南 伸坊(みなみ しんぼう、本名: 南 伸宏、1947年6月… 南 伸坊(みなみ しんぼう、本名: 南 伸宏、1947年6月30日 - )は、日本の編集者、イラストレーター、エッセイスト、漫画家。本の装幀も多数手掛ける。 ペンネームは、宮武外骨の『滑稽新聞』に登場する絵師、「墨池亭黒坊」に因んで、本名の伸宏をもじったもの。エッセイに自らイラストをつける手法により、「イラストライター」と自称する。あたたかみのある描線の似顔絵や、シンプルながら洗練された装幀で知られる。第29回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。 『ハリガミ考現学』での貼紙の研究により、赤瀬川原平が提唱した路上観察学会にも参加。丸刈りでおむすび型の頭をトレードマークにしており、これを強調した自画像イラストでも知られる。
向井 万起男(むかい まきお、1947年(昭和22年)6月2… 向井 万起男(むかい まきお、1947年(昭和22年)6月24日 - )は、日本の医学者(医学博士)、エッセイスト。専門は病理学。日本人初の女性飛行士、向井千秋の夫として知られる。
荒木 陽子(あらき ようこ、旧姓:青木-、1947年5月17… 荒木 陽子(あらき ようこ、旧姓:青木-、1947年5月17日 - 1990年1月27日)は、日本のエッセイスト。東京都生まれ。夫は写真家の荒木経惟。
小林 宏明(こばやし ひろあき、1946年9月28日 - 2… 小林 宏明(こばやし ひろあき、1946年9月28日 - 2025年1月29日)は、日本の翻訳家、エッセイスト。東京都三鷹市生まれ。本名・宏昭。 毎日放送(TBS系)の連続ラジオドラマ『ゴールデン・ボーイ長嶋物語』の主役一般公募に合格し、子役として、立教大学から読売巨人軍に入ったばかりの長嶋茂雄役を約2年演じた。 明治大学文学部英米文学科卒業。大学で出会った教授から文学雑誌の翻訳を依頼された後、翻訳エージェンシーを紹介され、そこで片岡義男と知り合う。 仕事の傍ら、ヒッピー文化やロック・シーンなどのアメリカ大衆文化を追いかけ、『ローリング・ストーン』日本版の翻訳などを手がける。相原真理子、東江一紀、八代登志江の勧めによる銃に関する著作もある。
冨田 均(とみた ひとし、1946年8月27日 - )は東京… 冨田 均(とみた ひとし、1946年8月27日 - )は東京都出身のエッセイスト。都市歩行家を名乗っている。富田 均とも表記。 別名、吉武 藤(よしたけ とう)。 東京都荒川区尾久出身。荒川区立尾久西小学校、荒川区立荒川第七中学校を経て駒込学園高等学校を卒業。映画監督を志望し、アングラフィルムを5本ほど制作。1966年、『ガラスと鏡』によってモントリオール国際映画祭優秀賞受賞。なお、この作品には、東京日仏学院で冨田と知り合った東郷茂彦・東郷和彦兄弟が出演している。 テレビ制作を経て、立松和平たちと共に『早稲田文学』に参加。のち『東京徘徊』『私を愛した東京』『住所と日付のある東京風景』の東京三部作を完成。
浜田 マキ子(はまだ マキこ、1942年〈昭和17年〉3月1… 浜田 マキ子(はまだ マキこ、1942年〈昭和17年〉3月19日 - 2022年〈令和4年〉5月29日)は日本の実業家・政治運動家・エッセイスト。本名:濱田 麻記子、旧姓は藤井。夫は元衆議院議員・参議院議員で弁護士の浜田卓二郎。叔父は元参議院議員・郵政大臣の植竹春彦、従兄は元衆議院議員・外務副大臣の植竹繁雄。 東京都文京区出身。父親は実業家の娘に生まれる。清明学園初等学校を経て森村学園初等科、中等科、高等科卒業。1960年4月、日本航空に入社し、国際線スチュワーデス(現・キャビンアテンダント)となる。翌1961年2月、10か月で日本航空を退社し、東京大学に入学。1965年3月、東京大学文学部東洋史学科を卒業後、植竹の秘書となるが、同年大蔵省に勤務していた卓二郎と結婚。
