として知られる。 熊本県玉名郡江田村(※のちの菊水町→現在の和水町)出身。福岡県立八幡高等学校,早稲田大学第一文学部英文学科卒業。日本のリバーカヤックツーリングの先駆者で、日本を始めヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど世界各地の川をカヌーで旅する。雑誌の記者を経て作家となり、川・カヌー・環境問題に関する著書を多数発表。長良川や吉野川河口堰反対運動にも参加している。1982年に『日本の川を旅する』で第9回日本ノンフィクション賞・新人賞を受賞、1998年に毎日スポーツ人賞文化賞を受賞。
泉 康子(いずみ やすこ、1937年 - )は、日本の作家、… 泉 康子(いずみ やすこ、1937年 - )は、日本の作家、ノンフィクション作家。満洲国・新京(現:長春市)生まれ。 山岳遭難や雪崩事故などをテーマに、綿密な取材に基づいたドキュメンタリー(ルポルタージュ)作品を発表している。その作風は徹底したノンフィクションであり、事実の記録性を重んじるため、可能な限り登場人物を実名で記述することを特徴としている。 1937年、満州国新京に生まれる。熊本県立第一高等学校を経て、1958年に早稲田大学第二文学部に入学。在学中は安保闘争(60年安保)に関わった。 1965年に同大学を卒業後、新日本文学会ルポルタージュ研究会に入会。1976年には社会人山岳会「のらくろ岳友会」を結成し、剱岳や槍ヶ岳などへの登山(単独行含む)を行う傍ら、機関誌の編集に携わった。
光岡 明(みつおか あきら、1932年11月3日 - 200… 光岡 明(みつおか あきら、1932年11月3日 - 2004年12月22日)は、日本の作家である。熊本県熊本市生まれ。
永畑 道子(ながはた みちこ、1930年(昭和5年)9月27… 永畑 道子(ながはた みちこ、1930年(昭和5年)9月27日 - 2012年(平成24年)6月24日)は、日本の女性史家、ノンフィクション作家。 熊本市生まれ。熊本県立第一高等女学校、第五高等学校 (旧制)を経て、1953年熊本大学法文学部東洋史学科卒。熊本日日新聞社会部記者を務めたあと、福音館書店『母の友』編集部を経て、執筆活動に入る。女子美術短期大学教授を務めた。はじめ教育論が多かったが、50代以降、柳原白蓮、与謝野晶子、波多野秋子など、大正期の恋愛事件に関わる女性を描いたものが多くなった。 白蓮事件を扱った『恋の華・白蓮事件』はドラマ『恋の華 白蓮』(NHK総合「ドラマ人間模様」、1985年)の原作となっている。
花岡太郎(はなおか たろう、1929年9月17日- )は、日… 花岡太郎(はなおか たろう、1929年9月17日- )は、日本の作家、文筆家。 大連生まれ、本名は信衛。熊本県立済々黌高等学校卒業、1950年鎌倉アカデミア文学科卒業。1952年に『新潮』で「表通り」(花岡信衛)を発表して文筆生活に入る。 息子は春風亭小朝。父の静一郎は土建業者で、乃木坂に花岡アパートを建て、太郎が家主時代に永六輔、大竹省二らが居住した。
たかし よいち(高士 与市、1928年11月10日 - 20… たかし よいち(高士 与市、1928年11月10日 - 2018年1月7日)は、日本の児童文学作家。鹿児島女子短期大学名誉教授、久留米信愛女学院短期大学教授・図書館長。 熊本県熊本市出身。東洋語学専門学校(現在の熊本学園大学)中国語科卒業。熊本大学図書館司書を経て、教科書会社校正員、児童雑誌編集者を勤めた。 1962年『狩人タロの冒険』を処女出版。1965年『埋もれた日本』で第5回日本児童文学者協会賞、1977年『竜のいる島』で国際アンデルセン賞優良作品賞およびサンケイ児童出版文化賞、2008年『天狗』で赤い鳥文学賞受賞。考古学、古生物学などに基づく児童向け図書を数多く刊行し、児童文学に新たな分野を開いた。
