赤間 亮(あかま りょう、1960年 - )は、日本の国文学… 赤間 亮(あかま りょう、1960年 - )は、日本の国文学者。浮世絵研究者。立命館大学文学部日本文学科教授。専門は日本近世文学や演劇、デジタル・アーカイブ学。 北海道紋別郡雄武町に生まれ、小学5年生の頃に苫小牧市へ引っ越す。北海道札幌南高等学校を経て、都留文科大学文学部国文学科を卒業後、早稲田大学大学院文学研究科へ進学。鳥越文蔵に師事。1991年に同大学院文学研究科芸術学(演劇)専攻博士後期課程単位取得満期退学。早稲田大学坪内博士記念演劇博物館を経て、1991年から立命館大学に着任。1998年に歌舞伎学会奨励賞受賞。2008年に「演劇資料・浮世絵のデジタル化」の功績により上野五月記念日本文化研究奨励賞受賞。
武田 雅哉(たけだ まさや、1958年1月 - )は、日本の… 武田 雅哉(たけだ まさや、1958年1月 - )は、日本の中国文学者。北海道大学名誉教授。 1958年北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校卒業。1985年北海道大学文学部中国文学科卒、1988年同大学院修士課程修了、中野美代子に師事する。1990年より北海道大学文学部助手を経て、助教授、教授。2023年3月をもって退職。
片山 宏行(かたやま ひろゆき、1955年5月11日 - )… 片山 宏行(かたやま ひろゆき、1955年5月11日 - )は、日本の国文学者。青山学院大学名誉教授。菊池寛研究の第一人者。 北海道生まれ。青山学院大学文学部卒業。1982年、同大学院博士課程中退。神戸山手女子短大で講師、1989年助教授。1991年、青山学院大学文学部助教授。2000年同教授。2024年同名誉教授。明治、大正、昭和の近代日本文学を専攻し、特に菊池寛を研究。2004年に高松市で菊池寛の短編小説などのゲラ刷りが発見された際や、2007年倉敷市で芥川龍之介の直筆原稿が発見された際にも、調査を担当している。また2017年、菊池寛の幻の原稿「妖妻記」(菊池寛記念館所蔵)の鑑定・作品の意義について明らかにした。
伊藤 博明(いとう ひろあき、1955年4月14日 - )は… 伊藤 博明(いとう ひろあき、1955年4月14日 - )は、日本の文学者、図像学者。専修大学教授(元・埼玉大学教授・副学長)。専門はヨーロッパ中世・ルネサンスの思想史(ルネサンス哲学)・芸術論・図像学。 北海道網走郡美幌町出身。1980年北海道大学文学部西洋哲学科卒業、87年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1986年北海道大学文学部助手、1988年埼玉大学教養部講師、89年助教授、95年同教養学部助教授、98年教授のち副学長を経て、2017年4月より専修大学教授。 15世紀フィレンツェのプラトン主義をめぐる諸問題およびバロック期におけるテクストとイメージの関連に係わる諸問題を研究対象としている。
谷口 義明(たにぐち よしあき、1954年12月23日 - … 谷口 義明(たにぐち よしあき、1954年12月23日 - 2026年1月9日)は、日本の天文学者。専門は、銀河天文学。愛媛大学名誉教授。放送大学特任教授。理学博士(1984年9月東北大学)。 北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校を卒業するまで故郷の旭川市で過ごした。中学時代に雑誌「天文ガイド」を見るまでは昆虫少年だった。 東北大学理学部天文・地球物理学科卒業、同大大学院理学研究科天文学専攻博士課程修了。 1987年東京大学東京天文台助手、翌年東大理学部天文学教育研究センター助手となる。1991年東北大学理学部天文学教室の助教授。2006年4月1日に愛媛大学大学院理工学研究科数理物質科学専攻教授。
