関口 美奈子(せきぐち みなこ、1988年 - )は、日本の… 関口 美奈子(せきぐち みなこ、1988年 - )は、日本の恋愛心理研究家、著述家、実業家、YouTuber、講演家。株式会社pine代表取締役。2019年に結婚相談所事業『エースブライダル』を開業。2020年4月にYouTubeチャンネル『みなこの圧倒的モテ男TV』を開設。 2021年にIBJが運営する日本結婚相談所連盟の『IBJ AWARD PREMIUM 2021』で上半期・下半期ともに受賞した。メンズ化粧品「ISIKI」開発ディレクター。姉はVRアーティストのせきぐちあいみ。 日刊SPA!で2021年から2022年にかけて、男女の心理やコミュニケーションをテーマにしたコラムを連載した。
黒田 悠介(くろだ ゆうすけ、1985年5月28日 - )は… 黒田 悠介(くろだ ゆうすけ、1985年5月28日 - )は、日本の実業家、フリーランス研究家、顧問業、著作家。 2004年3月 私立城北高等学校 卒業。4月 東京大学理科一類 入学。2006年04月 東京大学文学部行動文化学科心理学専攻 進学。2008年03月 卒業、学士(心理学)。4月 株式会社ドゥ・ハウス 入社。 2010年10月 株式会社サイバーマーケティング 入社。2012年01月 株式会社G&B設立、代表取締役。2013年08月 スローガン株式会社 入社。2015年08月 フリーランス(ディスカッションパートナー)として活動。 2017年2月 日本最大級フリーランスコミュニティ「Freelance Now」創立。
春日 太一(かすが たいち、1977年9月9日 - )は、日… 春日 太一(かすが たいち、1977年9月9日 - )は、日本の映画史・時代劇研究家である。東京都出身。
国井咲也(くにい さくや、本名同じ、旧名:国井政勝 、197… 国井咲也(くにい さくや、本名同じ、旧名:国井政勝 、1971年1月19日 - )は、日本のテレビアニメや少女漫画をネタとするお笑い芸人、兵器研究家。トークユニット「アニメ会」を主宰。 この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。
唐川 和彦(からかわ かずひこ、1968年3月2日 - )は… 唐川 和彦(からかわ かずひこ、1968年3月2日 - )は、日本の学校教育研究家、臨床心理研究家、催眠療法士、心理カウンセラー。血液型AB型。身長177cm。愛称は「ジョニー」。 東京都墨田区生まれ。東京都立墨田川高等学校卒、北海道教育大学大学院修了。高校時代はラグビー部に所属。幼稚園、小学校、中学校、高等学校、高等専門学校、大学、海外の教育現場及び大手学習塾、英会話学校等、ほぼ全ての教育機関で教員を勤める。 大学教員時代は右脳教育(葛飾学院)の学院長として幼児から社会人までの学習サポートをしていた。その一方で、心理カウンセリング(剣真舎)の主宰として、学校関係者・生徒・保護者を中心に心理カウンセリングに従事。
櫻井 孝昌(さくらい たかまさ、1965年12月19日 - … 櫻井 孝昌(さくらい たかまさ、1965年12月19日 - 2015年12月4日)は、日本のポップカルチャー研究家、メディアプロデューサー。 早稲田中学校 、早稲田高等学校(在学中の愛称は、”セコライ”)、 早稲田大学政治経済学部卒。 光文社にて編集者として『赤瀬川原平の名画読本』など、ノンフィクション書籍の編集を担当。後、退社して、世界各地における日本発のポップカルチャー受容について研究した。 外務省の派遣講師として世界各国で日本のロリータファッション等ポップカルチャーを日本文化として紹介する活動を行い、その経験を著書『アニメ文化外交』『世界カワイイ革命』にまとめた。 2015年12月4日午前0時30分頃、JR西日暮里駅でホームから転落し、京浜東北線大宮行きの普通電車に轢かれ、搬送先の病院で死亡が確認された。