石牟礼 道子(いしむれ みちこ、1927年(昭和2年)3月1… 石牟礼 道子(いしむれ みちこ、1927年(昭和2年)3月11日 - 2018年(平成30年)2月10日)は、日本の小説家・詩人・環境運動家。 主婦として参加した研究会で水俣病に関心を抱き、患者の魂の訴えをまとめた『苦海浄土ーわが水俣病』(1969年)を発表。ルポルタージュのほか、自伝的な作品『おえん遊行』(1984年)、詩画集『祖さまの草の邑』(2014年)などがある。 石牟礼道子は1927年3月11日白石亀太郎(当時34歳)と吉田ハルノ(当時24歳)の長女として、熊本県天草郡河浦町(現・天草市)に生まれる。父や祖父は石工であり、道子という名は道路が完成することを予祝して、 家族全員が考えて、名付けられた。
中村 光至(なかむら こうじ、1922年〈大正11年〉9月1… 中村 光至(なかむら こうじ、1922年〈大正11年〉9月16日 - 1998年〈平成10年〉11月3日)は、日本の小説家。本名の読みは「みつし」。主に警察小説を手がけた。『南方文学』同人。 熊本県山鹿市生まれ。大東文化学院日本文学科卒業後、高校教師や大学事務職員などを経て、福岡県警教養課に勤務。『九州文学』などに小説を発表する一方で、『福岡県警察史』の刊行や県警職員雑誌『暁鐘』の編集を担当した。 1960年、「白い紐」でオール讀物新人賞受賞。1965年、『氷の庭』で直木賞候補。1993年、福岡市文化賞受賞。
谷川 健一(たにがわ けんいち、1921年7月28日 - 2… 谷川 健一(たにがわ けんいち、1921年7月28日 - 2013年8月24日)は、日本の民俗学者・地名学者・作家・歌人。近畿大学教授・日本地名研究所所長等を歴任。2007年文化功労者選出。 在野の学者として日本文学や民俗学の研究をおこない多くの研究書を著した。日本文学の源流を沖縄・鹿児島などの謡にもとめた「南島文学発生論」などの業績をあげた。 1921年、熊本県水俣で六人兄弟の長男として生まれた。熊本中学、浪速高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学文学部に進学。しかし東京大学入学後、結核を患い、各地の療養所を転々とした。大学ではフランス文学専攻で学び、卒業。 30歳を過ぎた頃より編集者として平凡社に勤務、『風土記日本』(1957-60年)、『日本残酷物語』(1959-61年)などを企画・編集し、1963年創刊の『太陽』初代編集長を務めた。
宮﨑 康平(みやざき こうへい、1917年5月7日 - 19… 宮﨑 康平(みやざき こうへい、1917年5月7日 - 1980年3月16日)は、日本の古代史研究家、作家、元会社役員。『まぼろしの邪馬台国』によって邪馬台国論争に参入した。本名は懋、失明後に一章に改名。 正確な表記は「宮﨑」(「崎」の字は山偏に竒)であるが「宮﨑」と表記出来ない環境が一部存在するので「宮崎」で通すことが多い。以下本項でも「崎」の字を用いる。 本名は宮崎懋(みやざきつとむ)。のちに一章(墓誌名)、一彰と改名する。ペンネームは当初、日夏耿之介の名前から一字を取って「宮崎耿平」(みやざきこうへい)としていたが、人から正しく「こうへい」と呼んでもらえなかったことからその後「康平」に変更している。
池尻 愼一(いけじり しんいち、1908年 - 1945年)… 池尻 愼一(いけじり しんいち、1908年 - 1945年)はハンセン病を専門とした医師、作家。ハンセン病、ハンセン病患者と真剣に向かいあい、作品『傷める葦』は1年未満で30版を数えた。太平洋戦争で応召し、1945年1月ジャワで戦死した。ペンネームは邑楽 愼一(おおら しんいち)。陸軍軍医の最終階級は軍医中尉。 1908年、福岡県浮羽郡水縄村大字益生田(現・久留米市)生まれ。父・池尻久四郎は郡医師会長を務めた人物であったが、愼一の生母とは正式の結婚でなかったので、彼は一時ぐれた。福岡県中学明善校(福岡県立明善高等学校の前身)に入学していたが、2年後叔父を頼って熊本にいき、熊本の鎮西中学校(後の鎮西高等学校)を卒業した。
