四方 八洲男(しかた やすお、1940年(昭和15年)2月1… 四方 八洲男(しかた やすお、1940年(昭和15年)2月10日 - )は、日本の政治家。元京都府綾部市長(3期)、元京都府議会議員(3期)、元綾部市議会議員(2期)。兄は元毎日新聞編集委員、元サンデー毎日編集長の四方洋、長男は京都府議会議員の四方源太郎。 兵庫県西宮市生まれ。終戦と共に、両親の郷里である綾部市(当時は何鹿郡綾部町)にUターンし、綾部市立綾部小学校、綾部市立綾部中学校、京都府立綾部高等学校、京都大学経済学部卒業。1963年(昭和38年)三菱重工業株式会社に入社。 1976年11月に「オールカラー版 世界の童話」(小学館)を自分の子供に読み聞かせていたところ、『ピノキオ』中の「びっこのキツネ」「めくらのネコ」という箇所に気づき、その点を指摘しながら「五体満足で利口な主人公を『期待される子供像』として描いている反面、他の障害を持つキャラクターを社会の落伍者として描いており、差別を拡大助長させる童話であり看過できない」と出版社に抗議する。
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矢田 立郎(やだ たつお、1940年2月7日 - )は、日本… 矢田 立郎(やだ たつお、1940年2月7日 - )は、日本の政治家。兵庫県神戸市長(第15代)。
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片上 公人(かたかみ こうじん、1939年〈昭和14年〉6月… 片上 公人(かたかみ こうじん、1939年〈昭和14年〉6月28日 - 2010年〈平成22年〉)は、日本の政治家。参議院議員(2期)。キャッチコピーは『地球人・未来人・片上公人』 神戸市出身。神戸大学経済学部卒業。神戸市職員、創価学会の地元役員、聖教新聞記者などを経て1986年の第14回参議院議員通常選挙に兵庫県選挙区より公明党公認で出馬し、当選。1992年の選挙で再選を果たす。 1995年秋、女性秘書に対するセクハラで告訴される。1995年11月16日には自民党、日本社会党、新党さきがけ、日本共産党の全女性議員22人が事実関係の調査と片上議員の議員辞職を求める超党派の声明を出した。22日には、自民党の石井道子、南野知惠子、社会党の千葉景子、日下部禧代子、大脇雅子、栗原君子、さきがけの堂本暁子、共産党の吉川春子、阿部幸代が参院議長に対して「多くの女性の憤りや疑問に答えるためにも速やかな事実の解明を求める」との申し入れ書を手渡した。
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井奥 貞雄(いおく さだお、1939年〈昭和14年〉1月5日… 井奥 貞雄(いおく さだお、1939年〈昭和14年〉1月5日 - )は、日本の政治家、実業家。元衆議院議員(3期)。 兵庫県姫路市出身。1957年兵庫県立飾磨工業高等学校卒業後、マッチ製造業の八家化学工業に入社。1965年にヤカ東京工場が設立されると工場長となり、1968年に取締役に就任すると松戸青年会議所の活動に加わる。1977年にヤカ常務に就任すると共に松戸青年会議所理事長。1979年には麻生太郎の後任として日本青年会議所会頭となり、オーナー経営者や二世の多いJCにあって初の高卒・サラリーマン重役出身の会頭として話題を呼んだ。 1983年にヤカ社長となるとともに第13回参議院議員通常選挙に自民党公認(名簿29位)で比例区から立候補、1986年の第14回参議院議員通常選挙でも立候補する(名簿24位)がどちらも落選に終わる。
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吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 202… 吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 2025年2月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(通算2期)。 兵庫県豊岡市出身。兵庫県立豊岡高等学校卒業。神戸大学電気電子工学科卒業。 電電公社(現在のNTT)に入社し、豊岡局に勤務しつつ、労組活動に入る。 1986年の第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧兵庫5区から出馬するが落選。1990年の第39回衆議院議員総選挙に再び出馬し初当選。以後2期連続当選。 議員在任中は外務委員などを務める。本岡昭次参議院議員らと共に自社さ連立政権反対派として知られた。1994年に土肥隆一と共に日本社会党を離党し、民主改革連合に入党。 1996年の第41回衆議院議員総選挙では民主改革連合公認及び連合・五党協議会統一候補として兵庫5区より出馬するも落選。
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徳田 虎雄(とくだ とらお、1938年〈昭和13年〉2月17… 徳田 虎雄(とくだ とらお、1938年〈昭和13年〉2月17日 - 2024年〈令和6年〉7月10日)は、日本の医師、政治家。鹿児島県徳之島町名誉町民。鹿児島県天城町名誉町民。モットーは「生か死か!」。 医療法人徳洲会創立者及び理事長、衆議院議員(4期)、沖縄開発政務次官、第7代日本体操協会会長、自由連合代表、特定医療法人沖縄徳洲会理事長、社会医療法人木下会理事長、医療法人静仁会理事長、埼玉医療生活協同組合理事長、札幌医療生活協同組合理事長、公益財団法人徳洲会国際奨学財団理事長、などを務めた。 日本の病院王と呼ばれながら国内に大規模な医療機関・医療事業グループを次々と築いていき、衆議院議員としても政治に関わった。
