今井 絵美子(いまい えみこ、1945年7月2日 - 201… 今井 絵美子(いまい えみこ、1945年7月2日 - 2017年10月8日)は、日本の小説家、時代小説作家。 広島県福山市生まれ。成城大学文芸学部卒業。画廊経営、テレビプロデューサーを経て、執筆活動を開始。 1998年、「もぐら」が第16回大阪女性文芸賞で佳作に選ばれる。 2000年、「母の背中」が第34回北日本文学賞で選奨に選ばれる。 2002年、『蘇鉄のひと 玉蘊』が第2回中・近世文学大賞の最終候補作となり、同作を刊行、小説家デビューを果たす。 2003年、「小日向源伍の終わらない夏」が第10回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞。2015年、「立場茶屋おりき」シリーズが第4回歴史時代作家クラブ賞(シリーズ賞)を受賞。
大下 英治(おおした えいじ、本名:ひではる、1944年6月… 大下 英治(おおした えいじ、本名:ひではる、1944年6月7日 - )は、日本のルポライター・作家。 広島県安芸郡府中町生まれ。広島大学文学部仏文科卒業。 父親を原爆で失い、自身も被爆者健康手帳を所持。中学卒業後、一旦は三菱造船所の養成工となり就職するが退職し、高卒資格を得るため広島県瀬戸内高等学校に通いながら予備校にも通学。大学卒業後は電波新聞社に就職するが、後に退職し1968年に大宅マスコミ塾第7期生となる。同じく広島育ちの作家・梶山季之のスタッフライターであった時期もあり、その時の先輩には恩田貢や岩川隆などがいる。 1970年に週刊文春特派記者となって以降、1982年まで13年間在籍。在籍中の1981年に『小説電通』(三一書房)により作家デビューする。
穂高 健一(ほだか けんいち、1943年10月12日 - )… 穂高 健一(ほだか けんいち、1943年10月12日 - )は、日本の小説家、ジャーナリスト、写真家、登山家。名字の「穂高」はペンネームであり、本名は非公開。 広島県大崎上島町出身、中央大学経済学部卒業。 日本ペンクラブ広報委員会・会報委員会、電子文藝館の各委員。 日本文藝協会、日本山岳会、日本写真協会に所属。 読売・日本テレビ文化センター、朝日カルチャーセンター、目黒学園カルチャースクールなどで、「文学賞を目指す小説講座」、「エッセイ教室」、「フォト・エッセイ」の講師を務める。 東京都葛飾区在住。かつしか区民大学では、「区民記者講座」の講師も務める。 作家・吉岡忍、伊藤桂一、小中陽太郎、出久根達郎、高橋千劔破、新津きよみ、山名美和子、ジャーナリスト・轡田隆史、大原雄、吉澤一成、井出勉、相澤与剛、文藝評論家・清原康正らと交流を持つ。
那須 正幹(なす まさもと、1942年〈昭和17年〉6月6日… 那須 正幹(なす まさもと、1942年〈昭和17年〉6月6日 - 2021年〈令和3年〉7月22日)は、日本の児童文学作家、小説家。代表作は「ズッコケ三人組」シリーズ(1978年 - 2004年)。 広島県広島市己斐(現・西区己斐本町)出身。1978年から晩年まで、山口県防府市に在住していた。 1945年8月6日、広島市庚午北町(現・西区)の自宅で母親の背中におぶさって被爆。4歳の頃、近所に住んでいた画家・新延輝雄の家に遊びに行き、「インテリぼうや」という渾名を貰ったことがある。 1949年、広島市立己斐小学校入学。クラスの3分の1は被爆して親のない子もいた。中学2年生の時に、一年で同じクラスだった女生徒が原爆被爆による白血病を発症し、死亡した。
森岡 久元(もりおか ひさもと、本名同じ(旧姓 井上)、19… 森岡 久元(もりおか ひさもと、本名同じ(旧姓 井上)、1940年11月8日 - )は、日本の作家。『姫路文学』『別冊関学文芸』『酩酊船』各同人。 大阪市生まれ。1944年に広島県尾道市へ転住。尾道市立土堂小学校、尾道市立長江中学校、広島県立尾道商業高等学校を経て、関西学院大学文学部英文学科卒業。高校2年の時、文芸部誌『ゲミュート』掲載の小説「風と話す人」が旺文社発行『高校時代』主催の第三回高校文芸誌コンクール小説の部で二席に入選(選者木村毅)。大学時代に同人誌『姫路文学』に参加。卒業後は文学活動から離れて、会社を創業して事業活動をする。1995年、休刊していた『姫路文学』の復刊を機に創作活動を再開。