耕 治人(こう はると、1906年8月1日 - 1988年1… 耕 治人(こう はると、1906年8月1日 - 1988年1月6日)は、日本の小説家・詩人。本名の姓は「たがやす」と読む。 熊本県八代市生まれ。明治学院英文科卒業。千家元麿に師事して詩作を始め、1930年(昭和5年)『耕治人詩集』を上梓する。 戦前の1937年(昭和12年)から川端康成を頼り、1939年(昭和14年)7月には、『文學界』に初めての小説を載せてもらうなど世話になっていた。 戦中の1945年(昭和20年)3月に、左翼思想犯として逮捕される。 戦後、主として私小説を書き始め、長く不遇だったが、1970年(昭和45年)に『一条の光』で読売文学賞、1972年 (昭和47年に『この世に招かれてきた客』で平林たい子文学賞受賞。
乾 信一郎(いぬい しんいちろう、1906年5月15日 - … 乾 信一郎(いぬい しんいちろう、1906年5月15日 - 2000年1月29日)は、日本の小説家、翻訳家。 米国シアトル生まれ。本名・上塚貞雄で、本名での著作もある。 1912年、母とともに父母の郷里熊本県甲佐町早川に戻り、現在の甲佐町立白旗小学校に通った。その後上京し、青山学院高等部を卒業した。 同商科在学中の1928年、翻訳が『新青年』に採用される。1930年卒業後、博文館に勤務し、『新青年』に探偵小説を書く。1935年『講談雑誌』編集長、1937年『新青年』編集長。1938年フリーとなり、文筆に専念。 戦後「青いノート」「コロの物語」などNHK連続放送劇の脚本を手がける。ユーモア小説、動物小説を多く書いたが、探偵小説やミステリー小説などの翻訳も数多く手がけた。
小山 寛二(こやま かんじ、1904年8月3日 - 1982… 小山 寛二(こやま かんじ、1904年8月3日 - 1982年11月27日)は、熊本県八代市出身の小説家。 八代中学校卒業。早稲田大学中退。クロポトキンの影響を受け、アナキズム、左翼運動家の道を歩むが、1928年(昭和3年)、転向する。 三上於菟吉に師事し、大衆文学などを執筆した。作品に、1934年(昭和9年)に映画化された「明暦名剣士」、宮崎滔天を主人公とした「波浪の歌」、細川忠興の妻ガラシャを描いた「細川ガラシャ」、「曠野の父」、「風雲万里」、「江南碧血記」などがある。 随筆雑誌「騒友」主宰。1982年(昭和57年)、東京にて没した。
永松 定(ながまつ さだむ、1904年4月8日 - 1985… 永松 定(ながまつ さだむ、1904年4月8日 - 1985年2月7日)は、日本の作家、英文学者。熊本女子大学(現・熊本県立大学)名誉教授。熊本県玉名郡出身。 熊本県立玉名中学校、第五高等学校を経て、1928年に東京帝国大学文学部を卒業した。在学中、上林暁らと同人誌『風車』を創刊して創作活動をおこなった。 1930年、伊藤整・辻野久憲とともにジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を初めて邦訳する。三好達治・北川冬彦の『詩・現実』に連載し、単行本として刊行する。このほか『ダブリンの人々』『万有引力』『ロレンス芸術論』などを出版した。 1937年強烈な神経衰弱に陥り、熊本県へ帰郷する。1940年、母の死をきっかけに英語教師として働く。
平川 虎臣(ひらかわ こしん、1903年10月25日 - 1… 平川 虎臣(ひらかわ こしん、1903年10月25日 - 1969年5月2日)は、日本の小説家。熊本県菊池郡城北村(現・山鹿市菊鹿町)生まれ。満州、京都、東京を放浪したのち上司小剣に師事し、作家となり、戦前活躍。戦後は不遇だった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
納言 恭平(なごん きょうへい、1900年(明治33年)5月… 納言 恭平(なごん きょうへい、1900年(明治33年)5月12日 - 1949年(昭和24年)7月6日)は、日本の小説家である。本名は奥村 五十嵐。 熊本県玉名郡天水町(現在の玉名市)に生まれる。熊本県立熊本工業高等学校卒業後、1918年(大正7年)に一時期八幡製鉄所に勤務した。同年上京し新潮社に入社後、同社発行の雑誌だった『文学時代』及び『日の出』の編集に携わる。 1939年(昭和14年)には海音寺潮五郎らと親交を持ち、『文学建設』の編纂に携わった事により主に時代小説の執筆を始めた。晩年は捕物作家クラブ(後の日本作家クラブ)の創設にも加わった。