大塚 清一郎(おおつか せいいちろう、1942年 - )は、… 大塚 清一郎(おおつか せいいちろう、1942年 - )は、日本の外交官、エッセイスト。外務省大臣官房文化交流部長を経て、駐スリランカ特命全権大使、駐スウェーデン特命全権大使を務めた。 東京都生まれ。高校3年次にAFSでミネソタ州の高校に1年間留学したのち、愛知県立旭丘高等学校に編入。1966年に一橋大学商学部を卒業し外務省に入省後、ミネソタ州のカールトン・カレッジに留学。 外務省アジア局外務参事官等を経て、1991年初代エディンバラ総領事に就任。スコットランドでバグパイプに惹かれ練習を開始。その後、在タイ日本国大使館公使や、外務省大臣官房文化交流部長を経て、1997年からニューヨーク総領事(大使)を務めた際に、同地でメキシカンバンド「トリオ・ロス・ディプロマティコス」を結成。
島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は… 島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は、地震学者(地球物理学者、地球科学者)、日本文藝家協会会員、評論家、エッセイスト。父は島村喜久治。母は島村千枝子。大叔母は吉行あぐり(千枝子の母の妹)。 2004年以来、現在まで武蔵野学院大学特任教授。また、CCSS(制御震源地震学国際委員会=地球内部構造を研究するための人工地震の国際学会)の委員長を1983-1989年に務めた。なお、現在に至るまで、日本人としてはただ一人の委員長である[要出典]。 1960年代の大学院生当時、プレート・テクトニクスの黎明期でプレートが生まれるところ(海嶺)も、消えるところ(海溝)も海底にあることが分かり、プレートの動きをいちばん精密に現場で知ることが出来る海底地震計を開発することを、指導教官だった浅田敏らと開始した。
重金 敦之(しげかね あつゆき、1939年(昭和14年)4月… 重金 敦之(しげかね あつゆき、1939年(昭和14年)4月18日 - )は、日本のエッセイスト、食味評論家。 東京生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。朝日新聞社に入り、編集委員、常磐大学人間科学部教授(ジャーナリズム論)を経て、文芸ジャーナリスト。「週刊朝日」在籍中に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一といった作家たちの担当編集者を務めた。食や酒に関する随筆を主に手がける。
片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、… 片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、日本の小説家、エッセイスト、写真家、翻訳家、評論家である。 東京生まれ。祖父の片岡仁吉は山口県の屋代島(周防大島)出身で、ハワイに移民した人物。父の定一は米国の市民権を有する日系二世 である。父は若い頃に苦学をして米本土に渡り、金銭的に余裕ができると、横浜や神戸に遊びにきていた。母は近江八幡の古くから続く数珠屋の娘で、奈良女子高等師範学校を卒業して、山口県の岩国で女学校の講師をしていた。父母は岩国で見合い結婚をして、その後アメリカに戻る予定であったが、戦争が近づいていたため、アメリカにはもどれず、母の希望で東京に出る。父は家庭内では英語しか話さず、家庭は英語と関西言葉が飛び交う場所だった。
村上 龍男(むらかみ たつお、1939年 - )は、鶴岡市立… 村上 龍男(むらかみ たつお、1939年 - )は、鶴岡市立加茂水族館のシニアアドバイザー、エッセイスト。