田邊 雅章(たなべ まさあき、1937年12月13日 - )… 田邊 雅章(たなべ まさあき、1937年12月13日 - )は、日本の映像作家。(株)ナック映像センター代表取締役。本名・俊彦(としひこ)。 広島市生まれで父は軍人。市内猿楽町(現・中区大手町)・産業奨励館(原爆ドーム)東隣の生家で育つ。山口県の母の実家に縁故疎開中の1945年、原爆投下により実家に残っていた父・母・弟を失う。自らも家族を捜すため入市し二次被爆した。 原爆投下から9日後の8月15日、終戦となったこの日に父親が死去(敗戦に伴う自害ではなく、原爆の影響による戦傷死)。軍人であった父親は自らが被爆したこともあり、米軍に対して拭いきれない憎しみを抱きながら軍刀を傍に置いたまま亡くなったという。
佐木 隆三(さき りゅうぞう、本名:小先 良三〈こさき りょ… 佐木 隆三(さき りゅうぞう、本名:小先 良三〈こさき りょうぞう〉、1937年〈昭和12年〉4月15日 - 2015年〈平成27年〉10月31日)は、日本の小説家、ノンフィクション作家で、北九州市立文学館名誉館長、九州国際大学元客員教授。当初は純文学作家として活動したが、直木賞受賞の『復讐するは我にあり』以降は犯罪ノンフィクションで人気を博し、後年は法廷のルポルタージュでも広く知られる。旧朝鮮咸鏡北道穏城郡生まれ。 両親とも広島県出身で、父親は農家。一旗あげようと田畑を売り払って朝鮮に渡り、良三は朝鮮で生まれる。1941年(昭和16年)、銀山の所長をしていた父が呉の海軍に召集されたため、一家で日本に引き揚げた。
山下 明生(やました はるお、1937年3月11日 - )は… 山下 明生(やました はるお、1937年3月11日 - )は、日本の児童文学作家、翻訳家。 東京生まれ、瀬戸内海の広島県能美島で育つ。 広島県立大柿高等学校を経て京都大学文学部仏文学科卒業後、上京してあかね書房へ入社。同社の児童書編集の傍ら、乙骨淑子、奥田継夫、掛川恭子、八木田宜子とともに同人誌「こだま」に参加した事を機に創作活動に専念。 1973年『うみのしろうま』で野間児童文芸推奨作品賞、1975年『はんぶんちょうだい』で小学館文学賞、1983年『まつげの海のひこうせん』で絵本にっぽん大賞、1986年『海のコウモリ』で赤い鳥文学賞、1992年『カモメの家』で野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞、1993年同作で路傍の石文学賞受賞、『バーバパパ』シリーズの翻訳でも有名。
近藤 千雄(こんどう かずお、1935年 - 2012年)は… 近藤 千雄(こんどう かずお、1935年 - 2012年)は、日本の翻訳家、作家、スピリチュアリズム研究家。台湾生まれ、広島県福山市育ち。 幼少時、母に奇妙な出来事が起こる体験を見聞きする。戦後すぐ兄を交通事故で亡くし、霊界への興味を持ち、浅野和三郎などの本を読むようになる。 高校時代、九州にやってきた霊能力者の間部詮信に出会う。間部は知るはずの無い兄の想いを語り、聞いていた母は霊界の存在を確信する。近藤はそれに間接的に影響を受け、自身の道を決定付けた体験だと語る。 その後、交霊会などを体験。明治学院大学英文科卒業。在学中から今日に至るまで英米の原典の研究と翻訳に従事。1981年・1984年英国を訪問、著名霊媒、心霊治療家に会って親交を深める。
岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 … 岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 - 2014年6月11日)は、日本の小説家。本名、根本邦枝。 広島県広島市生まれ。父・岩橋八洲民は植物学者で当時広島文理科大学副手。1945年10歳の時、広島の原爆投下の直前に父の実家のある佐賀県佐賀市へ疎開した。佐賀県立佐賀高等学校(現佐賀県立佐賀西高等学校)から、お茶の水女子大学教育学科に進み、在学中の1954年『婦人公論』の作文選に「水紋」が川端康成の選により掲載、初めて書いた小説「つちくれ」が『文藝』全国学生小説コンクールに当選、1955年『婦人公論』募集の女流小説に「不参加」が入選、1956年「逆光線」が『新女苑』に発表され、女版石原慎太郎としてマスコミが殺到した。