岩本 薫(いわもと かおる、1963年 - )は、日本の温泉… 岩本 薫(いわもと かおる、1963年 - )は、日本の温泉研究家、温泉旅作家、温泉エッセイスト。東京都新宿区生まれ。 これまで約2000湯以上の温泉に入湯してきた温泉大好き人間。しかしその好みは偏っていて、時代に取り残されたような「ひなびた温泉」や、ヘンなのに湯はすこぶるいい「ヘンな名湯」にしか興味がない。立派な温泉、観光地的な温泉、ラグジュアリーな温泉には1mmも興味がなくまったく見向きもしない。それゆえに珍湯、奇湯、迷湯など、ユニークな温泉ネタに事欠かない。 長年、広告業界でプレゼンテーターを務めてきたので、マニアックな温泉ネタを人前で面白おかしく語るのを得意としている。また、ひなびた温泉のサポーターコミュニテイ「ひなびた温泉研究所」(研究員数約500名)を運営。
佐々木 哲(ささき とおる、1961年12月1日- )は、日… 佐々木 哲(ささき とおる、1961年12月1日- )は、日本の歴史研究家、著述家。博士(学術)。東京都武蔵野市出身。 早稲田大学社会科学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。1997年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了(科学史・科学哲学)。専門分野は、科学哲学、歴史哲学と歴史学。歴史研究では佐々木氏・六角氏を研究しており、通説で沢田源内による偽書とされる『江源武鑑』に登場する六角義実・六角義秀・六角義郷の実在について論じた著書を出版している。
楠瀬 誠志郎(くすのせ せいしろう、1960年2月9日 - … 楠瀬 誠志郎(くすのせ せいしろう、1960年2月9日 - )は、日本の シンガーソングライター、作曲家、編曲家、ボイストレーナー、発声表現研究家。レッスンスタジオ・Breavo-para主宰。東京都小金井市出身。実弟は、元サッカー選手、サッカー指導者の楠瀬直木。 高校在学中にCMソングを手掛け、プロの音楽家としてキャリアをスタート。学生時代に村上"ポンタ"秀一に弟子入りし、以後幅広くミュージシャンと親交を深めた。他のアーティストのコンサートツアーやレコーディングにコーラスとして参加する傍ら、自身の作曲や他者への楽曲提供も行うようになったく。 1986年にシンガーソングライターとして、CBS・ソニーからメジャー・デビュー。
瀬川 千秋(せがわ ちあき、1957年 - )は、中国文化研… 瀬川 千秋(せがわ ちあき、1957年 - )は、中国文化研究家。 東京都武蔵野市生まれ。1980年早稲田大学社会科学部卒業(刑法専攻)。出版社のアルバイトを経て、フリーライター。中国語の翻訳、中国の民間文化や芸術を研究し、2003年『闘蟋 中国のコオロギ文化』でサントリー学芸賞受賞。
金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2… 金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2013年8月30日)は、日本のサイエンスライター、SF研究家。有限会社コンタクト代表取締役、古脊椎動物学会会員、宇宙エレベーター協会名誉会員、ハードSF研究所所員、CONTACT Japan 会員、宇宙作家クラブ会員。 兵庫県神戸市に生まれ、大阪で育つ。中央大学杉並高等学校を経て、中央大学商学部で経営学を専攻、1978年に同大学卒業。高校時代は地学部の天文班に所属。大学在籍中から執筆活動をはじめ、一般科学雑誌などを活躍の場とする。1980年代には『メカニックマガジン』(ワールドフォトプレス)、さらに1990年代にかけては「最新科学論」シリーズ(学研)や『恐竜学最前線』(同)、1990年代中頃は『科学朝日』(朝日新聞社)、2000年代には『ディノプレス』(オーロラ・オーバル社)などで広く記事を執筆。
飛幡 祐規(たかはた ゆうき、女性、1956年 - )は、東… 飛幡 祐規(たかはた ゆうき、女性、1956年 - )は、東京都出身のフランス文化研究家、翻訳家、作家。本名は田代 優子(たしろ ゆうこ)。