田村 セツコ(たむら セツコ、1938年2月4日 - )は、… 田村 セツコ(たむら セツコ、1938年2月4日 - )は、日本のイラストレーター、エッセイスト。 1950年代後半よりイラストレーターとして仕事を始め、1960年代には「りぼん」「なかよし」などで少女向けのおしゃれページを多数手がける。1970年代にはキャラクターグッズが人気を博し、また、『若草物語』や『赤毛のアン』などの名作物語のイラストも手がける。サンリオ発行の「いちご新聞」の連載エッセイは創刊の1975年から現在も続いている。 1938年、東京府東京市(現在の東京都)目黒区にて、警視庁警察官の長女として生まれる(妹2人、弟1人の4人きょうだい) 。1945年の終戦を疎開先の栃木県上都賀郡西方村(現・栃木市)で迎える。
柳澤 桂子(やなぎさわ けいこ、1938年1月12日 - )… 柳澤 桂子(やなぎさわ けいこ、1938年1月12日 - )は、東京出身の生命科学者、サイエンスライター、エッセイスト、歌人。夫は柳沢嘉一郎。
東海林 さだお(しょうじ さだお、男性、1937年10月30… 東海林 さだお(しょうじ さだお、男性、1937年10月30日 - 2026年4月5日)は、日本の漫画家、エッセイスト。本名は庄司 禎雄(読み同じ)。1974年6月16日から2014年12月31日にかけて毎日新聞朝刊に13,749回連載した4コマ漫画の『アサッテ君』で、一般全国紙の連載漫画の最多掲載記録を作った。他の漫画・エッセイの連載においても、ほとんどが40年超のロングランとなっている。 東海林は1937年10月30日、東京府東京市杉並区高円寺南で生まれた。父は小西六(現在のコニカミノルタ)の社員だった。小学生時代に戦火を避け、父以外の家族で山梨県大月市に疎開。終戦後も東京には戻らず、母方の実家のある栃木県那須郡武茂村(のちの馬頭町)に移り、中学2年時まで過ごす。
小澤 幹雄(おざわ みきお、1937年10月24日 - )は… 小澤 幹雄(おざわ みきお、1937年10月24日 - )は、日本の俳優、エッセイスト。小澤征爾の実弟であり、兄・征爾に関する仕事が多い。
桐島 洋子(きりしま ようこ、1937年7月6日 - )は、… 桐島 洋子(きりしま ようこ、1937年7月6日 - )は、日本のエッセイスト、ノンフィクション作家。長女はモデル・元歌手・女優の桐島かれん、次女はエッセイストの桐島ノエル、長男は写真家の桐島ローランド。スペイン語通訳者の大瀬瓊子は母方の従姉妹。 一時期、経済学者の青木昌彦と事実婚関係にあった。その奔放な生き方から元祖翔んでる女と呼ばれ、同語が1970年代に流行語になった。 東京生まれ。父は三菱財閥に勤務していたが、元来は画家志望で、やはり三菱の重役だった祖父の命令で東京帝国大学(現・東京大学)経済学部を卒業し跡継ぎになった。教養ある文化人だった父から様々なことを教わった。母は医師の娘で父に見初められ結婚するが、財界人の娘を嫁にと考えていた姑に気に入られず苦労する。
長谷 邦夫(ながたに くにお、1937年4月7日 - 201… 長谷 邦夫(ながたに くにお、1937年4月7日 - 2018年11月25日)は、日本の漫画家、漫画評論家、小説家、エッセイスト、詩人、作詞家、元大垣女子短期大学・椙山女学園大学・中京大学・宇都宮アート&スポーツ専門学校等の講師。元日本マンガ学会理事。赤塚不二夫の長年のブレーン役。パロディ漫画におけるパイオニアとして知られる。日本の教育における漫画学科の草創期から関わっている人物でもある。 石森章太郎主宰の東日本漫画研究会の同人として、赤塚不二夫とデビュー前から交流していた。彼らがトキワ荘に入居すると通い組として参加。もともと現代詩を書く文学青年でもあり、江戸川邦生名義で小説も発表した。また、SF同人誌『宇宙塵』の初期からの会員でもあった。