辻村 寿三郎(つじむら じゅさぶろう)1933年〈昭和8年〉… 辻村 寿三郎(つじむら じゅさぶろう)1933年〈昭和8年〉11月11日 - 2023年〈令和5年〉2月5日)は、日本の人形作家、人形操作師。アートディレクター。旧名は辻村ジュサブロー。 その異才ぶりを遺憾なく発揮し、数々の創作人形の発表、人形芝居の上演、舞台衣裳デザインなど精力的な活動を行った。日本を代表する人形作家でありながら人形の世界にとどまらず、総合的なアーティストとして各方面より大きな注目を集めていた。また人形館(ジュサブロー館)では作品展示の他、アトリエを公開しファンとの交流を図っていた。人形町で唯一人の人形職人であった。 なお人形町にあったジュサブロー館は2015年9月12日をもって閉館。
西条 道彦 (さいじょう みちひこ、1932年12月6日 -… 西条 道彦 (さいじょう みちひこ、1932年12月6日 - ) は、日本の作家、脚本家、小説家。日本脚本家連盟理事。本名、増成道彦。
山崎 朋子(やまざき ともこ、1932年1月7日 - 201… 山崎 朋子(やまざき ともこ、1932年1月7日 - 2018年10月31日)は、女性史研究家、ノンフィクション作家。夫は児童文化研究家の上笙一郎。 長崎県佐世保市生まれ、広島県呉市と広島市で育つ。呉市立仁方小学校卒(文芸春秋講演会での発言から)。本籍地は福井県。父は大日本帝国海軍中佐の大畑正、母は若山喜志子門下の歌人で三冊の歌集を持つ大畑晴子。1940年、父が艦長を務める伊号第六十七潜水艦が沈没し、父を喪う。 1945年、広島市への原子爆弾投下前に母親の郷里福井県に移り終戦を迎える。1952年、福井大学教育学部二部を2年修了。福井県で小学校の教師をした後、1954年、女優となることを夢見て上京、再度小学校教諭を務めるが一年で辞め、演劇の勉強をするうち、知り合った東京大学院生・金光澤と事実婚。
藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019… 藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019年5月21日)は、日本の小説家、推理作家・研究者。広島県尾道市出身。本名は宰(おさむ)。広島県立尾道北高等学校を経て早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。推理研究家として多くの著作を刊行、他にも様々な活躍を続けた。 1968年3月にKKベストセラーズから刊行した『探偵ゲーム』を始め同様の推理クイズ本を量産し、推理クイズブームを創りだした。内容は、いわゆる殺人のトリック、密室なのにどうやって殺せたか、凶器はどこに隠したか、というものだった。これを見て該当する作品を読むという、ガイドブックのようなものとしても使用できるものであったが、一方でトリックがあらかじめ分かってしまうことも事実であった。
天瀬 裕康(あませ ひろやす、1931年11月 - )は、日… 天瀬 裕康(あませ ひろやす、1931年11月 - )は、日本の小説家、文芸・SF評論家。日本の著名な同人作家。 本名、渡辺晋(わたなべ すすむ)。 広島県呉市に生まれる。旧制呉一中(現広島県立呉三津田高等学校)2年生のとき、学徒動員先の呉海軍工廠から自宅に戻って就寝中に被爆。 1961年3月、岡山大学大学院医学研究科内科学課程修了。医師。医学博士。本名でのSFファン活動も行い、SF同人誌「宇宙塵」では初期からの同人。また自身でも同人誌「イマジニア」を主宰していた。「SFマガジン」にコラムを連載したこともある。1969年8月には「日本SFファンダム賞」受賞。 2004年5月、広島ペンクラブ副会長。
織井 青吾(おりい せいご:本名 浜井隆治、1931年(昭和… 織井 青吾(おりい せいご:本名 浜井隆治、1931年(昭和6年) - )は広島県出身のノンフィクション作家。
中山士朗(なかやま しろう、1930年11月22日-2022… 中山士朗(なかやま しろう、1930年11月22日-2022年10月12日 )は、日本の作家。 広島市生まれ。広島県立広島第一中学校在学中に被爆。早稲田大学文学部ロシア文学科卒業。1993年の『原爆亭折ふし』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。