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岡田 義弘(おかだ よしひろ、1937年(昭和12年)10月… 岡田 義弘(おかだ よしひろ、1937年(昭和12年)10月16日 - 2023年(令和5年)7月10日)は、日本の政治家。元兵庫県三田市長(2期)。 兵庫県姫路市出身。中央大学工学部卒。三田市役所に入り、助役などを務める。1999年(平成11年)の市長選に立候補し、初当選。2003年(平成15年)の市長選に再選。2007年(平成19年)に退任した。2015年、旭日小綬章受章。 2023年(令和5年)7月10日、誤嚥性肺炎のため、兵庫県三田市の病院で死去した。85歳没。死没日付をもって正六位に叙された。
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瀬戸 亀男(せと かめお、1936年2月6日 - 2007年… 瀬戸 亀男(せと かめお、1936年2月6日 - 2007年9月4日)は、日本の政治家。兵庫県多紀郡篠山町長(1期)、初代篠山市長(1期)などを務めた。 兵庫県多紀郡篠山町(篠山市を経て現・丹波篠山市)出身。1955年(昭和30年)、篠山農業高校(現・篠山産業高校)卒業。 1967年(昭和42年)、篠山町農協青壮年部長。1974年(昭和49年)篠山町教育委員。1979年(昭和54年)から篠山町議会議員を務め1991年(平成3年)に町議会議長。町議は5期務めた。 1996年(平成8年)、篠山町長選挙に出馬し初当選。1998年(平成10年)、人口4万人でも市昇格ができるように、代議士谷洋一に伴われ自民党鴻池祥肇などに陳情を行った後、市制施行要件の特例の法改正が行われ、翌1999年4月1日に篠山市は、人口4万人以上で市制施行できる合併特例法(2005年3月31日まで)により全国671番目・兵庫県22番めの市として発足した。
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嶋田 正義(しまだ まさよし、1935年4月6日 - 202… 嶋田 正義(しまだ まさよし、1935年4月6日 - 2021年11月30日)は、日本の教育者、政治家。兵庫県神崎郡福崎町長(通算5期)。兵庫県町村会理事。全国小さくても輝く自治体フォーラム呼びかけ人。 福崎町出身。神戸大学教育学部卒業後、郷里の中学校での15年間に及ぶ教員生活を経て、福崎町議会議員(日本共産党公認)に転じる。町議は5期20年にわたり務めた。 1995年12月3日投開票の町長選挙に無所属(「明るい福崎町をつくる会」推薦)で立候補、現職の松岡忠能を破り初当選を果たす。当時、共産党籍を持つ首長は山田兼三兵庫県南光町(現佐用町)長、関口荘六新潟県三和村(現上越市)長に次いで3人目となった。
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芦尾 長司(あしお ちょうじ、1934年〈昭和9年〉6月1日… 芦尾 長司(あしお ちょうじ、1934年〈昭和9年〉6月1日 - )は、日本の政治家、自治官僚。 元自由民主党所属の参議院議員(1期)。無派閥。 兵庫県神戸市に生まれる。1953年 滝川高等学校卒業。1959年京都大学法学部卒業。自治省に入省。 1975年 北海道財政課長。1977年 自治省財政局財務調査官。1979年 静岡県知事公室長。1982年 自治省財政局公営企業第一課長。1983年 宮崎県副知事。1987年 自治省行政局公務員部長。 1989年 総務審議官。1990年 国土庁地方振興局長。1992年 兵庫県副知事。 1996年 参議院兵庫補欠選挙で当選。1997年 自民党に入党。1998年 第18回参議院議員通常選挙で落選する。
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小久保 正雄(こくぼ まさお)、1934年4月8日 - 20… 小久保 正雄(こくぼ まさお)、1934年4月8日 - 2010年6月1日)は、兵庫県津名郡北淡町(現淡路市)出身の日本の政治家、アナウンサー。元ロンドンBBCアナウンサー、兵庫県議会議員、北淡町長。 1954年兵庫県立津名高等学校、1958年早稲田大学政治経済学部卒業。ロンドンBBC記者兼アナウンサーとして働く。その後日本航空ローマ支店勤務。 1971年より6期連続兵庫県議会議員に当選。自民党県議団幹事長などを歴任。1994年、津名郡北淡町長に就任。就任後3か月で阪神・淡路大震災に遭遇し、震源地町長として復興に尽力した。 2004年、旭日中綬章受章。2010年死去。叙正五位。
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谷川 秀善(たにがわ しゅうぜん、1934年2月3日 - )… 谷川 秀善(たにがわ しゅうぜん、1934年2月3日 - )は、日本の政治家。