徳川 文武(とくがわ ふみたけ、1937年(昭和12年)3月… 徳川 文武(とくがわ ふみたけ、1937年(昭和12年)3月3日 - )は、千葉県出身の通信技術コンサルタント・執筆家。松戸徳川家3代当主。 千葉県松戸市の戸定邸で生まれる。父の徳川博武(旧姓:藤岡)は国立大蔵病院医長で、婿養子であるが母方で水戸斉昭の曾孫でもある。母の宗子は松戸徳川家の初代当主徳川武定の娘であり、母方で徳川慶喜の曾孫でもある。 自由学園幼児生活団から成蹊小学校・成蹊中学校・成蹊高等学校を経て、1962年(昭和37年)に早稲田大学理工学部応用物理学科物理専攻卒業。三菱電機勤務を経て、米国に留学、1981年(昭和56年)にスタンフォード大学電気工学科情報通信専攻修士課程修了。1982年(昭和57年)から米国ハリス社ファリノンマイクロ波通信機器開発部門に勤務する。
吉行 和子(よしゆき かずこ、1935年〈昭和10年〉8月9… 吉行 和子(よしゆき かずこ、1935年〈昭和10年〉8月9日 - 2025年〈令和7年〉9月2日)は、日本の女優、エッセイスト、俳人。東京府(現:東京都)出身。 父は作家の吉行エイスケ、母は美容師の吉行あぐり。兄は作家の吉行淳之介、妹は詩人の吉行理恵。 2歳で小児喘息を患い、病弱な子ども時代を過ごす。1948年3月、千代田区立番町小学校卒業。 父は和子が4歳のときに死去、母は美容師として働いていたため、ひどい喘息の発作が起こると、岡山県の祖父の元に預けられていた。 1954年、女子学院高等学校を卒業。なお、卒業前に劇団民藝付属水品研究所を受験して入所。女優になるつもりはなく、絵を描くことや裁縫は得意だったことから「衣装係にでもなれれば」と思って受験したところ、思いがけず女優候補として採用された。
角野 栄子(かどの えいこ、本名:渡辺栄子、1935年1月1… 角野 栄子(かどの えいこ、本名:渡辺栄子、1935年1月1日 - )は、日本の童話作家、絵本作家、ノンフィクション作家、エッセイスト。日本福祉大学客員教授。江戸川区角野栄子児童文学館(魔法の文学館)館長。神奈川県鎌倉市在住。 東京府東京市深川区(現・東京都江東区深川)に生まれる。5歳の時に生母を病気で亡くし、寂しさを紛らわすために物語をよく空想した。深川で質屋を営んでいた父親は物語をよく聞かせてくれた。江戸川区立西小岩国民学校に入学する。父が再婚後すぐに出征したため父が戻るまで小岩の自宅で新しい母と弟で暮らした。小学4年生の秋、山形県西置賜郡長井町(現・長井市)に学童疎開する。深川の店は東京大空襲で焼失した。
海老名 香葉子(えびな かよこ、1933年〈昭和8年〉10月… 海老名 香葉子(えびな かよこ、1933年〈昭和8年〉10月6日 - 2025年〈令和7年〉12月24日)は、日本のエッセイスト、作家。ねぎし事務所代表取締役。本名は海老名 嘉代子(読みは同じ)、旧姓は中根(なかね)。初代林家三平の妻。 東京府東京市本所区竪川町(現・東京都墨田区立川)出身。生家は釣り竿の名匠「竿忠」。 第二次世界大戦中、静岡県沼津市の叔母宅に疎開した。家族と別れる当日、母から「香葉子は強い子よ。だから大丈夫よ。いつもニコニコしているのよ。笑顔でいれば必ずお友達もいっぱいできるし、みんなに好かれるのよ、どんなときでも笑顔でいるのよ」と言われたことが心に残っていると言い、自身の著書に記述され、インタビューでも度々語っている[要出典]。
勝目 梓(かつめ あずさ、男性、1932年6月20日 - )… 勝目 梓(かつめ あずさ、男性、1932年6月20日 - )は、日本の小説家、エッセイスト、俳人。 東京生まれ。鹿児島県立伊集院高等学校中退。
柳原 良平(やなぎはら りょうへい、1931年8月17日 -… 柳原 良平(やなぎはら りょうへい、1931年8月17日 - 2015年8月17日)は、日本のイラストレーター、漫画家、アニメーション作家、エッセイスト。東京都出身。神奈川県横浜市中区在住。「アンクルトリス」の産みの親として、また無類の船好きとしても知られる。過去には「帆船日本丸記念財団」の理事も務めていた。西村捨三のひ孫。