甲斐 信枝(かい のぶえ、1930年10月3日- 2023年… 甲斐 信枝(かい のぶえ、1930年10月3日- 2023年11月30日)は、日本の絵本作家。広島県出身。京都府京都市右京区在住。 広島県の田畑が広がる農村地帯で、姉と弟三人とともに育った。広島県立高等女学校(府中高等女学校とも)3年のころから、疎開してきていた清水良雄(光風会会員、童話雑誌「赤い鳥」の画家)に師事する。清水の没後上京し、慶応義塾大学精神神経科に教授秘書として勤めていたが、やがて画家になることを決意する。帯の絵付けや、子どもに絵を教える仕事などさまざまなアルバイトをしながら、鈴木寿雄に童画を学んだ。 1970年に紙芝居『もんしろちょうとからすあげは』(童心社)を出版し、以後、身近な自然を題材にした科学絵本を手掛ける。
小久保 均(こくぼ ひとし、1930年4月16日 - )は大… 小久保 均(こくぼ ひとし、1930年4月16日 - )は大韓民国慶尚北道生まれの作家。1937年両親の故郷広島に引き揚げる。広島大学文学部卒業。1972年「折れた八月」で直木賞候補に、1977年「夏の刻印」で芥川賞候補になる。小久保は言う、「広島は小説の材料に事を欠かない所だ」と、小説を始めようとする人に訴える。そして「お前はここが悪いのだ」と、手厳しい。<要出典>
梶山 季之(かじやま としゆき、1930年1月2日 - 19… 梶山 季之(かじやま としゆき、1930年1月2日 - 1975年5月11日)は、日本の小説家・ジャーナリスト。ルポライターとして梶 季彦、少年少女向け推理・冒険小説(ジュブナイル作品)の著者として梶 謙介のペンネームがある。 週刊誌創刊ブーム期に代表的なトップ屋として活躍、その後『黒の試走車(テストカー)』『赤いダイヤ』などの産業スパイ小説、経済小説でベストセラー作家となり、推理小説、時代小説、風俗小説、社会小説、痛快小説、SF小説、時代小説、実録小説、少年少女向けの冒険小説等とあらゆる分野に作品を残した多才・多作の作家であった。酒の飲み過ぎにより取材先の香港で45歳で客死。昭和一桁生まれの最後の無頼派的な文士といわれ、磯田光一は「戦後文壇の自爆者」と評した。
實吉 達郎(さねよし たつお、1929年11月29日 - 2… 實吉 達郎(さねよし たつお、1929年11月29日 - 2025年9月23日)は、日本の動物研究家、作家。未確認動物「UMA」の命名者として知られる。 シャーロック・ホームズの研究家でもあり、日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員である。 子爵實吉安純の孫として広島県(父の赴任地・呉市)に生まれる。学習院幼稚園から学習院初等科、学習院中等科を経て、東京農業大学卒業後、宮内庁下総御料牧場、野毛山動物園に勤務。 1955年から1962年までブラジルで動物を研究。帰国後、動物作家として活躍。また、数多くのテレビ番組に出演している。 娘はシンガーソングライターのさねよしいさ子、風水鑑定士の佐々木啓乃。
長田 順行(ながた じゅんこう、本名:木谷順行、1929年4… 長田 順行(ながた じゅんこう、本名:木谷順行、1929年4月4日 ‐ 2007年8月31日)は広島県呉市出身の作家、海上自衛官、暗号研究者。日本暗号協会会長(1986年8月~)。 呉第一中学校(現広島県立呉三津田高等学校)を卒業後、1945年に海軍兵学校予科(第78期、昭和20年4月入校)に入校するが、終戦により閉校となる。1954年広島大学文学部哲学科を卒業。1955年防衛庁暗号専門機関に入り、暗号理論の研究及び解読に従事。1965年海上自衛隊暗号専門部隊に転じ、通信保全業務隊司令となり1983年1等海佐で退職した。 1986年8月日本暗号協会を設立し初代会長。暗号に造詣が深く、暗号関係の著作は1964年から刊行しており多数。