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矢追 秀彦(やおい ひでひこ、1933年12月8日 - 20… 矢追 秀彦(やおい ひでひこ、1933年12月8日 - 2009年12月12日)は、日本の政治家。兵庫県出身。 参議院議員(3期)、参議院運輸委員長、衆議院議員(3期)、公明党副書記長、公明党副委員長などを歴任した。 1933年12月8日、兵庫県に生まれる。1952年、大阪府立池田高等学校卒業。1958年、大阪大学歯学部を卒業する。 1965年7月4日、第7回参議院議員通常選挙に全国区から公明党公認候補として立候補し、初当選する。1967年、四大公害病の一つであるイタイイタイ病について国会で初めて言及し、政府を追及した。 1980年6月22日、第12回参議院議員通常選挙に公明党公認候補として立候補し、当選する。
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砂田 圭佑(すなだ けいすけ、1933年11月21日 - 2… 砂田 圭佑(すなだ けいすけ、1933年11月21日 - 2015年9月6日)は、日本の政治家。衆議院議員(3期)を務めた。 兵庫県神戸市出身。おじの砂田重政、従兄の砂田重民も衆議院議員を務めている。 中央大学経済学部卒業後、議員秘書などを歴任し、第40回総選挙に砂田重民の後継候補として自民党公認で旧兵庫1区より出馬したが落選。次の第41回総選挙では兵庫1区で敗れたものの、比例近畿ブロックで自民党名簿1位で復活し初当選。 第42回総選挙においても同様に小選挙区では新進党→民主党の石井一に敗れての比例復活当選となる。中央省庁再編後の第2次森改造内閣で、財務大臣政務官に就任。 第1次小泉内閣で、財務大臣政務官に2度目の就任。
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中川 嘉美(なかがわ よしみ、1933年(昭和8年)9月17… 中川 嘉美(なかがわ よしみ、1933年(昭和8年)9月17日 - 2005年(平成17年)12月7日)は、日本の政治家。公明党衆議院議員、参議院議員。 兵庫県芦屋市出身。都立小山台高校を経て、1956年(昭和31年)慶應義塾大学法学部を卒業する。住友商事勤務を経て、1969年(昭和44年)第32回衆議院議員総選挙に公明党公認で衆院旧東京8区から立候補し初当選する。以後衆議院議員当選4回。公明党国際局次長などを歴任する。1986年(昭和61年)第38回衆議院議員総選挙(衆参同日選挙)で落選し、1989年(平成元年)第15回参議院議員通常選挙に回り、比例区で当選し、1期務める。参議院では運輸委員長、科学技術特別委員長などを務めた。
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扇 千景(おおぎ ちかげ、1933年〈昭和8年〉5月10日 … 扇 千景(おおぎ ちかげ、1933年〈昭和8年〉5月10日 - 2023年〈令和5年〉3月9日)は、日本の女優、タカラジェンヌ(娘役・41期生)、政治家。本名:林 寛子(はやし ひろこ)。旧姓は木村(きむら)。兵庫県神戸市出身。 参議院議長(第26代)、国土交通大臣(初代・第2代)、運輸大臣(第78代)、北海道開発庁長官(第72代)、建設大臣(第69代)、国土庁長官(第36代)、科学技術政務次官(鈴木善幸改造内閣)、参議院文教委員長、参議院議員(5期)、保守党党首(初代)、新進党参議院議員会長(第3代)、靖国神社崇敬奉賛会会長(第3代)などを歴任した。 位階は従二位、称号は旭日大綬章(女性初)、桐花大綬章(女性初)、大韓民国修交勲章光化章、台湾一等景星勲章、フランス共和国ボージョレーワイン委員会・フランス食品振興会認定コンパニヨン・デュ・ボージョレー騎士。
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藤田 義明(ふじた よしあき、1932年〈昭和7年〉7月31… 藤田 義明(ふじた よしあき、1932年〈昭和7年〉7月31日 - 2010年 <平成22年> 6月7日)は、日本の政治家。元兵庫県相生市長(2期)。位階は正六位。瑞宝双光章。 現在の兵庫県相生市出身。兵庫県立上郡高等学校卒業。相生市役所に入り、総務、民生経済の各部長を務めた。1988年(昭和63年)3月10日から1992年(平成4年)5月31日まで助役を務めた。 同年、相生市長片山力夫の死去による市長選挙に立候補し、病院長と前市議の2人の新人を破って、初当選する。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:77.89%(前回比:-pts) 同年6月14日に市長に就任した。 1996年(平成8年)の市長選挙に立候補して、元中学校教諭の新人を破って再選を果たした。
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井上 喜一(いのうえ きいち、1932年〈昭和7年〉5月24… 井上 喜一(いのうえ きいち、1932年〈昭和7年〉5月24日 - 2010年〈平成22年〉12月16日)は、日本の農林官僚、政治家。位階は従三位。本名は井上 喜一(いのうえ よしかず)。 衆議院議員(7期)、内閣府特命担当大臣(防災)(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、社団法人日米平和・文化交流協会理事などを歴任。 兵庫県加西市玉丘町出身。兵庫県立小野高等学校、東京大学法学部卒業。東大卒業後、農林省へ入省した。 農林水産省では大臣官房審議官、統計情報部長、構造改善局長を歴任。また一時期、農水省の外局にあたる水産庁で海洋漁業部長を務め、対米・対ソ漁業交渉に臨んだ。 1986年7月、第38回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で旧兵庫3区から立候補し、初当選。