辰濃 和男(たつの かずお、1930年1月1日 - 2017… 辰濃 和男(たつの かずお、1930年1月1日 - 2017年12月6日)は、元朝日新聞記者のジャーナリスト、エッセイスト。元日本エッセイスト・クラブ理事長。 東京生まれ。1953年東京商科大学(一橋大学)卒業。大学では、加藤秀俊(社会学者)と語学のクラス及び南博ゼミの同級生で、ともに一橋新聞部に所属した。 大学卒業後朝日新聞社入社。浦和支局、社会部、ニューヨーク支局長、社会部次長、編集委員、論説委員、編集局顧問を歴任。この間、1975年から1988年まで「天声人語」を担当し、1993年に退社。1994年朝日カルチャーセンター社長。また、日本エッセイスト・クラブ理事長も務めた。 ジャーナリストとして多数の著書を刊行している。
向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年〈昭和4年〉11月2… 向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年〈昭和4年〉11月28日 - 1981年〈昭和56年〉8月22日)は、日本のテレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。 週刊誌のトップ屋時代は幸田 邦子名義で執筆していた。共同ペンネーム「葉村彰子」の一員でもある。 父親の転勤で全国を転々とするが、本人は鹿児島時代が文学の原点と語った。実践女専国語科を卒業後、映画雑誌の記者を経て、ラジオ・テレビの台本・脚本を書く。『七人の孫』『寺内貫太郎一家』等、自分の実感をもとに庶民の生活を温かくかつその暗部をも描いて「ホームドラマの旗手」といわれた。 1980年短編連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』(後に作品集『思い出トランプ』に収録)で直木賞を受賞した。
上遠 恵子(かみとお けいこ、1929年7月17日 - )は… 上遠 恵子(かみとお けいこ、1929年7月17日 - )は、日本のエッセイスト、翻訳家。レイチェル・カーソン日本協会会長。 東京都出身。東京薬科大学卒業。1974年、ポール・ブルックス(英語版)『生命の棲家』(後に『レイチェル・カーソン』と改題)を訳出。研究室勤務、学会誌編集者を経て、現在エッセイスト。レイチェル・カーソン日本協会理事長を経て会長。 1929年:東京・田園調布にて誕生。父親は昆虫学者。東京帝国大学理学部を卒業後、農林省(現:農林水産省)に勤務する技官だった。両親がクリスチャンだったため、幼児洗礼を受ける。 1936年:小学校入学。 1941年:太平洋戦争勃発。田園調布のあたりもB29の空襲を受けるが、生家は被害を免れた。
色川 武大(いろかわ たけひろ、1929年3月28日 - 1… 色川 武大(いろかわ たけひろ、1929年3月28日 - 1989年4月10日)は、日本の小説家、エッセイスト、雀士。筆名として色川 武大(いろかわ ぶだい)、阿佐田 哲也(あさだ てつや)、井上 志摩夫(いのうえ しまお)、雀風子を名乗った。阿佐田哲也名義では麻雀小説作家として知られる。
長 新太(ちょう しんた、本名: 鈴木 揫治、1927年9月… 長 新太(ちょう しんた、本名: 鈴木 揫治、1927年9月24日 - 2005年6月25日)は、日本の漫画家、絵本作家、エッセイスト。 漫画作品のほか、「ユーモラスな展開と不条理な筋立て」による「絵本」と称される数多くの絵本や児童文学の挿絵を描き、「ナンセンスの神様」の異名をとった。エッセイなどの分野でも活動した。 東京府荏原郡羽田町(のちの東京都大田区)に生まれる。蒲田育ち。戦時中は陸軍少年飛行兵学校を受験したが体重が足りなかったために不合格となる。東京市立蒲田工業学校(現在の東京都立一橋高等学校)卒。蒲田が空襲の被害を受けたため横浜市に移り、ここで敗戦を迎える。映画が好きだったため映画館の看板屋で3年ほど働いた。