桂 芳久(かつら よしひさ、1929年3月4日 - 2005… 桂 芳久(かつら よしひさ、1929年3月4日 - 2005年2月1日)は、日本の小説家・民俗学者・北里大学名誉教授。昭和後期から平成時代にかけて活躍した。 広島県高田郡吉田町(現:安芸高田市)の生まれ。 旧制広島県立第一中学校(現:広島県立広島国泰寺高等学校)の4年生のとき、広島市への原子爆弾投下に遭遇する。このとき学校は全滅したものの、勤労動員で郊外に滞在していたため生き残ることができた。少年期のこの経験は桂の心に深く残り、後々まで作品世界に何度も描かれることになった。 1950年に慶應義塾大学に入学する。 同年、劇作家の加藤道夫の紹介により三島由紀夫に認められ、1953年、三島の推薦で「群像」7月号に「棘草の蔭に」を載せ、文壇に登場。
児玉 辰春(こだま たつはる、1928年 - 2019年10… 児玉 辰春(こだま たつはる、1928年 - 2019年10月14日)は、日本の児童文学作家。 戦争を語り継ぐ絵本『まっ黒なおべんとう』の著者として知られる。 広島県大竹市出身。山口県立岩国工業高等学校、神奈川大学工学部卒業。 1954年より中学校の教師として勤務した。その頃から、子供たちへの平和活動を始める。1988年、広島市立三和中学校を最後に退職し、創作活動を開始した。 1990年に「よっちゃんのビー玉」が日本子どもの本研究会選定図書、1992年に「伸ちゃんのさんりんしゃ」日本図書館協会選定図書と全国学校図書館協議会「夏休みの本」に選ばれた。 2001年、戦争の悲惨さを語り継ぐ「新世紀に戦争を語り継ぐ会」を創設した。
粟根 昭二郎(あわね しょうじろう、1927年2月25日 -… 粟根 昭二郎(あわね しょうじろう、1927年2月25日 - )は日本の七宝工芸作家。長男は七宝工芸作家の粟根仁志。広島における七宝制作・普及の草分け的存在であると共に、西日本においての先駆者。 広島県三原市糸崎町で粟根豊一の長男に生まれる。1965年に妻・知恵と結婚して以降七宝の技術を学び始め、広島市に夫婦で七宝教室を開設。1977年に第24回日本伝統工芸展に初入選。1984年には日本工芸会正会員に認定され、同諸工芸部会幹事や同諸工芸部会展実行委員を歴任。2005年に地域文化功労者表彰(文部科学大臣)を受賞した。 七宝を始めた当初、西日本には指導者がおらず、全国の工房や美術館などを巡り、独学で技術を身につけた。
佐伯 千秋(さえき ちあき、1925年12月6日 - 200… 佐伯 千秋(さえき ちあき、1925年12月6日 - 2009年1月3日)は、日本の少女小説家。児童文学作家。少女小説やジュニア小説で知られる。 広島市出身。本名、薦田千賀子(こもだ・ちかこ)。佐伯は旧姓である。 広島県立広島第一高等女学校から日本女子大学校に進学したが、広島市への原子爆弾投下で両親を失ったのち退学。 作家となってからは西東京市 (旧保谷市)に住んだという。原爆ドーム永久保存を決定した当時の広島市長・浜井信三は義兄に当たる。1955年当時から日本児童文芸家協会会員。 1954年ごろから小学館の雑誌『女学生の友』や『小学〇年生』などの学習雑誌に読み切りの短編小説や小学生向けの読み物を執筆し、1959年「燃えよ黄の花」(『女学生の友』1958年9月号掲載)で第8回小学館児童文化賞を受賞。
田中 小実昌(たなか こみまさ、1925年〈大正14年〉4月… 田中 小実昌(たなか こみまさ、1925年〈大正14年〉4月29日 - 2000年〈平成12年〉2月26日)は、日本の小説家、翻訳家、随筆家。直木賞・谷崎潤一郎賞受賞。 東京市千駄ヶ谷生まれ。父・田中種助はバプテストの神学校を出た東京市民教会の牧師。40歳の種助と46歳の母・マサ子の長男として生まれる。父の転勤で4歳から広島県呉市東三津田町で育つ。7歳のとき、父が呉三津田の山に「アサ会」という十字架のない独自のキリスト教教会を創立。 実家近くの広島県立呉第一中学(現・呉三津田高校)を受験するが失敗し、旧制西南学院中学に入学。母親の意向で一年後に呉第一中学の編入試験を受け2年から転校した。同級に井上忠。
阿川 弘之(あがわ ひろゆき、1920年〈大正9年〉12月2… 阿川 弘之(あがわ ひろゆき、1920年〈大正9年〉12月24日 - 2015年〈平成27年〉8月3日)は、日本の小説家、評論家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。広島県名誉県民。日本李登輝友の会名誉会長。 海軍体験を基にした戦争物や私小説的作品、伝記物で知られる。代表作として『春の城』『雲の墓標』のほか、大日本帝国海軍提督を描いた3部作(海軍提督三部作)『山本五十六』『米内光政』『井上成美』などがある。 法学者の阿川尚之は長男、タレント・エッセイストの阿川佐和子は長女。 自身は『私の履歴書』では、〔私の「履歴」を一と言で記せば、「地方の平凡な中流家庭に生まれ、小学校から大学まで、ごく平坦平凡な学生生活を送り、戦争中は海軍に従軍して多少の辛酸を嘗めたが、戦後間もなく志賀直哉の推輓により文壇に登場、以来作家としてこんにちに至る」、これだけである〕と回顧している。