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岩崎 俊男(いわさき としお、1932年〈昭和7年〉3月2日… 岩崎 俊男(いわさき としお、1932年〈昭和7年〉3月2日 - 1990年〈平成2年〉12月18日)は、昭和から平成時代初期の政治家。兵庫県赤穂市長。 赤穂市出身。兵庫県立赤穂高等学校卒業。 赤穂市職員となり、市職労書記長、固定資産税係長、社会教育課長、市教育次長などを歴任。地方新聞社社長に転じたのち、1989年(平成元年)5月、赤穂市長選挙に初当選した。 ほか、財団法人赤穂市文化振興財団理事長を務めた。
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梅谷 馨(うめたに かおる、1932年(昭和7年)1月3日 … 梅谷 馨(うめたに かおる、1932年(昭和7年)1月3日 - )は、日本の政治家。元兵庫県養父市長(1期)。 兵庫県立豊岡高等学校卒。1991年から兵庫県養父町長を4期務め、2004年合併により、養父市が誕生、市長職務執行者となった。2005年養父市長佐々木憲二の死去による市長選挙に立候補し当選。市長は1期務め、2008年に引退した。
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宮本 一三(みやもと いちぞう、1931年9月7日 - 20… 宮本 一三(みやもと いちぞう、1931年9月7日 - 2016年8月17日)は、日本の政治家。大蔵省大臣官房(現財務省大臣官房)審議官等を経て退官後、自由民主党所属衆議院議員となり、金融再生総括政務次官や、文部科学副大臣を務めた。 兵庫県三原郡西淡町(現在の南あわじ市)出身。兵庫県立洲本高等学校卒業、1955年 一橋大学経済学部卒業。大学卒業後、大蔵省に入省。ふり出しは為替局。 1960年ハーバード大学大学院に留学、1962年にハーバード大学で経済学博士(Ph.D. in Economics)の学位を取得。博士論文は"The Role of Tied Aid in Indonesian Economic Developmentz"。
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本岡 昭次(もとおか しょうじ、1931年(昭和6年)3月1… 本岡 昭次(もとおか しょうじ、1931年(昭和6年)3月18日 - 2017年(平成29年)4月10日)は、日本の政治家。参議院議員(4期)、参議院副議長(第24代)、民主党参議院議員会長(第2代)を歴任。 2004年の第159回国会において、内閣提出の年金関連法案の採決を控えて会期末が迫る 6月5日、 倉田寛之参議院議長不信任決議案審議のため副議長として議長席に着いた途端に散会宣言を行った。議事が残るにもかかわらず突然行われたこの散会宣言は参議院規則に反するものであり、中立であるはずの副議長が同法案の成立を阻止したい民主党の要請に従ったことと合わせて「参議院の権威が傷ついた」、「権利の濫用との批判を招きかねず『憲政史上例のない禁じ手』」等と批判を招いた。
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駒谷 明(こまたに あきら、1930年3月30日 - 201… 駒谷 明(こまたに あきら、1930年3月30日 - 2016年12月24日)は、日本の元政治家。元公明党衆議院議員(1期)。 兵庫県神戸市出身。1948年旧制姫路中学校(現・兵庫県立姫路西高等学校)卒。裁判所で働いた後、兵庫県議を3期務める。1983年の第37回衆議院議員総選挙に兵庫3区から公明党公認で立候補して当選した。1986年の第38回衆議院議員総選挙で落選。1989年の第15回参議院議員通常選挙で比例区から立候補したが落選した。
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永井 孝信(ながい たかのぶ、1930年3月11日 - 20… 永井 孝信(ながい たかのぶ、1930年3月11日 - 2019年12月21日)は、日本の政治家。兵庫県加古川市出身。 衆議院議員(5期)、労働大臣(第62代)、日本社会党国会対策委員長を務めた。 1930年、兵庫県生まれ。1949年、鉄道教習所中等部卒業。 その後、国鉄高砂工場勤務を経て、国鉄労働組合中央執行委員。 1979年、第35回衆議院議員総選挙に出馬し次点落選。 1980年、第36回衆議院議員総選挙初当選。1993年、細川内閣発足に伴い労働政務次官に就任。1995年、村山改造内閣で森井忠良が厚生大臣として入閣したことに伴い、国会対策委員長に就任。 1996年1月、第1次橋本内閣で労働大臣として初入閣。
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木下 元二(きのした もとに、1929年(昭和4年)11月3… 木下 元二(きのした もとに、1929年(昭和4年)11月3日 - 2004年(平成16年)12月3日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認、通算2期)。兵庫県の戦後初の自由法曹団員でもある。 兵庫県神戸市出身。旧制六甲中学校を経て、1949年(昭和24年)立命館大学専門部法政科を卒業。神戸市内で中学校教諭を2年間務める。その後司法試験に合格し1956年(昭和31年)4月に神戸弁護士会へ入会、1969年(昭和44年)には同会副会長を務める。この間総評系の法律事務所を自由法曹団所属の弁護士らと設立する。 1971年(昭和46年)第9回参議院議員通常選挙(兵庫県地方区、共産党)で落選。