蔵原 伸二郎(くらはら しんじろう、1899年〈明治32年〉… 蔵原 伸二郎(くらはら しんじろう、1899年〈明治32年〉9月4日 - 1965年〈昭和40年〉3月16日)は熊本県出身の詩人、作家、評論家。 熊本県阿蘇郡黒川村(現在の阿蘇市)に生まれる。本名は蔵原惟賢(これかた)。父惟暁は神官で阿蘇神社の直系。母いくは医学者北里柴三郎の妹。 7歳で熊本市に移住。旧制九州学院中学校在学中から中国詩に親しむ。19歳で上京し、慶應義塾大学文学部仏文科に学ぶ。同級に青柳瑞穂や石坂洋次郎がいた。1923年、大学在学中に萩原朔太郎『青猫』に触発されて詩を書き始め、『三田文学』『コギト』に作品を発表。のち、東京外国語学校のロシア語科に通っていたことが発覚したため、二重学籍を理由に慶應義塾大学から退学処分を受ける。
北原 白秋(きたはら はくしゅう、1885年1月25日 - … 北原 白秋(きたはら はくしゅう、1885年1月25日 - 1942年11月2日)は、日本の詩人、童謡作家、歌人。帝国芸術院会員。本名:北原 隆吉(きたはら りゅうきち)。 詩、童謡、短歌以外に、新民謡でも『ちゃっきり節』など傑作を残している。生涯に数多くの詩歌を残し、今なお歌い継がれる童謡を数多く発表し活躍した時代は「白露時代」と呼ばれ、三木露風と並び評される近代日本を代表する詩人である。 弟はそれぞれ出版人となり、北原鉄雄は写真・文学系出版社アルスを、北原義雄は美術系のアトリエを創業した。娘は三菱財閥創業家・岩崎家の末裔に嫁いだ。従弟の北原正雄は写真系の玄光社を創業した。 1885年(明治18年)1月25日、熊本県玉名郡関外目村(現:南関町)に長男として生まれ、まもなく福岡県山門郡沖端村(現:柳川市)にある家に帰る。
富永 堅吾(とみなが けんご、1883年(明治16年)12月… 富永 堅吾(とみなが けんご、1883年(明治16年)12月10日 - 1960年(昭和35年)9月17日)は、日本の著作家。宮本武蔵についての著作が多く、主に歴史などの著作が多い。死後には息子の富永文夫が「史実宮本武蔵」に後書きをしている。 明治16年(1883年)に富永大平、シカ(両者生没年不詳)のもとで、現在の熊本県菊池市に生まれる。後に合志義塾で学び、熊本師範学校で学ぶようになる。 卒業後は、地元に位置する尋常高等小学校に勤める。その後、一度地元を離れ東京高等師範学校に入学。約3年間学んだ後に、広島に移住した。広島高等師範学校の教諭やそれ以外にも東京府立第一中学校、母校の東京高等師範学校の教諭も務めている。
草村 北星(くさむら ほくせい、1879年3月10日 - 1… 草村 北星(くさむら ほくせい、1879年3月10日 - 1950年5月25日)は、日本の小説家。明治期家庭小説の作家。 熊本県玉名郡高瀬村(現玉名市)生まれ。本名・松雄。父は地主で自由党員。熊本英学校卒業後上京、東京専門学校(現早稲田大学)に入学、1900年卒業し、小説を『明星』に載せる。1902年金港堂に入り編集に従事、1902年『浜子』を刊行、『青年界』『文藝界』を編集し文章を載せ、『新声』にも寄稿、1904年「東京朝日新聞」に「相思怨」を連載、金港堂を辞職。1905年『新声』を佐藤儀助から譲り受けて隆文館より刊行、1910年『百合子』を刊行して以後筆を絶つ。以後は隆文館ほかの出版事業に従事、大正末年隆文館を引退し龍吟社を設立。
藍川 京(あいかわ きょう)は、日本の官能小説家。女性。熊本… 藍川 京(あいかわ きょう)は、日本の官能小説家。女性。熊本県出身。福岡市立福岡女子高等学校卒業後、現代文芸研究所の田端信に小説の指導を受ける。1989年、作家デビュー。日本ペンクラブおよび日本文芸家協会会員で、日本文芸家クラブ理事も務める。