真野 さよ(まの さよ、1913年 - )は、日本の小説家、… 真野 さよ(まの さよ、1913年 - )は、日本の小説家、詩人。 高知県出身。1955年、広島県立高等女学校(現広島県立広島皆実高等学校)卒業、1958年、日本女子大学国文学部中退。 戦後、河井醉茗の塔影社に入り創作活動を開始し、1977年、詩集『葡萄祭』出版。小説『蜂』にて婦人公論新人小説賞受賞。 読売新聞「人生案内」の回答者として活躍するほか、各地で「伊勢物語」「枕草子」などの古典文学や女性問題などの講義を重ねた。
大佐古 一郎(おおさこ いちろう、1912年(大正元年)11… 大佐古 一郎(おおさこ いちろう、1912年(大正元年)11月15日 - 1995年(平成7年))は、昭和時代のジャーナリスト・著作家。広島市での原爆被災をはさむ長い時期にわたって、在広島の地方紙である中国新聞の記者を務めた。 広島県山県郡壬生町(現・北広島町)生まれ。1933年に(旧制)山陽中学を卒業したのち日本大学予科に入学。同大学文学部に学んだのち、標準教科書出版協会・哈爾濱日日新聞社を経て、1939年中国新聞社に入社。この間、中国大陸で兵役に就く。県政(広島県庁・中国総監府)担当記者であった33歳時、1945年8月6日に原爆に被災した。同社が壊滅して幹部・同僚記者が多数被爆死し、また敗戦後の枕崎台風によって疎開先の印刷工場も機能停止に陥るなか、辛くも生き延びて戦後の再建に参加した。
武内 俊子(たけうち としこ、1905年9月10日 - 19… 武内 俊子(たけうち としこ、1905年9月10日 - 1945年4月7日)は、童謡詩人、童謡作詞家、童話作家。僧侶であり世界探険家の渡辺哲信は叔父にあたる。広島県福山市の勝願寺住職足利瑞義の姪。 1905年(明治38年)広島県三原市西町の浄念寺に生まれる。 1912年4月広島市に転居、学齢期の6歳から土手町(現在の南区比治山町)で育った。広島県立第一高等女学校(現在の広島皆実高校)を経て、広島女子専門学校(現在の県立広島大学)に進学したが中途で退学。 その後、結婚して東京の世田谷に居住。1929年(昭和4年)頃から、童謡や童話の創作を始める。女性の社会進出が困難を伴った昭和初期にあって、4人の子供の育児と両立させ創作に励んだ詩人だった。
大田 洋子(おおた ようこ、1903年〈明治36年〉11月2… 大田 洋子(おおた ようこ、1903年〈明治36年〉11月20日 - 1963年〈昭和38年〉12月10日)は、日本の小説家。本名、大田 初子。 広島県山県郡原村(現・北広島町)生まれ。6歳のとき父母が離婚したので親戚の大田家の籍に入る。その後母が再婚し、佐伯郡玖島村(現・廿日市市)で育つ。進徳実科高等女学校(現在の進徳女子高等学校)研究科卒業。小学校の裁縫教師として江田島に赴任したが1年で退職。小学校在職中に地元紙の芸備日日新聞に小説を発表、新進作家の扱いを受ける。21歳で結婚したが一児を残して出奔。尾道や大阪などで女給として働きつつ小説を書く。のち上京し、1929年、『女人芸術』に「聖母のゐる黄昏」を発表、これが文壇デビューとなる。
弘津 千代(ひろつ ちよ、1901年1月5日 - 1983年… 弘津 千代(ひろつ ちよ、1901年1月5日 - 1983年)は、日本の劇作家、小説家。 山口県熊毛郡伊保庄村(現、山口県柳井市伊保庄)上八(こうじょう)生まれ。広島女学校附属小学校、広島県師範学校附属小学校、広島県立広島高等女学校を経て、日本女子大学校文科国文学科を1922年卒業。在学中より中村吉蔵らに師事。卒業後も東京で劇作に専念した。本名はチヨ。 1921年、日本女子大学校在学中に卒論のかわりに、印度の阿育王の伝説を題材にした戯曲・華子城物語(かしじょう・ものがたり)を、同級生の山原鶴、宮田範と共作、翌1922年6月、新光社より出版される。 代表作は、1925年(大正14年)7月号の「舞台批評」に発表した「天樹院」。