竹内 博(、1955年8月15日 - 2011年6月27日)… 竹内 博(、1955年8月15日 - 2011年6月27日)は、日本の特撮映画研究家、香山滋研究者。 日本推理作家協会会員。日本SF作家クラブ会員。酒井敏夫の名でも特撮関連書籍を著した。 竹内が主催した特撮研究グループ「怪獣倶楽部」についても本稿で述べる。 東京都墨田区吾妻橋生まれ。後に神奈川県横須賀市に移ったため、横須賀を出身地とする。東京都立千歳丘高等学校定時制中退。 少年時代から香山滋の怪獣小説と特撮映画に魅され、中学卒業後の1971年(昭和46年)に円谷プロダクションに入社。勘当同然の身であったため、当時社長の円谷一の自宅に居候した。営業課に配属され、大伴昌司に師事する。1973年(昭和48年)の大伴の急逝後はその遺志を継ぎ、怪獣・怪人大百科や特撮研究書などを多数執筆した。
甲野 善紀(こうの よしのり、1949年 - )は、東京都出… 甲野 善紀(こうの よしのり、1949年 - )は、東京都出身の武術を主とした身体技法の研究家。明星高等学校卒。 東京農業大学畜産学科中退。古武術に関する著書多数。
野田 浩資(のだ ひろし、1947年8月10日 - )は、 … 野田 浩資(のだ ひろし、1947年8月10日 - )は、 日本のドイツ料理の研究家。日本滞在のドイツ人をして、日本でもっともドイツの味を思い出させることのできる料理研究家といわれる。かってはプロボクサーでもあった。
橘 右樂(たちばな うらく、筆名、1946年 - )は橘流寄… 橘 右樂(たちばな うらく、筆名、1946年 - )は橘流寄席文字書家、寄席資料研究家。寄席文字橘流理事。男性。 東京都葛飾出身。1975年橘右近に入門、1977年寄席文字伝承者として「橘右樂」の名前を許される。寄席文字の普及と継承に務めながら、江戸期から現在に至る東京の寄席とその周辺情報の調査研究を1993年ごろからライフワークにしている。 落語協会百周年(2024年)の際には、大正13年(1924年)2月25日に上野精養軒で落語協会発会式が行われたという27日付の都新聞の記事を国立国会図書館で発見、発足記念日の根拠となった。
杉橋 陽一(すぎはし よういち、1945年5月13日 - )… 杉橋 陽一(すぎはし よういち、1945年5月13日 - )は、ドイツ文学者、俳句研究家。東京大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立西高等学校卒、1969年東大文学部独文科卒、同大学院修士課程修了、1981年東大教養学部助教授、1992年教授。2009年退職。 1985-1987年、西ドイツのボッフム大学で講師。1992年『剥落する青空-細見綾子論』で俳人協会評論賞受賞。
荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 - )は、… 荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 - )は、日本の俳優、歌手、音楽プロデューサー、実業家、小説家、マジック評論家、カードマジック研究家。
島 多代(しま たよ、1937年7月6日 - 2017年11… 島 多代(しま たよ、1937年7月6日 - 2017年11月27日)は、国際児童図書評議会会長などを歴任した、日本の絵本、児童書研究家。松本烝治、川上俊彦の孫。 父の松本正夫は哲学者・慶應義塾大学教授であり、父方の祖父松本烝治は東京帝国大学教授から商工大臣などを務めた商法学者、曾祖父・松本荘一郎は鉄道庁長官を務めた鉄道技術者、また、父方の祖母・千は、小泉信三の姉であった。また、母方の祖父・川上俊彦はロシア通の外交官であった。 12歳のときに小児まひとなり、闘病中に読書にふけるようになる。 聖心女子大学卒業後、1961年に聖心会の活動として欧米への公演旅行を経験した。 三村征雄宅で見合いをした鉄道技術者の島隆と1962年10月に結婚。
久保 覚(くぼ さとる、1937年2月 - 1998年9月9… 久保 覚(くぼ さとる、1937年2月 - 1998年9月9日)は、編集者、文化活動家、朝鮮芸能文化史研究家。本名・鄭 京黙(チョン・キョンムク)。