飯塚 容(いいづか ゆとり、1954年 - )は、日本の中国… 飯塚 容(いいづか ゆとり、1954年 - )は、日本の中国文学者、翻訳家。中央大学文学部教授、前中央大学杉並高等学校校長。2025年3月定年退職し、名誉教授の称号を得る。 専門は中国現代文学、演劇。余華の作品などの翻訳を多く手掛けている。 1954年、北海道札幌市生まれ。父・飯塚朗は中国文学研究者で、北海道大学に勤務していた。1977年、東京都立大学人文学部中国文学科を卒業。同大学大学院に進み、1982年に博士課程を満期退学した。 その後は中央大学文学部専任講師となった。1986年に助教授、1996年に教授昇進。2015年から2019年まで、東京都杉並区にある中央大学杉並高等学校の校長を兼任した。
丹治 愛(たんじ あい、男性、1953年1月20日 - )は… 丹治 愛(たんじ あい、男性、1953年1月20日 - )は、日本の英文学者。専門は、ヴィクトリア朝・モダニズムの英国小説。東京大学名誉教授。法政大学教授。北海道出身。
平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )… 平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )は、日本のアメリカ文学者・小説家。東京大学名誉教授。元日本アメリカ文学会会長。北海道函館市生まれ。
豊島 秀範(とよしま ひでのり、1947年 - )は、日本の… 豊島 秀範(とよしま ひでのり、1947年 - )は、日本の文学者。専門は、中古文学・中世文学。特に物語文学・和歌文学・日記文学を研究。学位は、博士(文学)(國學院大學)。國學院大學名誉教授。弘前学院大学学長・弘前学院短期大学学長・群馬女子短期大学国文学科教授・國學院大學教授を歴任。 北海道士別市生まれ。千葉県我孫子市在住。 國學院大學文学部卒業。1976年(昭和51年)同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1976年(昭和51年)國學院大學久我山高等学校専任講師。1979年(昭和54年)弘前学院大学文学部専任講師。1982年(昭和57年)同文学部助教授。1990年(平成2年)同文学部教授。1991年(平成3年)弘前学院大学学長、弘前学院大学短期大学学長、同地域総合文化研究所長。
橋本 尚江(はしもと ひさえ、1945年3月1日 - )は、… 橋本 尚江(はしもと ひさえ、1945年3月1日 - )は、日本の英文学者、英国文化研究者。北海道大学名誉教授。専門はイギリス・ロマン派詩人の研究、および1980年代以降の多文化社会としての英国文化研究。北海道札幌市出身。
柳瀬 尚紀(やなせ なおき、1943年3月2日 - 2016… 柳瀬 尚紀(やなせ なおき、1943年3月2日 - 2016年7月30日)は、日本の英文学者、翻訳家、随筆家。 語呂合わせなどの言葉遊びを駆使した独自の文体で『フィネガンズ・ウェイク』などの翻訳を行った。「悪訳」をするとみなした翻訳家に対しては痛烈な批判を行った。 北海道根室市出身。1965年に早稲田大学第一文学部卒業、1967年同大学院文学研究科修士課程卒業、1970年同大学院文学研究科博士課程満期終了退学。1977年に成城大学助教授、1991年に辞職。 1976年にエリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』の訳書がベストセラーとなり、「飛んでる女」が流行語となる。その後もジョング作品の翻訳を続けている。
川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本… 川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本の英文学者、スペイン史学者、評論家、翻訳家。社会学博士(一橋大学・論文博士・2003年)(学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」)。法政大学名誉教授。2022年瑞宝中綬章受章。 北海道生まれ。1966年北海道大学文学部卒業、1969年東京都立大学英文学専攻大学院修士課程修了、ロンドン大学・ケンブリッジ大学客員研究員を経て1977年より法政大学理工学部教授。2003年学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」で一橋大学より社会学博士の学位を取得。