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加古 房夫(かこ ふさお、1929年〈昭和4年〉6月2日 -… 加古 房夫(かこ ふさお、1929年〈昭和4年〉6月2日 - 2019年〈令和元年〉5月10日)は、日本の政治家。兵庫県三木市長(4期)。位階は正五位。 兵庫県三木市出身。兵庫県立農学校(現兵庫県立農業高等学校)卒。美嚢郡三木町役場に入り、市長公室主査、人事担当主幹、農林課長、総務部長などを経て、助役に就任する。 1990年三木市長に当選する。1994年に再選。1998年に三選。2002年に無投票で当選する。市長を4期務め、2006年に再選を目指したが、落選した。2006年11月に旭日小綬章を受章した。 2019年に死去。死没日付をもって正五位に叙された。
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土井 たか子(どい たかこ、土井 多賀子、1928年11月3… 土井 たか子(どい たかこ、土井 多賀子、1928年11月30日 - 2014年9月20日)は、日本の政治家、法学者。愛称はおたかさん。
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刀祢館 正也(とねだち まさや、1928年11月6日 - 1… 刀祢館 正也(とねだち まさや、1928年11月6日 - 1978年1月8日)は、日本の政治家である。衆議院議員(1期)。従五位勲四等。父は元朝日新聞社取締役。
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安武 洋子(やすたけ ひろこ、1928年7月26日 - 20… 安武 洋子(やすたけ ひろこ、1928年7月26日 - 2019年8月8日)は、日本の政治家。参議院議員(日本共産党公認、通算2期)。日本共産党中央委員会名誉幹部会委員。安武ひろ子とも表記。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立第二神戸高等女学校(現・兵庫県立夢野台高等学校)を卒業後、兵庫県総評婦人部長などを経て、1974年の参院選で兵庫県選挙区から出馬し初当選を果たす。当選2回。原水爆禁止日本協議会副理事長として核廃絶運動にも取り組んだ。 2019年8月8日午後7時27分、肺がんのため兵庫県明石市の病院で死去。91歳没。
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荒木 宏(あらき ひろし、1928年4月1日 - 1995年… 荒木 宏(あらき ひろし、1928年4月1日 - 1995年1月14日)は、日本の教育者、弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認、2期)を務めた。自由法曹団幹事。 神戸市出身。神戸商業大学(現・神戸大学)中退。小学校の教員をやりながら、関西大学法学部を卒業。1959年に弁護士となり、同年共産党に入党した。 1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧大阪5区から立候補し1位で初当選を果たした。続く1976年の第34回衆議院議員総選挙でも同区から立候補し再選を果たすも、体調不良により1979年の第35回衆議院議員総選挙には立候補せず、政界からの引退を表明する。地盤は引退当時、堺市選出の大阪府議会議員であった藤田スミに譲る。
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浦井 洋(うらい よう、1927年11月8日 - 2015年… 浦井 洋(うらい よう、1927年11月8日 - 2015年4月30日)は、日本の政治家、医師。元衆議院議員(日本共産党公認、7期)・党兵庫県委員。 東神戸病院名誉院長、兵庫県民医連会長を歴任。 兵庫県神戸市出身。神戸医科大学(現・神戸大学医学部)卒業後、東神戸診療所長、東神戸病院院長をへて、1969年の第32回衆議院議員総選挙に兵庫県第1区(神戸市全域)から初当選。その後連続7選するものの、1990年の第39回衆議院議員総選挙で落選。 議員在任中はアスベスト問題や乳幼児医療費無料化などに取り組む。衆議院議員落選後は医療現場に戻り、港湾労働者への診療を行っていた。2015年4月30日、呼吸不全のため死去。
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日下 章(くさか あきら、1927年7月22日 - 2004… 日下 章(くさか あきら、1927年7月22日 - 2004年1月10日)は兵庫県尼崎市出身のプロ野球選手、政治家。