つのだ じろう(本名:角田 次朗〈読み同じ〉、1936年〈昭… つのだ じろう(本名:角田 次朗〈読み同じ〉、1936年〈昭和11年〉7月3日 - )は、日本の漫画家・心霊研究家。東京府東京市下谷区豊住町(現:東京都台東区下谷1丁目)出身。血液型O型。八人兄弟の次男であり、次弟のつのだたかしはリュート奏者、末弟のつのだ☆ひろはミュージシャン。漫画原作者・ゲームクリエイターのビトウゴウは息子である。 当時の下谷区豊住町で床屋を営む家に生まれ育つ。小学2年生のころ空襲を避けるため一家で福島県に疎開、戦争が終わった中学2年生の時に東京に戻る。新宿区立淀橋中学校(現:新宿区立西新宿中学校)、東京都立青山高等学校卒業。 高校在学中に自宅近くのグラウンドで草野球を観戦していたところ、一方のチームの監督が漫画家の島田啓三であることに気づく。
大伴 昌司(おおとも しょうじ、1936年2月3日 - 19… 大伴 昌司(おおとも しょうじ、1936年2月3日 - 1973年1月27日)は、日本の編集者、SF研究家、映画評論家、翻訳家。別名、大伴秀司。「怪獣博士」と呼ばれた。ペンネームの「大伴」は大伴家持に、「司」は司葉子に由来。 本名は四至本豊治(ししもと とよじ、後に「よしもと」と読みを改める)。父は国際ジャーナリストの四至本八郎(ししもとはちろう)。母の四至本愛子(本名はアイ)は母権擁護運動家でコラムニスト。叔父(母の弟)にニコンの研究で名高い荒川龍彦。 四至本八郎とアイの息子として東京市本郷区の順天堂医院に生まれる。 1938年から父の任地メキシコで育ち、アステカのピラミッドや石像から大きな影響を受ける。
春名 徹(はるな あきら、1935年(昭和10年)12月13… 春名 徹(はるな あきら、1935年(昭和10年)12月13日 - )は、日本のノンフィクション作家、漂流民研究家。妻は作家の入江曜子。
宇井 美智子(うい みちこ、1935年 - )は、日本の行動… 宇井 美智子(うい みちこ、1935年 - )は、日本の行動心理研究家、地域振興コンサルタント、コメンテーター、占星術師。 愛称は「ウイッチー」。旧名、佐藤 美智子(さとう みちこ)。 父と叔父は婦人科医、母は歯科医。 東京都立小石川高等学校、明治大学商学部商学科を卒業後、1957年4月、TBS入社。編成局アナウンス部(アナウンサー第5期生)に勤務。 1960年7月、TBSを退社、行動心理研究家として独立。1966年、松下電器産業と宣伝・販売店教育契約。 1969年、日本テレビ『朝のワイドショー』で評論活動を開始。1978年、日本テレビ『昼のワイドショー』などに出演。 1983年、UCA研究センター所長に就任、商工会・商工会議所講師として全国で講演開始。
藤井 康栄(ふじい やすえ、女性、1934年〈昭和9年〉 -… 藤井 康栄(ふじい やすえ、女性、1934年〈昭和9年〉 - )は、日本の編集者・昭和史研究家。北九州市立松本清張記念館名誉館長。旧姓大木。父は詩人の大木惇夫。編集者・文芸エッセイストの宮田毬栄は次妹、俳人の大木あまりは末妹。夫は歴史家の藤井忠俊。 小説家の松本清張の作家生活約40年の内の約30年間を担当編集者として務め、『昭和史発掘』『二・二六事件 = 研究資料』などの資料収集に奔走し、『松本清張全集』にも携わった。松本清張記念館設立後は館長および名誉館長として、清張に関する講演、企画展などでも大きな働きを見せている。 東京府出身。東京都立三田高等学校を経て、早稲田大学文学部史学科で大正デモクラシーなどの近代史を専攻する。
石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日… 石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日 -)は、日本の小説家、SF作家、サイエンス・ライター、SF書誌研究家、通信工学者(工学博士)である。2000年ごろ、インターネット上で保守的な発言を始めた頃から、過去の自作に因んで“オロモルフ”と名乗り始めた。 ハードSF研究所、SF資料研究会主宰。日本文芸家協会、日本推理作家協会、日本SF作家クラブなどの会員。靖国神社崇敬奉賛会終身会員。元玉川大学教授。論文特許多数あり。 遠縁に社会主義者の沖野岩三郎。 東京府東京市(現在の東京都渋谷区原宿)生まれ。歯科医の長男としてうまれる。母親は同志社大学卒業で、吉屋信子の英語の家庭教師をしたこともある。