保坂 一夫(ほさか かずお、1941年6月19日 - )は、… 保坂 一夫(ほさか かずお、1941年6月19日 - )は、ドイツ文学者、東京大学名誉教授、元日本大学教授。 北海道上川郡東鷹栖村(現・旭川市)生まれ。北海道旭川北高等学校を経て、1966年東京大学文学部独文科卒業、テュービンゲン大学留学。新潟大学講師、玉川大学助教授、1981年東京大学教養学部助教授(ドイツ語)、1990年教授、2002年定年退官、日本大学文理学部教授。2012年定年退職。 クリスタ・ヴォルフ選集全7巻を訳した。ほかエルンスト・ブロッホなどを研究。
菊地 昌実(きくち まさみ、1938年(昭和13年)9月20… 菊地 昌実(きくち まさみ、1938年(昭和13年)9月20日 - 2020年(令和2年)5月27日)は、日本のフランス文学・比較文学者、北海道大学名誉教授。 北海道札幌市生まれ。1961年東京大学教養学部教養学科フランス分科卒、1966年東京大学大学院比較文学比較文化修士課程修了。北海道大学教養部助教授、言語文化部教授、2002年名誉教授。肝炎訴訟を支える会世話人代表。 2020年5月27日、胃癌のため死去。
野坂幸弘(のさか ゆきひろ、1937年 - )は、日本の文学… 野坂幸弘(のさか ゆきひろ、1937年 - )は、日本の文学者。岩手大学名誉教授。北海道小樽市生まれ。 日本の近代・現代文学で、特に伊藤整の文学論についてを研究 『北海学園大学人文論集第38巻』(北海学園大学人文学会、2008年)
霧生 和夫(きりう かずお、1935年1月1日- )は、日本… 霧生 和夫(きりう かずお、1935年1月1日- )は、日本のフランス文学者。埼玉大学名誉教授。専門は19世紀フランス文学、特にオノレ・ド・バルザック。 北海道旭川市出身。東京外国語大学フランス科卒業。東京大学大学院人文科学研究科仏文科博士課程満期退学。1967年埼玉大学教養学部専任講師、同助教授、同教授。2000年定年退官、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
豊国 孝(とよくに たかし、1935年 - )は、日本の文学… 豊国 孝(とよくに たかし、1935年 - )は、日本の文学研究者・イギリス文学者。小樽商科大学名誉教授。主な研究対象はイギリス文学(D・H・ローレンス)。 北海道出身。1958年北海道大学文学部英米文学科卒業。1962年旭川工業高等専門学校講師。1967年室蘭工業大学講師、1970年同大学助教授を経て、1979年小樽商科大学商学部助教授。1981年小樽商科大学商学部教授に就任。1991年に同大学言語センター教授。1999年に小樽商科大学名誉教授の称号を授与される。なお、1999年から札幌大学外国語学部教授、現在札幌大学外国語学部研究科非常勤講師。2008年3月退職。2015年11月瑞宝中綬章を受章。
木村 直司(きむら なおじ、1934年9月11日 - )は、… 木村 直司(きむら なおじ、1934年9月11日 - )は、日本のドイツ文学者、上智大学名誉教授。専攻はゲーテ研究。 札幌市出身。北海道札幌北高等学校卒、1959年上智大学文学部ドイツ文学科卒業、西ドイツに学び、1963年ミュンヘン大学で博士号。 1963年上智大学文学部専任講師、68年助教授、75年教授、2000年定年退職、名誉教授、レーゲンスブルク大学客員教授。1982年ジーボルト賞を受賞した。 ドイツ文芸アカデミー通信会員、日本ゲーテ協会副会長、ウィーン文化科学研究所 (INST) 副会長、元レーゲンスブルク独日協会副会長。
佐藤 和生(さとう かずお、1934年 - )は、フランス文… 佐藤 和生(さとう かずお、1934年 - )は、フランス文学者、翻訳家、詩人。同志社大学名誉教授。 北海道出身。北海道札幌東高等学校、北海道大学文学部卒業。京都大学仏文科博士課程修了。フランス文学の研究、翻訳を手がける傍ら、詩作も行い、2001年より詩集も発表している。