木村 梢(きむら こずえ、1926年11月6日 - 2019… 木村 梢(きむら こずえ、1926年11月6日 - 2019年10月28日)は、エッセイスト。 邦枝完二の長女として東京市麹町区(現東京都千代田区麹町)に生まれる。父と同様に麹町幼稚園、麹町小学校で学び、文化学院女学部を卒業。1948年、俳優の木村功と結婚。妹にクニエダヤスエがいる。娘は七代杵屋佐吉に嫁ぎ、孫に杵屋浅吉、杵屋佐喜がいる。木村功の死後『功、大好き』を上梓しベストセラーになった。 2019年10月28日、老衰のため92歳で死去した。墓所は本郷の喜福寺。
倉田 保雄(くらた やすお、1924年3月19日 - 201… 倉田 保雄(くらた やすお、1924年3月19日 - 2011年11月18日)は、国際問題評論家、エッセイスト。 東京都生まれ。暁星中学を経て1945年慶應義塾大学経済学部卒業後、時事通信、ロイター、UPI通信社東京支局勤務。 1952年フルブライト留学生として米国留学。1953年共同通信に入社。ロンドン特派員、パリ支局長、編集委員。早稲田大学・慶大講師。 1989年から2002年までNHK「視点・論点」のコメンテーター。1994年フランス国家功労勲章(シュバリエ級)受章。ヨーロッパ特に英国、フランスについての著書多数。 2011年11月18日、虚血性心疾患のため死去。87歳没。
石井 好子(いしい よしこ、1922年8月4日 - 2010… 石井 好子(いしい よしこ、1922年8月4日 - 2010年7月17日)は、日本のシャンソン歌手、エッセイスト、実業家(芸能プロモーター)。日本シャンソン界の草分けであり、半世紀以上に亘り牽引し続けた業界の代表・中心人物として知られている。日本シャンソン協会初代会長。東京都出身。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)卒業、東京音楽学校声楽専科卒業。 政治家・石井光次郎の次女として生まれ、母の勧めにより6歳からピアノを習う。ただ、歌は好きだがピアノは好きになれなかったという。ピアノを教えていた岡本たま(音楽家岡本敏明の妻)は、そんな好子にピアノを無理強いすることなく、ただ好きな歌を歌うよう勧めた。
大橋 鎭子(おおはし しずこ、1920年〈大正9年〉3月10… 大橋 鎭子(おおはし しずこ、1920年〈大正9年〉3月10日 - 2013年〈平成25年〉3月23日)は、日本の女性編集者・エッセイスト。暮しの手帖社社主・元社長で同社の雑誌『暮しの手帖』を創刊した。妹の大橋芳子も同社創業メンバーの一人で、エッセイスト。 父の大橋武雄は岐阜県大垣市出身。武雄は父親を結核で早くに亡くし、10歳の時に東京・深川の材木商をしていた親戚の大橋谷吉の養子となり、府立一中を経て北海道帝国大学農学部卒業後1919年4月中越製布(現・日本製麻)に就職。母、宮原久子は京都生まれ小樽育ちで、父の宮原満吉は新潟で油田を掘り当て財を築いた実業家だった。久子は女子美術学校を卒業後、北海道時代に知り合った武雄と1919年5月に結婚。
三浦 一郎(みうら いちろう、1914年6月6日 - 200… 三浦 一郎(みうら いちろう、1914年6月6日 - 2006年3月13日)は、日本の西洋史学者・エッセイスト。元茨城大学教授、上智大学名誉教授。 東京府豊島師範学校附属小学校、旧制武蔵高等学校を経て、東京帝国大学西洋史卒業。 戦後新制成蹊高等学校教諭を経て、茨城大学助教授、1966年同大学教授、1970年上智大学教授、1980年同大学特別待遇教授、1985年退職、同大学名誉教授。ギリシア古代西洋史を専門とするが、『世界史こぼれ話』が角川文庫に収められて人気を博した。 没年91。葬儀は日本基督教団高輪教会、喪主は長男の三浦久利夫(くりお)。