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谷 洋一(たに よういち、1926年〈大正15年〉12月1日… 谷 洋一(たに よういち、1926年〈大正15年〉12月1日 - 2011年〈平成23年〉10月24日) は、日本の政治家。勲章は勲一等旭日大綬章。正三位。 農林水産大臣(第30代)、北海道開発庁長官(第56代)、沖縄開発庁長官(第25代)、衆議院議員(9期)、兵庫県議会議員(2期)等を歴任した。 息子は第100代国家公安委員会委員長、衆議院議員の谷公一。 兵庫県美方郡村岡町(現香美町)生まれ。兵庫県立第一神戸商業学校(現兵庫県立神戸商業高等学校)卒業。28歳で町議会議員に初当選し、町議を3期、町長・兵庫県議会議員を2期ずつ務める。1976年、第34回衆議院議員総選挙に旧兵庫県第5区から自由民主党公認で立候補し、当選。
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瀬田 道弘(せだ みちひろ、1926年〈大正15年〉5月13… 瀬田 道弘(せだ みちひろ、1926年〈大正15年〉5月13日 - 2007年 〈平成19年〉 10月31日)は、日本の政治家。元奈良県香芝市長(1期)。位階は正六位。旭日双光章受章。 兵庫県神戸市出身。1948年〈昭和23年〉神戸工業専門学校(現・神戸大学工学部)卒。卒業後はミノルタカメラ(現・コニカミノルタ)に入社。財務部長、保険代行会社取締役などを務める。1992年〈平成4年〉香芝市長選挙に立候補し、当選する。1996年〈平成8年〉にも立候補し、再選を目指したが、落選した。2007年〈平成19年〉10月31日死去。死没日付をもって正六位に叙され、旭日双光章を受章した。
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塩田 晋(しおた すすむ、1926年(大正15年)2月27日… 塩田 晋(しおた すすむ、1926年(大正15年)2月27日 - 2005年(平成17年)12月11日)は、日本の政治家。元衆議院議員(通算5期)。労働問題をはじめ、残留孤児問題や北朝鮮による日本人拉致問題、また憲法調査会の設立や、国旗国歌法、昭和の日推進など党派を拘らず取り組んだ。衆議院災害対策特別委員長として阪神・淡路大震災の被災地復興にも力を尽くした。 兵庫県印南郡志方町(現・加古川市志方町)出身。1979年9月、衆議院議員初当選。以来、連続3選。1996年10月、衆議院議員に返り咲き、以来連続2選。2003年(平成15年)10月、衆議院解散に伴い、政界引退。 志方小学校、加古川中学(現在の兵庫県立加古川東高等学校)、高等商船学校(清水)、神戸高等商業学校を経て、京都大学経済学部を卒業。
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河上 民雄(かわかみ たみお、1925年7月12日 - 20… 河上 民雄(かわかみ たみお、1925年7月12日 - 2012年9月22日)は、日本の政治家、歴史学者。衆議院議員(7期)、日本社会党国際局長・東海大学政治経済学部教授を歴任。聖学院大学大学院客員教授、東海大学名誉教授。アメリカ史を専攻。 兵庫県神戸市出身。関西学院教授・河上丈太郎の長男として生まれる。父・丈太郎は、1928年の総選挙で日本初の無産政党出身の代議士となり、戦後は右派社会党委員長・日本社会党委員長を歴任した。 旧制静岡高等学校(現在の静岡大学)を経て、1948年に東京大学文学部西洋史学科を卒業。大学卒業後、高等学校教師となったが、病気のために辞職を余儀なくされた。その後は病気療養を続けながら、翻訳業に従事したり、父・丈太郎の政治秘書・ゴーストライターを務めた。
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後藤 茂(ごとう しげる、1925年7月3日 - 2015年… 後藤 茂(ごとう しげる、1925年7月3日 - 2015年6月5日)は、日本の政治家である。衆議院議員(6期)。原子燃料政策研究会理事、エネルギー・情報工学研究会議(解散)理事長を歴任した。
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岩田 弘志(いわた ひろし、1925年4月29日 - 200… 岩田 弘志(いわた ひろし、1925年4月29日 - 2008年7月29日)は、日本の政治家。位階は正五位。勲等は勲三等。 北海道庁商工観光部部長、北海道室蘭市長(第19・20・21・22代)などを歴任した。 兵庫県姫路市出身。官立浜松工業専門学校(現・静岡大学工学部)を卒業する。北海道庁にて胆振支庁の支庁長や商工観光部の部長を経て、1979年に室蘭市長に当選した。 初当選以降、1995年まで4期16年を務め、白鳥大橋着工という実績を残している。当選当時、60億円を超える不良債務を抱えていた市政の財政赤字を解消するため、初めて外部に財政診断を依頼し、財政再建団体への転落を回避し自主再建の道を選択することで行財政改革を行った。
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片山 力夫(かたやま りきお、1925年〈大正14年〉2月2… 片山 力夫(かたやま りきお、1925年〈大正14年〉2月23日 - 1992年〈平成4年〉4月26日)は、日本の政治家。兵庫県相生市長(3期)。位階は正六位。勲五等双光旭日章。 現在の兵庫県相生市出身。兵庫師範学校卒業。相生市教育委員会学校教育課長、相生市立相生中学校校長、相生市教育長を経て、1981年相生市長に当選。3期務め、1992年脾臓リンパ腫により、在任中に死去した。死没日付をもって正六位に叙され、勲五等双光旭日章を追贈された。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