中野 美代子(なかの みよこ、1933年3月4日 - )は、… 中野 美代子(なかの みよこ、1933年3月4日 - )は、日本の中国文学者、作家。北海道大学文学部、言語文化部教授を経て、北海道大学名誉教授。『西遊記』などの中国文学、中国文化をテーマにした論考・エッセイ、中国やアジア諸地域を舞台にした小説作品を多数発表。 北海道札幌市生まれ。北海道庁立札幌高等女学校(現北海道札幌北高等学校)、北海道札幌西高等学校を経て、1956年北海道大学文学部中国文学科卒業、同助手。 1961年に「世界ノンフィクション全集」監修者の吉川幸次郎に指名されて、耶律楚材「西遊録」を翻訳。また吉川には広く教えを受けた。65年オーストラリア国立大学高等学術研究所助手、67年退職、68年、香港、台湾で資料収集をへて帰国、71年北海道大学文学部助教授、81年教授、83年同言語文化部教授。
川口 喬一(かわぐち きょういち、1932年2月1日 - )… 川口 喬一(かわぐち きょういち、1932年2月1日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。筑波大学名誉教授。 北海道空知郡上砂川町生まれ。北海道砂川北高等学校卒業。東京教育大学大学院博士課程満期退学(英文学)。1995年「「ユリシーズ」演義」で筑波大文学博士。成城大学講師、助教授、教授を経て、1974年筑波大学教授、1995年定年退官、名誉教授、目白大学教授、大学院教授、大学図書館長、大学院客員教授を経て2005年退職。
宮下 健三(みやした けんぞう、1930年12月10日 - … 宮下 健三(みやした けんぞう、1930年12月10日 - )は、ドイツ文学者、宇都宮大学名誉教授。 北海道小樽市生まれ。1953年北海道大学独文科卒。北大講師、1965年金沢大学助教授、1970年宇都宮大学助教授、教授、1996年定年退官、名誉教授。
鍵谷 幸信 (かぎや ゆきのぶ、 1930年7月26日 - … 鍵谷 幸信 (かぎや ゆきのぶ、 1930年7月26日 - 1989年1月16日)は、日本の英文学者・詩人・音楽評論家。 北海道旭川市出身。北海道旭川北高等学校を経て慶應義塾大学文学部英文科卒。慶應義塾大学法学部助教授、教授。現代英米文学を専攻し、「エリオット詩集」「ウィリアムズ詩集」などの翻訳や研究書を発表。西脇順三郎門下の詩人で、西脇の全集編集にも携わる。 現代美術・現代音楽、ジャズにも造詣が深く、エッセイも多数執筆、「コーシンさん」の愛称で親しまれた[要出典]。
家郷 隆文(かごう たかふみ、1930年 - )は、北海道岩… 家郷 隆文(かごう たかふみ、1930年 - )は、北海道岩見沢市生まれの国文学者。龍谷大学名誉教授。浄土真宗本願寺派僧侶。 1930年(昭和5年)、岩見沢市上幌向、浄土真宗本願寺派隆王寺に生まれる。岩見沢中学校(現・北海道岩見沢東高等学校)を経て、1953年北海道大学文学部国文科卒、1956年同大学院文学研究科国文学専攻修了。藤女子大学文学部教授を経て、龍谷大学文学部教授。1998年龍谷大学定年退職、同名誉教授。 専攻は日本中世文学史、百人一首などの和歌に関する研究で、宗教学的視点からアプローチした中世文学論を展開している。 歌手の中島みゆきは藤女子大学在学中に家郷ゼミに所属しており、卒業論文指導を受けた。
高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2… 高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2017年8月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 北海道室蘭市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退、國學院大學助教授、1963年北海道大学助教授、1969年東京大学文学部英文科助教授、1977年教授、1990年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授を務めた。1985年-1988年日本英文学会会長を務めた。 ロレンス・ダレルの4部作「アレクサンドリア四重奏」の他に、ジョイス『ダブリンの市民』、友人2名との共訳による『ユリシーズ』の翻訳が著名。 初の単著『イギリス近代詩法』(研究社、2001年)で第54回読売文学賞研究・翻訳賞。