篠田 桃紅(しのだ とうこう、本名:篠田 満洲子、1913年… 篠田 桃紅(しのだ とうこう、本名:篠田 満洲子、1913年〈大正2年〉3月28日 - 2021年〈令和3年〉3月1日)は、日本の美術家、版画家、エッセイスト。 映画監督の篠田正浩は従弟、建築家の若山滋は甥にあたる。 日本の租借地だった関東州大連に生まれる。父の篠田頼治郎は東亜煙草の大連支社長で、職場と自宅があったジョサイヤ・コンドル設計の元ロシア帝国の3階建洋館で三男四女の第五子として生まれ、満洲子と命名された。 2歳で東京に戻り、5歳頃から父に書の手ほどきを受ける。その後、女学校時代以外はほとんど独学で書を学ぶ。 1950年から数年、書道芸術院に所属して前衛書の作家たちと交流を持つが、1956年に渡米。
佐藤 雅子(さとう まさこ、1909年(明治42年) - 1… 佐藤 雅子(さとう まさこ、1909年(明治42年) - 1977年(昭和52年)2月28日)は、日本の料理研究家、エッセイスト。 1909年(明治42年)、東京・小石川生まれ。父は海軍軍人の竹内寛(最終階級は海軍少将)。 東京府立第二高等女学校(現在の東京都立竹早高等学校)を卒業。1931年(昭和6年)、内務官僚であった佐藤達夫(のち法制局長官、人事院総裁)と結婚。 昭和40年代から50年代にかけて、主婦業のかたわら、雑誌「ミセス」でモデルとなるとともに、料理や四季折々の暮らしを紹介、また講演活動も行った。「カリスマ主婦」のはしりとも評される。著述の内容は、生家や婚家で伝えられた日本式・西洋式の料理のレシピや、家事の工夫や知恵、家族との思い出など多岐にわたる。
入江 相政(いりえ すけまさ、1905年〈明治38年〉6月2… 入江 相政(いりえ すけまさ、1905年〈明治38年〉6月29日 - 1985年〈昭和60年〉9月29日)は、日本の官僚、歌人であり随筆家である。 昭和天皇の侍従・侍従長を長く務めた。従二位勲一等旭日大綬章、勲一等瑞宝章、紺綬褒章・賞杯。 堂上華族の入江家出身。歌人・柳原白蓮の甥であり、元岩崎勝商事社長・岩崎勝太郎は相政の義弟にあたる。柳原前光の孫である。 1905年(明治38年)6月29日、東京府東京市麻布区笄町(現・東京都港区西麻布)で、入江為守子爵・貴族院議員の三男として生まれる。兄に入江為常。生家は歌道冷泉派の宗家・冷泉家の流れを汲む「歌の家」。 冷泉家・入江家の通字は家祖・冷泉為相の名から取った「為」だが、入江家では「相」の字も通字として用いられたため、相政と名付けられた。
古川 ロッパ(ふるかわ ろっぱ、古川 緑波とも、1903年〈… 古川 ロッパ(ふるかわ ろっぱ、古川 緑波とも、1903年〈明治36年〉8月13日 - 1961年〈昭和36年〉1月16日)は、1930年代の日本の代表的コメディアン。本名は古川 郁郎(ふるかわ いくろう)。編集者、エッセイストとしても活動した。 古川郁郎は東京帝国大学総長を務めた加藤弘之男爵の長男である加藤照麿男爵の六男として東京市麹町区に生まれた。嫡男以外は養子に出すという家訓により、生後間もなく義理の叔父(父の妹婿)で満鉄役員の古川武太郎(元陸軍中将の古川宣誉の長男)の養子となる。幼少期より文才に優れ、のちに芸名として用いた「緑波」の号は尋常小学校3年生の頃、童話作家の巖谷小波にちなんで自らつけた筆名である。