斎藤 守弘(さいとう もりひろ、1932年7月7日 - 20… 斎藤 守弘(さいとう もりひろ、1932年7月7日 - 2017年4月14日)は、日本の科学評論家、SF作家、超古代文明研究家。 1960年代、自分では前衛科学評論家を名乗った。日本考古学会会員、日本天文学会会員。超歴史学研究会理事。 東京府北豊島郡三河島町(現・東京都荒川区)出身。父は九州帝国大学(現・九州大学)農学部助手、母方の一族は三河島の大地主。第一峡田小学校(現・荒川区立峡田小学校)5年生の時、福島県伊達郡梁川町(現・伊達市)に疎開。中学校1年生の時に敗戦を迎えて東京に戻り、東京都立上野中学校(現・東京都立上野高等学校)に入る。当時、アメリカへの復讐として原子破壊機の発明を誓い、物理学の本を読みあさっていた。
小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本… 小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本の英文学者、鉄道史研究家、東京都立大学名誉教授。
金子 徳好(かねこ とくよし、1924年7月24日 - 20… 金子 徳好(かねこ とくよし、1924年7月24日 - 2007年11月26日)は、反戦活動家・平和活動家・ミニコミ研究家である。 東京都渋谷区に生まれる。東京高等農林学校(現・東京農工大学)中退。 戦後渋谷でローカル新聞を主宰。労組書記(全銀連)を経て、日本機関紙協会勤務。 1965年、「アメリカはベトナムから手をひけ」を書いたゼッケンをつけて8年間にわたり通勤。その記録として『ゼッケン8年』(朝日新聞社)を1974年に刊行している。 1981年10月には核廃絶を訴え再びゼッケン通勤を始め、1984年の広島原爆忌まで続けられた。 退職後は地域のミニコミに力を入れ、地域からの平和運動を研究・促進。
鷹司 平通(たかつかさ としみち、1923年(大正12年)8… 鷹司 平通(たかつかさ としみち、1923年(大正12年)8月26日 - 1966年(昭和41年)1月27日)は鉄道研究家。日本交通公社交通博物館調査役。五摂家の一つだった鷹司家の27代目当主。
戸井 昌造(とい しょうぞう、1923年(大正12年)4月1… 戸井 昌造(とい しょうぞう、1923年(大正12年)4月16日 - 2000年(平成12年)4月17日)は、日本の画家、民俗研究家、作家。兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。息子は作家の戸井十月。 早稲田高等学院在学中に学徒出陣で中国に赴任。敗戦により捕虜となった後に復員し、早稲田大学に復学するが中退。1946年に共産党に入党し、1950年に脱党。 人形劇団プークでの民主主義的文化活動などを経て画家となる。それと並行して日本の民俗史や民衆史などを研究。特に秩父事件の研究では第一人者とされている。 人形劇団プークのリーダーだった、川尻東次・川尻泰司兄弟の妹・錦子と結婚。 2000年4月17日、胃がんにより死去。
丹波 哲郎(たんば てつろう、1922年7月17日 - 20… 丹波 哲郎(たんば てつろう、1922年7月17日 - 2006年9月24日)は、日本の俳優・芸能プロモーター・心霊研究家。東京府豊多摩郡大久保町(現:東京都新宿区)出身。身長175cm。血液型はO型。
土門 周平(どもん しゅうへい、1920年11月18日 - … 土門 周平(どもん しゅうへい、1920年11月18日 - 2017年)は、日本の軍事史研究家、作家。本名・近藤新治。妻は作家の近藤富枝。 東京出身。東京府立第四中学校を経て、陸軍士官学校(第55期、機甲科)卒業。騎兵第29連隊、戦車第28連隊中隊長等の部隊勤務をへて、終戦時は陸軍大尉、戦車第4師団通信隊長であった。 戦後、さまざまな職業を経て警察予備隊に入隊し陸上自衛隊勤務、富士学校教官などを経て防衛研究所戦史編纂官に就く。退官後も防衛研究所、自衛隊幹部学校で軍事戦略思想史、戦争指導史を講義。国際軍事史学会日本事務局担当を経て、日本軍事史学会副会長、戦略研究学会会長。 勤務のかたわら執筆した時代小説でサンデー毎日大衆文藝賞佳作。