菱川 善夫(ひしかわ よしお、1929年6月3日 - 200… 菱川 善夫(ひしかわ よしお、1929年6月3日 - 2007年12月15日)は、日本の歌人・文芸評論家・国文学者。北海学園大学名誉教授。戦後の前衛短歌運動を批評の立場から推し進めた。 北海道小樽市出身。旧制小樽中学(現北海道小樽潮陵高等学校)、1953年北海道大学文学部国文学科卒業、1958年同大学院文学研究科博士課程満期退学。1957年北海道苫小牧西高等学校教諭。1959年北海道札幌西高等学校教諭、1962年旭川工業高等専門学校助教授、1969年北海道工業大学助教授。1972年同教授、1977年北海学園大学教養部教授。1993年同人文学部教授。北海学園大学教養部長や、同学生部長、同附属図書館長、同人文学部長・大学院文学研究科長を歴任。
木村 真佐幸(きむら まさゆき、1929年 - )は、日本の… 木村 真佐幸(きむら まさゆき、1929年 - )は、日本の文学者・教育者。専門は近代日本文学。樋口一葉を研究。札幌大学学長及び札幌大学女子短期大学部学長を2度務めた。北海道虻田郡真狩村出身。 この他、札幌大学入試部長、同附属図書館長、札幌六大学の所属する札幌学生野球連盟会長・北海道学生野球連盟理事を務めた。また、北海道大学文学部、北海学園大学教養部、北海道教育大学札幌分校教育学部、札幌医科大学保健医療学部の非常勤講師や、NHK市民大学講座の講師も務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小島 衛(こじま まもる、1928年8月26日 - 2001… 小島 衛(こじま まもる、1928年8月26日 - 2001年3月13日)は、日本のドイツ文学者。京都大学名誉教授。北海道旭川市出身。 1952年に京都大学文学部卒業。1963~65年ミュンヘン大学に留学。北海道大学助教授などを経て、1969年京大教養学部助教授、1976年教授。1992年定年退官、名誉教授。リルケの研究で知られる。訳書に『リルケ名詩選』、ノサック『幻の勝利者に』など。
梅田 昌志郎(うめだ よしろう、1927年12月10日 - … 梅田 昌志郎(うめだ よしろう、1927年12月10日 - )は、英文学者、作家。本名は芳朗。 札幌市生まれ。1951年(昭和26年)北海道大学卒、1960年「海と死者」で中央公論新人賞受賞。文化学院や法政大学講師を務め、英文学などの翻訳がいくつかある。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
小田 稔(おだ みのる、1923年2月24日 - 2001年… 小田 稔(おだ みのる、1923年2月24日 - 2001年3月1日)は、日本の天文学者・宇宙物理学者。理学博士(大阪大学・論文博士・1956年)。東京大学名誉教授。 北海道札幌市出身。大阪帝国大学理学部物理学科菊池正士研究室出身だが、菊池の弟子・渡瀬譲に師事したので、小田は菊池の孫弟子といえる。はじめ実験物理学を専攻したが、その後電波天文学に転向し、さらに宇宙線物理学およびX線天文学を専門とするに至った。旺盛な好奇心と夢のような発想の持ち主で、研究者仲間から「星の王子さま」の愛称で呼ばれた。 1923年(大正12年)、北海道に生まれる。1934年、台北帝国大学教授に就任した父に従って台湾に移住。