井伏 鱒二(いぶせ ますじ、1898年〈明治31年〉2月15… 井伏 鱒二(いぶせ ますじ、1898年〈明治31年〉2月15日 - 1993年〈平成5年〉7月10日)は、日本の小説家。本名:井伏 滿壽二(いぶし ますじ)。広島県安那郡加茂村(現福山市)出身。筆名は釣り好きだったことによる。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。福山市名誉市民、広島県名誉県民、名誉都民。 1898年、広島県安那郡加茂村粟根に父・井伏郁太、母・ミヤの次男として生まれた。井伏家は室町時代の1442年(嘉吉2年)まで遡れる旧家で、「中ノ土居(土地の言葉でナカンデエ)」の屋号をもつ代々の地主である。5歳のときに父を亡くし、特に祖父にかわいがられて育つ。 1905年、加茂小学校入学。
岡田 八千代(おかだ やちよ、1883年(明治16年)12月… 岡田 八千代(おかだ やちよ、1883年(明治16年)12月3日 - 1962年(昭和37年)2月10日)は、明治 - 昭和期の小説家、劇作家、劇評家。芹影(きんえい)、芹影女、伊達虫子などの筆名を用いた。
鈴木 三重吉(すずき みえきち、1882年〈明治15年〉9月… 鈴木 三重吉(すずき みえきち、1882年〈明治15年〉9月29日 - 1936年〈昭和11年〉6月27日)は、広島県広島市出身の小説家、児童文学者。日本の児童文化運動の父とされる。 1882年(明治15年)9月29日、広島県広島市猿楽町(現、中区紙屋町、現在エディオン広島本店 本館がある地)に、父悦二、母ふさの三男として生まれる。 1889年(明治22年)本川小学校に入学。1891年(明治24年)三重吉が9歳の時に、母ふさが亡くなる。1893年(明治26年)11歳の時に、第一高等小学校に入学。1896年(明治29年)広島県広島尋常中学校(現・広島県立広島国泰寺高等学校)に入学。1897年(明治30年)、三重吉が15歳の時に書いた『亡母を慕ふ』が、「少年倶楽部」4月号に、『天長節の記』が「小国民」9年2号(どちらの雑誌も北隆館)に掲載される。
小山内 薫(おさない かおる、1881年〈明治14年〉7月2… 小山内 薫(おさない かおる、1881年〈明治14年〉7月26日 - 1928年〈昭和3年〉12月25日)は、明治末から大正・昭和初期に活躍した日本の劇作家、小説家、演出家、批評家、詩人。 日本の演劇界の革新にその半生を捧げた"新劇の父" 。 1909年に「自由劇場」を、1924年に土方与志らと「築地小劇場」を設立し、新劇運動に尽力した。戯曲に『第一の世界』(1920年)、『息子』(1922年)などがある。また、1919年に松竹本社理事兼松竹蒲田撮影所撮影総監督となり、1920年松竹キネマ俳優学校校長、松竹キネマ研究所設立を通して、トーキー(発声映画)が登場する日本映画黎明期に深く関わった。 1881年(明治14年)7月26日、広島陸軍衛戍病院長・小山内建の二男として後の広島市細工町(現在の大手町一・二丁目付近)に生まれた。
行友 李風(ゆきとも りふう、明治10年(1877年)3月2… 行友 李風(ゆきとも りふう、明治10年(1877年)3月2日 - 昭和34年(1959年)12月13日)は、大正、昭和期の劇作家、小説家。広島県尾道市土堂町出身。本名は直次郎。 家は岩子屋という藍商で、その総領息子だった。学歴は小学校卒業とされる。明治39年(1906年)大阪新報社入社。社会部記者となり演芸欄を担当。大正5年(1916年)退社、大阪松竹合名会社(松竹)文芸部を経て、大正初期、田村木国(俳人)らと洗堰吟社をおこす。 大正6年(1917年)、芸術座を退団した沢田正二郎が、より一般大衆に親しまれる"新しい国劇"を目的とし新国劇を結成。松竹の白井松次郎の考えから新国劇に派遣され、大正8年(1919年)正月の大阪弁天座公演から、行友は座付き作者として迎えられた。
小松 壮一郎(こまつ そういちろう)は、日本の映画監督、映像… 小松 壮一郎(こまつ そういちろう)は、日本の映画監督、映像作家、演出家。広島県呉市出身。現在は、小松 莊一良名義で活動。