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経塚 幸夫(きょうづか ゆきお、1924年〈大正13年〉11… 経塚 幸夫(きょうづか ゆきお、1924年〈大正13年〉11月29日 - 1997年〈平成9年〉7月10日)は、日本の政治家。元衆議院議員(日本共産党公認、2期)。 兵庫県津名郡一宮町(現淡路市)出身。1941年に兵庫県立洲本商業高校(現兵庫県立洲本実業高等学校)を卒業後、布施市議、東大阪市議や大阪府議(3期)、東大阪医療生活協同組合(東大阪生協病院を運営)会長などを経て、1983年の第37回衆議院議員総選挙に旧大阪4区から三谷秀治の後継として出馬し初当選を果たす。1986年の第38回衆議院議員総選挙で再選。当選2回。1990年の第39回衆議院議員総選挙には出馬せず、地盤を吉井英勝に譲り引退を表明する。
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戸谷 松司(とたに まつじ、1921年 <大正10年> 6月… 戸谷 松司(とたに まつじ、1921年 <大正10年> 6月30日 - 1999年 <平成11年> 6月26日)は、日本の政治家。姫路市長を務めた。位階は従四位。勲三等旭日中綬章。 印南郡米田町(現・加古川市)に6人きょうだいの3男として生まれる。実家は宝殿駅前の料亭「荒熊」で、父は大阪相撲の元関脇だった。姫路中学校(旧制)、姫路高等学校(旧制)を経て1944年(昭和19年)京都帝国大学工学部土木工学科卒業。建設省に入り、九州電力嘱託、島根県土木砂防電気課長補佐、徳島県土木部河川課長、広島県土木建築部河川課長を歴任。島根時代には竹下登の知遇を得た。 1966年(昭和41年)、兵庫県庁に入り土木部河川部長、企画部長、土木部長を経て1976年(昭和51年)から1983年(昭和58年)まで兵庫県副知事を務めた。
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奥田 八二(おくだ はちじ、1920年11月1日 - 200… 奥田 八二(おくだ はちじ、1920年11月1日 - 2001年1月21日)は日本の政治家、社会学者。福岡県知事を3期12年にわたって務めた。九州大学名誉教授。 1920年(大正9年)、兵庫県で生まれる。龍野中学校、姫路高等学校 (旧制)を経て、1944年(昭和19年)に九州帝国大学(現・九州大学)法文学部を卒業し、九州大学で社会思想史の研究に取り組み教授に就任した。また、社会主義協会の発足や、炭鉱失業者の救済を目指した「黒い羽根運動」に参加した。1967年(昭和42年)の社会主義協会分裂では太田派に属し、知事退任後は『進歩と改革』(太田派『社会主義』後継誌)にたびたび寄稿した。 1983年(昭和58年)、当時の社会党や共産党の推薦を得て、自民党推薦の亀井光の5選を阻止すべく福岡県知事選に出馬した。
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梶木 又三(かじき またぞう、1919年1月4日 - 200… 梶木 又三(かじき またぞう、1919年1月4日 - 2008年5月21日)は、日本の官僚、政治家。自由民主党参議院議員(3期)。兵庫県神戸市出身。1990年勲一等瑞宝章受章。 1942年京都帝国大学農学部農林工学科卒業後、農林省に入省。農地局建設部長を退官後の1971年、参議院議員選挙に全国区から全国土地開発事業団を支持団体に自民党公認で出馬し初当選。 なお、この選挙を通じて選挙違反で関係者が17人逮捕されたほか、岡山県和気町議会副議長、町議員ら3人が被供応(料亭で梶木派関係者からもてなしを受けたもの)、文書頒布による選挙違反の疑いで逮捕されている。 その後比例代表区に回り連続当選3回。自民党内では佐藤栄作→田中角栄→竹下登派に所属し、大蔵政務次官(三木武夫内閣)、環境庁長官(第1次中曽根内閣)、自民党参議院幹事長などを歴任した。
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砂田 重民(すなだ しげたみ、1917年3月4日 - 199… 砂田 重民(すなだ しげたみ、1917年3月4日 - 1990年9月24日)は、日本の政治家。位階は正三位勲一等、勲章は旭日大綬章。衆議院議員、文部大臣、沖縄開発庁長官兼北海道開発庁長官などを務めた。父は自民党総務会長を務めた砂田重政。従弟は元衆議院議員の砂田圭佑。 兵庫県神戸市出身。暁星学園を経て、立教大学経済学部卒業。河野一郎の秘書を経て、1963年の第30回衆議院議員総選挙に父・重政の後継者として旧兵庫1区から出馬し初当選。当選同期に小渕恵三・橋本龍太郎・小宮山重四郎・伊東正義・田中六助・渡辺美智雄・佐藤孝行・藤尾正行・中川一郎・三原朝雄・鯨岡兵輔・西岡武夫・奥野誠亮などがいる。以後2回連続当選後、3期目途中で議員を辞職し、1972年の神戸市長選挙に、自民党と袂を分かった現職の宮崎辰雄に挑む形で立候補したが落選。