井手 文子(いで ふみこ、1920年7月13日 - 1999… 井手 文子(いで ふみこ、1920年7月13日 - 1999年12月10日)は、日本の近代女性史研究家。 東京府東京市本郷区(現・東京都文京区本郷)生まれ。自由学園高等部卒業。在学中、羽仁五郎を囲む世界史研究講座に参加し、1945年治安維持法により検挙される。戦後は民主主義科学者協会(略称:民科)に所属して1948年の婦人問題研究会(1957年 日本女性史研究会に発展、1963年ごろ 活動停止)の結成に参加、松下圭一らと1960年現代婦人問題研究会(1969年解散)にも参加。平塚らいてうや雑誌「青鞜」の研究、『伊藤野枝全集』(學藝書林)の編纂を行った。1961年に刊行した『青鞜』(弘文堂)では、従来は平塚らいてうを中心として研究されていた青鞜社を、集団としての女性解放運動の視点からとらえ直した画期的な研究書として支持を得た。
広池 秋子(ひろいけ あきこ、1919年(大正8年)11月1… 広池 秋子(ひろいけ あきこ、1919年(大正8年)11月1日 - 2007年(平成19年)11月25日)は、日本の小説家、評論家、ヨーガ研究家。埼玉県出身。本名は増田秋子。東京府立第七高等女学校(現・東京都立小松川高等学校)卒。丹羽文雄に師事し、1953年「オンリー達」で芥川賞候補となる。以後は評論家として活動。 「オンリー達」は、『現代の女流文学 第1巻』(毎日新聞社、1974)、『女性作家シリーズ 現代秀作集』(角川書店、1999)、『戦後の出発と女性文学 第8巻 (昭和28年)』(ゆまに書房、2003)所収。
安田 義章(やすだ よしあき、本名:安田安造<やすだ やすぞ… 安田 義章(やすだ よしあき、本名:安田安造<やすだ やすぞう>、1918年<大正7年>1月22日 - 2008年<平成20年>10月18日)は、日本の性風俗研究家、AV男優である。最晩年の別称は安田老人。 1918年(大正7年)1月22日、指物師である父、安田利作、母、キヨノの長男として、東京都荒川区にて出生。生家は職人を何人も雇う、家具製造所であった。木工が好きではなかった安造は、高等小学校卒業後の1930年(昭和5年)、神田の文房具店に奉公に出された。 この頃、得意先の女子店員に誘惑されたり、公衆便所を覗いたりして性に目覚める。 その後、築地の魚河岸で働くが、1年もしないうちに辞め、実家へ戻った。
加太 こうじ(かた こうじ、1918年1月11日 - 199… 加太 こうじ(かた こうじ、1918年1月11日 - 1998年3月13日)は、日本の大正、昭和の庶民史、世相・風俗・文化史などの評論家・庶民文化研究家・紙芝居作家。 東京市浅草区神吉町(現・東京都台東区東上野四丁目、五丁目辺り)の貧困家庭に生まれ、荒川区尾久に育つ。本名は加太一松(かぶと かずまつ)だが、名門の加太家の血筋を誇る父に反発し、尋常小学校5年の時から「かた」と名乗るようになった。父親が働かないため関東大震災前に母親と別れ、大商人の妾をしていた伯母(父親の姉)に育てられる。 紙芝居の世界に入ったのは高等小学校在学中の14歳の時。高等小学校卒業後、師範学校への進学を希望していたが、給費制度廃止のために断念し、紙芝居の世界で働く。
笹間 良彦(ささま よしひこ、本名: 笹間 恒雄(ささま つ… 笹間 良彦(ささま よしひこ、本名: 笹間 恒雄(ささま つねお)、1916年10月6日 - 2005年11月5日)は、日本の歴史家、武具研究家。文学博士。 専門の武具関係を中心に、歴史・民俗に関する著書多数。 1916年、東京府東京市下谷区(現在の台東区)にて生まれる。1935年、埼玉県立浦和中学校卒業。 30歳前後から、武具、風俗史、民俗学研究の為、長期間日本全国を行脚し資料を収集する。以来半世紀以上にわたって歴史学研究を続ける事となる。甲冑研究の第一人者で、日本甲冑武具歴史研究会会長に就任し、武具の歴史研究で成果を上げた。その後も江戸時代の制度や司法に関する著作を著し、『江戸幕府役職集成』では海音寺潮五郎から推薦の辞を寄せられる。