仁科 裕貴(にしな ゆうき)は広島県出身のライトノベル作家。… 仁科 裕貴(にしな ゆうき)は広島県出身のライトノベル作家。修道中学校・修道高等学校卒業。第19回電撃小説大賞応募を経て文壇デビュー。警察学校出身の元警察官であり[3]、異色の経歴を武器に現実感あふれるサスペンス小説を得意とする。また精緻な文体による人物描写も得意とし、恋愛小説など幅広いジャンルを手がけている。現在広島県内で猫と一緒に暮らしている。
小松 莊一良(こまつ そういちろう)は、日本の映画監督、映像… 小松 莊一良(こまつ そういちろう)は、日本の映画監督、映像作家、演出家、企画。 ミュージシャンやストリートダンサーをモチーフにした作品を中心に制作するフィルムメイカー。2012年までは本名の小松壮一郎名義で活動。 大阪芸術大学 映像学科 客員教授。くれ観光特使。 12月7日 アメリカロサンゼルス生まれ、広島県呉市出身。 広島県立広高等学校在学中に、長編8ミリフィルム映画『17の頃・・・』を製作し「第4回ふくおか映画祭」で作品賞・脚本賞、男優賞を受賞。大阪芸術大学映像学科在学中に作った学生服ダンスムービー『ハイスクールRock 'n'Roll』で第1回集英社ヤングジャンプ・ビデオフェスティバル、『TBS・加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ(初代年間チャンピオン)』などでグランプリを受賞し注目され、第1回ジュネーブ国際ビデオウィークなど海外への招待出品が続く。
湊 かなえ は、日本の小説家。広島県因島市中庄町(現・尾道市… 湊 かなえ は、日本の小説家。広島県因島市中庄町(現・尾道市因島中庄町)生まれ。武庫川女子大学家政学部被服学科卒業。2007年には金戸 美苗 の名義で第35回創作ラジオドラマ大賞を受賞した。
倉橋 燿子(くらはし ようこ)は、日本の児童文学作家。燿子の… 倉橋 燿子(くらはし ようこ)は、日本の児童文学作家。燿子の「燿」の字は、火偏。 広島県出身。上智大学文学部卒。女性誌の編集やCMのコピーライターを経たのち、作家へ転身。ジュニア小説や漫画原作などを手掛けている。 主人公の少女(ほとんどが11 - 13歳)が様々な逆境に出会い、これに立ち向かうという成長物語を多く執筆する。「生き別れた肉親」「友人との確執と和解」「不治の病」「突然の出会いから始まる恋」など、いつの時代も少女を惹きつけるロマンティックな要素が満載されている。 倉橋作品の根底にあるのは、「人生には、必ず予想外の試練や不本意な出来事が起きるが、だからこそ人間は大きく成長することが出来る」という人生観である。
井上 球二(いのうえ きゅうじ、1917年(大正6年) - … 井上 球二(いのうえ きゅうじ、1917年(大正6年) - 2010年(平成22年) )は、広島県尾道市出身の著作家、画家。日本作家クラブ常任理事を務めた。「一人一寺心の寺」、「心の寺写仏」を創立。 1939年(昭和14年)、早稲田大学専門部政経科を卒業。大阪商船に入社、海上勤務に5年従事する。1945年(昭和20年)に喀血し、九死に一生を得る。1955年(昭和30年)、絵筆で生計をたてるべく上京、次第に絵に加え、文筆も宗教的に傾く。 1981年6月14日、静岡県三島の臨済宗正眼寺で、既成仏教の僧侶に依存するのではなく、一人一人が心の中に寺を建て、自らが住職の自覚を持つことによって、信念と責任のある信仰をしていこうという運動を始め「一人一寺心の寺」の会(事務局長 望月明)を設立した。
雨木 シュウスケ(あまぎ しゅうすけ)は、日本の男性ライトノ… 雨木 シュウスケ(あまぎ しゅうすけ)は、日本の男性ライトノベル作家。雨木 秀介名義で時代小説を書いている。 広島県三原市出身。物語を書き始めたのは高校時代の宿題がきっかけ。「羅生門」の続きを考える課題で、物語をつくるのが面白くなったという。大学卒業後、フリーターを経てアミューズメントメディア総合学院ノベルズ学科2003年度卒業。第15回ファンタジア長編小説大賞〈佳作〉受賞作『マテリアルナイト 少女は巨人と踊る』でデビュー。二作目である『鋼殻のレギオス』は、文庫シリーズ14巻で計400万部に達している。TVアニメ化もされ、2009年1月から同年6月まで放送された。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。