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中西 一郎(なかにし いちろう、1915年3月29日 - 1… 中西 一郎(なかにし いちろう、1915年3月29日 - 1992年11月18日)は、日本の政治家、農林官僚。参議院議員(4期)。総理府総務長官、沖縄開発庁長官、危機管理担当大臣などを務めてきた。 兵庫県神戸市生まれ。兵庫県立第一神戸中学校、第三高等学校を経て、東京帝国大学法学部法律学科卒業後、農林省に入省。短期現役海軍主計科士官(7期)を志願し、1941年8月、海軍経理学校に入校し海軍主計中尉に任官。同年12月、経理学校を卒業。陸奥に配属。1942年10月、特設巡洋艦りおん丸主計長となりラボールに赴任し、航空用ガソリン輸送に従事。1943年(昭和18年)6月、主計大尉に進む。1944年1月、ラボールで戦傷を受け、同年5月、海軍病院を退院し、海軍省兵備局第3課兼運輸総局船員局に転じて終戦を迎えた。
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佐々木 良作(ささき りょうさく、1915年(大正4年)1月… 佐々木 良作(ささき りょうさく、1915年(大正4年)1月8日 - 2000年(平成12年)3月9日)は、日本の政治家。位階は正三位。雅号は良素。 民社党委員長(第4代)、衆議院議員(12期)、参議院議員(1期)を歴任。 元鹿島建設副社長鹿島新吉は岳父に当たり元中央大学総長の升本喜兵衛は実兄、甥に初代養父市長の佐々木憲二がいる。 兵庫県養父郡伊佐村浅間(八鹿町を経て現養父市八鹿町浅間)生まれ。旧制豊岡中学、旧制松本高校文科乙類を経て、1939年(昭和14年)京都帝国大学法学部を卒業。創立間もない日本発送電に入社し、1946年に日本電気産業労働組合協議会(翌年電産労組として単一化される)が結成されると、初代書記長兼副闘争委員長となる。
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大上 司(おおかみ つかさ、1914年10月2日 - 199… 大上 司(おおかみ つかさ、1914年10月2日 - 1993年5月)は、日本の政治家。衆議院議員(5期)。兵庫県上郡町出身。 1932年兵庫県上郡農学校(現・兵庫県立上郡高等学校)卒業、1935年関西大学経済学部卒業、1942年立命館大学法経学部経済学科卒業。 1937年に大蔵省官吏(阪神地区税務署近畿財務局)となった後、1941年産経新聞社入社。内外財務研究所理事長などを経て、1947年の第23回衆議院議員総選挙にて、民主党公認で兵庫県第4区(姫路市、相生市、飾磨郡、神崎郡、揖保郡、赤穂郡、佐用郡、宍粟郡)より出馬し初当選。 以後、民主自由党、自由党、自由民主党と変遷し、通算当選5回。その間、1958年の第28回衆議院議員総選挙では当選したものの、公職選挙法違反を問われた。
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井上 増吉(いのうえ ますきち、1914年〈大正3年〉8月2… 井上 増吉(いのうえ ますきち、1914年〈大正3年〉8月21日 - 2010年〈平成22年〉10月24日)は、昭和から平成時代の政治家。兵庫県小野市長。位階は従五位。 兵庫県小野市出身。旧制小野中学校(現在の兵庫県立小野高等学校)を卒業。1939年(昭和14年)日本大学商経学部経済科卒業。同年日本放送協会に入った。その後、1946年(昭和21年)、山陽利器に入社した。さらに、1951年(昭和26年)、小野町立病院に入った。そして、1952年(昭和27年)明石市役所に奉職し収入役を務めた。 1976年(昭和51年)の小野市長選挙に立候補して、保守・革新双方の推薦を得て、共産党が支持する新人を破って初当選を果たした。
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八木 米次(やぎ よねじ、1913年(大正2年)5月17日 … 八木 米次(やぎ よねじ、1913年(大正2年)5月17日 - 1992年(平成4年)12月5日)は、日本の政治家である。兵庫県西宮市長。兵庫県西宮市出身。息子は西宮市議・紙すき職人の八木米太朗。 昭和高等商業学校(現大阪経済大学)卒業。1951年から8期にわたり西宮市議会議員を務め、議長も歴任。 1980年11月の西宮市長選挙に立候補し当選。3期12年にわたり市長を務め、全国初となる24時間ドクターカー制度の設置や、兵庫イアーバンクに整備など多くの業績を残した。 また、JR宝塚線西宮名塩駅設置にも貢献し、同駅の駅前広場には、記念碑がある。 従四位、勲三等旭日中綬章を受章。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
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門脇 政夫(かどわき まさお、1911年(明治44年)8月7… 門脇 政夫(かどわき まさお、1911年(明治44年)8月7日 - 2010年(平成22年)2月19日)は、兵庫県出身の政治家。位階は正五位。「敬老の日」の提唱者として知られる。 多可郡野間谷村(後の八千代町を経て現在の多可町)で染色業を営み、1942年5月、30歳で野間谷村会議員に当選。同村収入役を経て、戦後の1947年4月、野間谷村の村長に35歳で当選した。同年9月15日、村主催の敬老会を初めて開催した。55歳以上の住民を公会堂に招いて食事と余興(播州歌舞伎)でもてなした。「長い間社会に貢献してきたお年寄りに敬意を表すとともに、その知識や人生経験を次の世代に伝授してもらう場を設ける」という趣旨であった。
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