塩谷 賛(しおたに さん、1916年8月28日 - 1977… 塩谷 賛(しおたに さん、1916年8月28日 - 1977年5月8日)は、編集者、幸田露伴研究家。本名は土橋利彦。 東京府生まれ。東京府立第三中学校を卒業後、1942年甲鳥書林に入社、44年幸田露伴の許を訪れ、そのまま助手となり『評釈芭蕉七部集』などの口述筆記にたずさわる。46年『中央公論』に「天皇」を発表。47年露伴の没後は、岩波書店「露伴全集」ほかの編纂に携わり、娘の「幸田文全集」中央公論社ほかの編纂にも関わった。 1960年失明。音声テープ等を用い約五年がかりで評伝『幸田露伴』を執筆、1968年に第20回読売文学賞を受賞。
前田 泰次(まえだ やすじ、1913年9月21日 - 198… 前田 泰次(まえだ やすじ、1913年9月21日 - 1982年1月16日)は、工芸研究家、東京芸術大学名誉教授。日本金工史、東洋工芸史、工芸論を講じた。 鋳金家・田中後次の子として東京府大森町(現東京都大田区)に生まれる。東京府立第五中学、松本高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学文学部宗教史学科卒。東京帝室博物館、大阪市立美術館勤務、東京美術学校助教授、1959年東京芸大教授。77年定年退官、名誉教授。文化財保護審議会専門委員、日本伝統工芸展鑑査委員。
高嶋 雄三郎(たかしま ゆうざぶろう、1911年10月2日 … 高嶋 雄三郎(たかしま ゆうざぶろう、1911年10月2日 - 1993年6月27日)は、医療研究家、文筆家。 東京市小石川区(現:東京都文京区)に東洋大学学長などを務めた高島米峰の三男として生まれる。東京府立第五中学校を経て、法政大学文学部国文科卒。東京宝塚劇場文芸部勤務、1939年中央公論社勤務、1949年学風書院を創設。健康雑誌『主治医』編集長、日本植物友の会参与、松葉を食べる会主宰。
明田川 孝(あけたがわ たかし、1909年6月22日 - 1… 明田川 孝(あけたがわ たかし、1909年6月22日 - 1958年8月13日)は、日本の彫刻家・音楽研究家。 新制作協会彫刻部創立会員。東京美術学校在学中より気鳴楽器オカリーナを研究・制作し、「12穴式オカリーナ」の開発に成功。日本にこの楽器を広め根づかせた「アケタオカリーナ」の創始者であり、「日本のオカリーナの父」と呼ばれている。長男はジャズ・ピアニストの明田川荘之。
菅 忠道(かん ただみち、1909年4月18日-1979年1… 菅 忠道(かん ただみち、1909年4月18日-1979年11月20日)は、児童文学研究家。 東京生まれ。父は陸軍軍人。1927年福岡県中学修猷館、1930年第五高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学文学部教育学科中退。学生時代から東大セツルメントなどの児童文化運動に関わり、1936年保育問題研究会に参加し、事務局長格の仕事をする。1936-42年岩波書店の雑誌『教育』の編集に参加。1937年からは教育科学研究会生活教育研究部会に所属、その傍ら同じ頃から同研究会の校外教育研究会に参加し、児童文学に取り組む立場から校外の子どもの生活や教育活動を研究した。幼児教育を研究対象とすることから、保育問題研究会と教育科学研究会の双方をつなぐ役割を果たす。
村上 信彦(むらかみ のぶひこ、1909年(明治42年)3月… 村上 信彦(むらかみ のぶひこ、1909年(明治42年)3月30日 - 1983年(昭和58年)10月31日)は、日本の作家、女性史研究家、医事評論家。 大衆作家村上浪六の三男として東京市下谷に生れる。「父浪六が手をつけようとした女中を救い出して父と義絶、その少女と結婚」したとされているが、このエピソードは彼の小説『音高く流れぬ』に登場するフィクションである。本小説は確かに村上本人とその周辺人物がモデルとなっており、村上の妻は女中として村上家に勤めていたが、エピソード自体は創作である。作中では女中に手を付けようとしたのも父ではなく叔父であり、主人公に父母はいない。村上が後年、彼の日記をもとに執筆したドキュメント小説『黒助の日記』にもこのエピソードはない。