小森 まなみ(こもり まなみ、10月16日 - )は、日本の… 小森 まなみ(こもり まなみ、10月16日 - )は、日本の元ラジオパーソナリティ、元歌手、元声優、元エッセイスト。夫はアニメーション監督の山崎理、長男は医師で小説家のあさぎり水脈。 2023年10月にすべての活動の「マイクオフ」を宣言して、2024年3月をもって芸能界を引退した。 作家として小森眞奈美、童話作家としてこもりまなみの名義でも活動していた。日本児童文芸家協会会員。NPO法人メディカルメイクアップアソシエーション認定員。ラクーンドッグ(声優活動時)所属。メディカルウィッグのボランティア組織アンジェリック代表。 東京都渋谷区生まれ。父は内科学者で、世界的な胃癌治療の第一人者だった医学博士、小黒八七郎(おぐろ やなお)。
井上 慎介(いのうえ しんすけ)は、映像監督・カメラマン・… 井上 慎介(いのうえ しんすけ)は、映像監督・カメラマン・プロデューサー・全米NLP協会認定トレーナー・フォトエッセイスト。 45年の商業カメラマンのキャリア。 19歳から、大映テレビでテレビドラマのキャリアをスタート。 元妻は元女優、坂上亜樹。 首都高速トライアルシリーズ スピリッツオブ首都高速トライアル
一青 妙 は、舞台女優・歯科医師・ナレーター・エッセイスト。… 一青 妙 は、舞台女優・歯科医師・ナレーター・エッセイスト。所属事務所はYs(ワイズ)。
国井 律子 は、日本のエッセイスト。所属事務所はボアエージェ… 国井 律子 は、日本のエッセイスト。所属事務所はボアエージェンシー。
山田 あかね(やまだ あかね)は、東京都新宿区出身の脚本家、… 山田 あかね(やまだ あかね)は、東京都新宿区出身の脚本家、映像作家、小説家、エッセイスト。 区立小学校、東京女学館中学校・高等学校を経て、早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。大学在籍中から自主制作映画のクラブで脚本・監督して映画制作に携わるほか、女子大生ポルノ小説の執筆アルバイトを行っていた。 大学卒業後はテレビ制作会社「(株)イースト」に入社し、アシスタントディレクターとしての活動をはじめた。1995年、「終わりのいろいろなかたち」で第81回文學界新人賞佳作受賞。 2004年「ベイビーシャワー」(小学館)で第四回小学館文庫小説賞受賞。 現在は、映像演出家、作家として活動している。 2009年に創設した、(株)スモールホープベイプロダクション代表。
酒井 順子 は、日本のエッセイスト。
竹中 あこ(たけなか あこ)は日本の歌手、通訳、エッセイスト… 竹中 あこ(たけなか あこ)は日本の歌手、通訳、エッセイスト。東京都国立市出身。 歌手・シンガーソングライターの竹中三佳は実姉。 慶應義塾大学理工学部物理学科卒。量子力学理論ほか、虹を創る実験などをしていた。 1990年 株式会社博報堂入社。コピーライター職として勤務。朝日広告賞、毎日広告賞など受賞。 博報堂退社後1996年、ニューヨークに渡る。自作「Swimming/スィミング」が1998年度「アメリカンソングラインティング・コンテスト-50」に選出、またアンビエントグループ「Phobos/フォボス」などにボーカル参加。ネイティブアメリカンやアフリカン、ブラジリアンの発声やハーモニクスなどを学び、各地でライブ活動を行ったのち帰国。
小澤 朝子(おざわ あさこ)は、東京都台東区出身の日本の実業… 小澤 朝子(おざわ あさこ)は、東京都台東区出身の日本の実業家、エッセイスト。元大韓航空客室乗務員、KLMオランダ航空客室乗務員。 登録支援機関認定 19-000859 有料職業紹介12-ユ-300799 1981年4月、大韓航空日本人客室乗務員として入社。アジア太平洋路線をフライト。 1981年11月、KLMオランダ航空入社。日本人客室乗務員として、成田-アムステルダム間を北回りアンカレッジ経由と南回りマニラ、バンコク、ドバイ、アテネ経由をフライト。 大学生時代より自宅で英語を教えていたこともあり、1991年KLM退社と同時にOESアカデミーを設立。英語の指導のほか、客室乗務員の経験を生かし、客室乗務員を目指す学生の受験対策を始める。