石丸 久(いしまる ひさし、1921年10月31日 - 19… 石丸 久(いしまる ひさし、1921年10月31日 - 1999年12月26日)は、日本の近代文学者。早稲田大学講師、早稲田大学高等学院教諭、代々木ゼミナール講師。 北海道河東郡帯広町(現帯広市)に父・庄七と母・なほこの長男として生まれる。ヨーロッパでの生活経験があり英語・ドイツ語・フランス語に堪能。旧制千葉県立佐倉中学校、旧制静岡高等学校、旧制第二早稲田高等学院を経て、早稲田大学・および同大学院を卒業。大手大学受験予備校代々木ゼミナールの講師も務めた。後に早稲田大学教授。(石丸を「教授」としているのは小田原市の資料のみであり、他の資料では「講師」と記されている。要検証。) 2012年、夫人の希望によって、架蔵していた北原白秋の初版本60冊ほど(評価額150万円以上)が小田原市に寄贈された。
吉田 正己(よしだ まさみ、1921年6月26日 - 197… 吉田 正己(よしだ まさみ、1921年6月26日 - 1977年12月2日)は、ドイツ文学者。 北海道岩内郡共和町出身。浦和高等学校(旧制)卒、1948年東京帝国大学独文科卒。東京大学教養学部助教授、教授。1972年定年退官。 1977年12月2日、S字結腸癌のため死去。 フロイトなどを訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
小栗 浩(おぐり ひろし、1920年5月22日 ‐ 2020… 小栗 浩(おぐり ひろし、1920年5月22日 ‐ 2020年10月10日)は、日本のドイツ文学者。文学博士(北海道大学・論文博士・1968年)。東北大学名誉教授。 北海道函館市生まれ。弟はフランス史学者の小栗了之。小樽中学校(4年修了)、弘前高等学校を経て、1941年東京帝国大学文学部独文科卒業。1946年、松本高等学校講師、教授。1948年、北海道大学法文学部助教授。1959年から1960年にかけてヨーロッパに留学し、1964年、北海道大学文学部教授。1968年、「「西東詩集」研究 その愛を中心として」により、文学博士(北海道大学)の学位を取得。1973年、東北大学教授、1984年定年退官、名誉教授、日本大学文理学部教授となり、1990年に定年退任。
大久保 正(おおくぼ ただし、1919年 - 1980年9月… 大久保 正(おおくぼ ただし、1919年 - 1980年9月)は、日本の国文学者、万葉学者。上代文学が専門。 1943年、東京帝国大学国文科卒。東京外国語大学助教授、北海道大学教授、国文学研究資料館教授。在職中に逝去。
中山 周三(なかやま しゅうぞう、1916年(大正5年)8月… 中山 周三(なかやま しゅうぞう、1916年(大正5年)8月13日 - 1999年(平成11年)9月22日)は、日本の歌人、国文学者。北海道出身。 札幌一中を経て、國學院大學高等師範に入学後、北原白秋『桐の花』や、釈迢空の歌との出会いで作歌を始める。卒業後、1936年(昭和11年)に「歌と観照」に入会し、岡山巌に師事する。札幌商業学校に就職し結婚。12月に応召を受けて満州に渡るが、1941年(昭和16年)に帰国して、札幌商業学校に復職。その後、母校札幌一中や、札幌東高校で教職に就く。1946年(昭和21年)「原始林」創刊に参加し、後に山下秀之助に師事して共同で作歌を始めた。 1953年(昭和28年)からは田辺杜詩花没後の後継として同誌編集発行の代表となる。
竹田 淳照(たけだ じゅんしょう、1914年1月24日 - … 竹田 淳照(たけだ じゅんしょう、1914年1月24日 - 1998年4月20日)は、日本の中国文学者・教育者・学校経営者。専門は中国文学。北海道夕張市出身。 1939年大谷大学文学部専門部卒業。1944年北京大学研究院修了。北京大学研究員。1945年日本に引揚げ。 大阪商科大学高等商業部教諭。1951年大阪市立大学法文学部専任講師。1960年大谷大学文学部専任講師。1962年大谷大学学監・学校法人真宗大谷学園事務局長。1965年京都産業大学学監・学校法人京都産業大学事務局長。1968年京都産業大学常務理事・同副学長・同外国語学部教授。1973年学校法人札幌大谷学園理事長。1974年札幌大谷短期大学学長。