針ヶ谷 鐘吉(はりがや かねきち、1906年(明治39年) … 針ヶ谷 鐘吉(はりがや かねきち、1906年(明治39年) - 没年不詳)は、日本の西洋造園研究家。曽祖父は田安家に仕えた庭師の家系。
浦野理一(うらの りいち、1901年4月22日-1991年)… 浦野理一(うらの りいち、1901年4月22日-1991年)は、日本の染織研究家、染織プロデューサー。飛鳥時代から江戸末期までの染織物数万点を収集して研究し、作品づくりや著作に反映させた。そのコレクションは日本で唯一ともいわれた。雑誌『ミセス』誌上で長期にわたって連載を持ち、小津安二郎の映画では衣装を担当した。 1901年4月22日、群馬県高崎市にて、父・彦三郎、母・たきの長男として生まれる。美に敏感で、小学生の頃からきものに興味を持ちはじめた。東京・神田の錦城商業学校を卒業し、1918年(大正7年)、日本橋白木屋(元東急百貨店日本橋店)に入社し、呉服部に勤めた。染織研究のためのきものやボロきれ集めに熱中し、古着屋や骨董屋を巡って月給の大半を注ぎ込んだ。
吉田 暎二(よしだ てるじ、1901年〈明治34年〉2月5日… 吉田 暎二(よしだ てるじ、1901年〈明治34年〉2月5日 ‐ 1972年〈昭和47年〉9月30日)とは、大正から昭和にかけての浮世絵・歌舞伎の研究家。 東京本所区(現在の墨田区)の東両国で生まれる。父は東海銀行支店長の吉田源次郎。1907年(明治40年)相生尋常小学校に入学、1914年(大正3年)東京府立第三中学校(現東京都立両国高等学校・附属中学校)に入学。1919年(大正8年)早稲田大学露文科に入学したが、のちに関東大震災により中退する。1924年(大正13年)東京歌舞伎座に入社、雑誌『歌舞伎』、『歌舞伎研究』の編集を担当する。1927年(昭和2年)に歌舞伎座を退社、その後高見沢木版社、また北光書房に勤務することがあった。
山田 秀三(やまだ ひでぞう、1899年6月30日- 199… 山田 秀三(やまだ ひでぞう、1899年6月30日- 1992年7月28日)は、日本のアイヌ語地名研究家、官僚、実業家。
川合 勇太郎(かわい ゆうたろう、1897年〈明治30年〉4… 川合 勇太郎(かわい ゆうたろう、1897年〈明治30年〉4月28日 - 1980年〈昭和55年〉10月30日)は、日本の民俗学者、民話・口承文芸研究家、口演童話家、地方史家、温泉史研究家、ジャーナリスト。青森県東津軽郡青森町(現・青森市)生まれ。20代で蘆谷蘆村に師事し、童話文学を学ぶ。1927年、子どもたちに民話・童話を語り聞かせる八戸童話会を仲間たちとともに結成。のちに同会の理事長も務めた。また十和田市(当時の三本木町、藤坂村)の郷土史も執筆した。青森県に伝わる民話や伝説を研究し、1939年には「民間伝承の会」(後の日本民俗学会)に入会。ジャーナリストとしては、三本木の日刊紙『南部日報』(1927年創刊)の編集長、『東奥日報』三本木支局長などを務めた。
岡本 文弥(おかもと ぶんや、本名:井上 猛一、1895年〈… 岡本 文弥(おかもと ぶんや、本名:井上 猛一、1895年〈明治28年〉1月1日 - 1996年〈平成8年〉10月6日)は、日本の新内節の太夫、新内節岡本派五代目家元、新内節研究家、随筆家、俳人。 東京・谷中上三崎南町に生まれる。父・田崎源次郎は煉瓦職人、母・とらは新内語りの鶴賀若吉(のちに三世・岡本宮染)。幼少時より母親から浄瑠璃を習い、1913年(大正2年)、富士松加賀路太夫を名乗る。早稲田大学中退後、文芸誌の編集者をしながら、夜は新内を流す日々を過ごす。1923年(大正12年)母と共に独立して岡本派を再興、岡本宮太夫を名乗り、後に岡本文弥と改名。母の幼女で妹でもある三味線の名手、四世・岡本宮染とコンビを組み、母から多くの貴重な古曲を継承すると共に、生来の文才を生かして次々と新作を発表。