郡司 正勝(ぐんじ まさかつ、1913年7月7日 - 199… 郡司 正勝(ぐんじ まさかつ、1913年7月7日 - 1998年4月15日)は、日本の歌舞伎研究家・演劇評論家・国文学者。早稲田大学名誉教授。 1913年、北海道札幌市生まれ。北海道庁立第二中学(現北海道札幌西高等学校)を経て、1939年早稲田大学文学部国文科を卒業。大学では河竹繁俊に師事した。卒業後は、早稲田大学演劇博物館学芸員となり、同大学講師などを経て、1960年から84年まで教授を務めた。 その著作は、『郡司正勝柵定集』(全6巻)にまとめられている。故郷である札幌大学に、郡司の蔵書を納めた「郡司文庫」が設けられている。
安士 正夫(やすし まさお、1912年9月3日 - 1970… 安士 正夫(やすし まさお、1912年9月3日 - 1970年10月4日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。筆名に中田 精一。 北海道小樽市生まれ。1937年東京帝国大学仏文科卒、東京都立大学教授を務めた。 バルザックが専門だが、ルソー『新エロイーズ』を初めて完訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
和田 徹三(わだ てつぞう、1909年(明治42年)8月4日… 和田 徹三(わだ てつぞう、1909年(明治42年)8月4日 - 1999年6月27日)は日本の詩人・英文学者。北海道余市町出身。小樽高等商業学校卒。龍木煌(たつき あきら)のペンネームを持つ。 北海道薬科大学教授をつとめ英語を教える傍ら、詩人として活動。1930年頃伊藤整と同時に百田宗治主催の「椎の木」に参加し、文学活動に専念する。英詩の翻訳(ハーバート・リードの研究者としての実績)からモダニズムへと変貌。1997年「湾」で和田自身が《「湾」を形而上詩の研究とと実作の場にしよう》という沢村光博の提案を受け、私は《長編形而上詩の実験作品を連載することにした。》と述べている。また1970年頃《沢村光博はカソリシズムとコミュニズムの結合を企てていたし、私は親鸞思想へ激しく傾斜していった。
今川 憲次 (いまがわ けんじ IMAGAWA Kenji、… 今川 憲次 (いまがわ けんじ IMAGAWA Kenji、1908年1月20日 - 1984年4月17日)は、北海道・根室市出身の英文学者、南山大学名誉教授。 第八高等学校教授等を経て、南山大学で教鞭をとる。 中世英文学とカトリック系文学の解明をライフワークとした。 言語時評を中心とした軽妙洒脱なエッセイの書き手として活躍。 妻・蕁子(かずこ)は文化学院女学部の教師時代に、与謝野晶子の助手として師事。 同僚に、西村伊作、戸川秋骨、与謝野鉄幹、西脇マジョリーがいた。 今川の文学研究のありように関して、遠藤周作は他の欧米文学研究者と基本的にちがう点をあげ、「文学研究をとおして御自分の基督教を練磨」したことにあると、最高の賛辞をもって評した。
上田 勤(うえだ つとむ、1906年11月12日 - 196… 上田 勤(うえだ つとむ、1906年11月12日 - 1961年3月2日)は、英文学者。 北海道函館市生まれ。第三高等学校卒、東京帝国大学英文科卒、第四高等学校教授、第一高等学校教授ののち、戦後、東京大学教養学部イギリス科主任教授を務めるが在職中に急逝した。現代英国小説を専攻し、モーム評伝のほか、オルダス・ハクスリー、ヘンリー・ジェイムズ、アレグザンダー・ポープなどを翻訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
長谷川 濬(はせがわ しゅん、1906年7月4日 - 197… 長谷川 濬(はせがわ しゅん、1906年7月4日 - 1973年12月16日)は、日本の詩人・作家・ロシア文学者。 父・清(後に淑夫に改名)と母・ユキの三男として函館市元町に生まれる。1925年、函館中学を卒業すると、兄海太郎の勧めもあって4年の間漁船に乗った。1932年、大阪外国語学校露語科を卒業し、満州国の新政府資政局自治指導部訓練所(後の大同学院)に入る。大同学院を一期生として卒業し、満州国外交部を経て、満州映画協会に勤務する。1938年、北村謙次郎や仲賢礼らと雑誌『満州浪曼』を発刊する。1941年3月1日、満映の映画人養成所を開業し、同年11月には株式会社満州電影総社を設立する。この頃、ニコライ・バイコフの「偉大なる王」を文藝春秋から翻訳する。
横田 瑞穂(よこた みずほ、男性、1904年 - 1986年… 横田 瑞穂(よこた みずほ、男性、1904年 - 1986年2月19日)は、ロシア文学者。元早稲田大学名誉教授。 北海道函館市出身。早稲田大学露文科卒。井伏鱒二に師事した。戦時中は情報局嘱託。1949年から母校の教員となり、教授として五木寛之や後藤明生を教えた。1974年定年退職。 ミハイル・ショーロホフ『静かなドン』の翻訳で知られる。他にゴーリキー、ゴーゴリなどの翻訳がある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大矢根 文次郎(おおやね ぶんじろう、1903年3月10日 … 大矢根 文次郎(おおやね ぶんじろう、1903年3月10日 - 1981年2月23日)は、日本の漢文学者。 北海道苫前郡苫前町生まれ。1926年北海道函館師範学校卒、同付属小学校訓導、1932年早稲田大学高等師範部国漢科卒、聖学院中学校教諭。1940年早稲田高等学院講師、1945年教授。1949年早大教育学部助教授、1952年教授、1970年「陶淵明研究」で早大文学博士。1973年早大を定年、名誉教授、女子聖学院短期大学教授。1977年定年、勲四等瑞宝章受勲。
加藤 秀次郎(かとう ひでじろう、1902年3月7日 - 1… 加藤 秀次郎(かとう ひでじろう、1902年3月7日 - 1977年8月29日)は、日本の文学者。関西学院高等商業学部教授、同学院第8代院長(1956年から1958年まで)などを歴任した。専門は、アメリカ文学。 北海道函館市出身。1921年(大正10年)慶應義塾商工学校卒業。1929年(昭和4年)6月、米国オーバリン大学卒。1930年(昭和5年)4月、関西学院高等商業学部専任講師に就任し、1931年(昭和6年)4月に同学部教授に昇任。1938年(昭和13年)4月から同学院商経学部講師を兼任、1947年(昭和22年)5月から関西学院専門学校高等商業学部部長となり、1949年(昭和25年)4月同学院短大科長、1933年(昭和29年)に短大学長に就任。
石森 延男(いしもり のぶお、1897年6月16日 - 19… 石森 延男(いしもり のぶお、1897年6月16日 - 1987年8月14日)は、日本の児童文学者、国語教育学者、教科書編集者。第二次世界大戦前1939年の『咲きだす少年群』で第3回新潮社文芸賞、大戦後は1957年刊行のベストセラー『コタンの口笛』(全2部)で第1回未明文学賞および第5回産経児童出版文化賞を、1962年の『バンのみやげ話』で第1回野間児童文芸賞を受賞。『石森延男児童文学全集』全15巻がある。 1897年(明治30年)、歌人で「われらが愛する北海道」の作詞者でもある石森和男の長男として北海道札幌市に生まれる。中央区南6条西9丁目に生誕地の碑がある。 東京高等師範学校第二部国語国文科に入学、在学中より詩作や口演童話にたずさわる[要出典]。
北村 紗衣 は、日本のイギリス文学者、批評家。
中野 京子(なかの きょうこ、生年不詳)は、日本の作家、ドイ… 中野 京子(なかの きょうこ、生年不詳)は、日本の作家、ドイツ文学者、西洋文化史家、翻訳家。 北海道生まれ。1979年、早稲田大学大学院修士課程修了。オペラ、美術などについて多くのエッセイを執筆する。2007年に発表された『怖い絵』を端緒とする『怖い絵』シリーズが大ヒットとなる。新聞や雑誌に連載をもつほか、テレビの美術番組にも出演する。早稲田大学講師。 『怖い絵』シリーズの刊行10周年を記念して2017年に開催された「怖い絵」展では、特別監修を務めた。 2021年9月に開催された「怖いクラシックコンサート」(東京文化会館)での解説、2022年3月公演の舞台「怖い絵」の監修、同年7月上映の「星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム」の監修・解説を担当した。