最首 悟(さいしゅ さとる、1936年〈昭和11年〉9月14… 最首 悟(さいしゅ さとる、1936年〈昭和11年〉9月14日 - 2026年〈令和8年〉2月8日)は、日本の哲学者、生物学者、社会学者、社会・思想評論家、思想家。和光大学名誉教授。 元全共闘活動家。和光大学人間関係学部教授(環境哲学)、人間関係学部学部長を経て名誉教授。ほか駿台予備学校論文科講師。NPOのオルタナティブ大学であるシューレ大学アドバイザーを務める。 神奈川県横浜市在住。(※2020年1月現在) 福島県生まれ、千葉県育ち。国民学校では病気で3年の長期欠席を経験している。 1959年(昭和34年) 千葉県立国府台高等学校を経て東京大学理科1類入学。1960年(昭和35年) ブント同盟員になるも「1日ブント」と呼ばれる。
廣部 雅昭(ひろべ まさあき、1936年1月22日 - )は… 廣部 雅昭(ひろべ まさあき、1936年1月22日 - )は、日本の薬学者(薬品代謝化学)。勲等は瑞宝中綬章。東京大学名誉教授、静岡県立大学名誉教授。新字体にて広部 雅昭と表記されることもある。 東京大学薬学部教授、東京大学薬学部学部長、静岡県立大学学長(第3代)、静岡県学術教育政策顧問、静岡県公安委員会委員長などを歴任した。 千葉県木更津市生まれ千葉県立木更津高校卒業1960年に東京大学の薬学部を卒業し、同大学の大学院に進み化学系研究科にて学んだ。その後、東京大学に採用され、薬学部にて助手、助教授とキャリアを積み、1976年に教授に就任した。日本国内の大学としては史上初めて設置された薬品代謝化学講座にて、担当教授を務めた。
白鳥 庄之助(しらとり しょうのすけ、1934年(昭和9年)… 白鳥 庄之助(しらとり しょうのすけ、1934年(昭和9年)7月23日 - )は、日本の会計学者、経済学者。成城大学名誉教授。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、大蔵省企業会計審議会委員等を歴任。日本会計研究学会賞受賞。 1934年、千葉県印旛郡八街町生まれ。千葉県立佐倉第一高等学校を経て、1958年一橋大学社会学部を卒業し、公認会計士事務所に入所。また同大学大学院課程に進み、1965年に一橋大学大学院商学研究科博士課程を単位取得退学。在学中は片野一郎ゼミで学んだ。 その後、千葉商科大学専任講師を経て、1967年成城大学経済学部専任講師となった。後に、同大学助教授教授に昇進。同大学大学院経済学研究科長、同大学経済研究所第3代所長を務めた。
川名 登(かわな のぼる、1934年6月13日 - 2011… 川名 登(かわな のぼる、1934年6月13日 - 2011年6月11日)は、日本の経済史学者、河川水運史研究者、千葉経済大学名誉教授。 千葉県銚子市生まれ。犢橋村立犢橋中学校、千葉県立千葉第一高等学校を経て、千葉大学文理学部史学科日本史学専攻に入学。1957年千葉大学文理学部史学科日本史学専攻卒業。1962年明治大学大学院文学研究科日本史学専攻修士課程修了。明治大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。横須賀市博物館、千葉経済大学短期大学教授、1987年に千葉経済大学経済学部が設置されると教授に就任し、2005年定年退任、名誉教授。 1993年『日本近世河川水運史の研究』で文学博士(明治大学)。
鈴木 朝夫(すずき ともお、1932年〈昭和7年〉10月10… 鈴木 朝夫(すずき ともお、1932年〈昭和7年〉10月10日 - 2025年〈令和7年〉1月23日)は、日本の材料科学者。東京科学大学名誉教授。学位は工学博士(東京工業大学・1969年)。位階勲等は正四位瑞宝中綬章。高知工科大学副学長、第44代日本金属学会会長、第41・44・45代高知県公安委員会委員長等を歴任した。 千葉県我孫子市出身。1951年(昭和26年)東京都立国立高等学校卒業。1955年(昭和30年)東京工業大学(現東京科学大学)理工学部金属工学科卒業。1969年(昭和44年)同大学より工学博士の学位を取得。 東京工業大学精密工学研究所助手、東京工業大学精密工学研究所助教授、東京工業大学精密工学研究所教授を経て、1989年(平成元年)東京工業大学工学部金属工学科教授。
廣瀬 鎮(ひろせ しずむ、新字体:広瀬鎮、1931年〈昭和6… 廣瀬 鎮(ひろせ しずむ、新字体:広瀬鎮、1931年〈昭和6年〉3月23日 - 1994年〈平成6年〉5月29日)は、千葉県出身の文化人類学者・博物館学者。 財団法人日本モンキーセンターを経て、名古屋学院大学教授をつとめた。専門は、猿と人の関係を対象とする文化人類学。豊田市文化振興財団の研究奨励賞を受賞した。 千葉県千葉市生まれ。1956年(昭和31年)立命館大学法学部卒、1962年同大学院文学研究科日本史専攻修士課程修了。 学生時代、本来の専攻とは関係のない京都大学理学部動物学教室の霊長類研究グループでアルバイトをしていた。アルバイト終了後も、当時研究員をしていた間直之助に従って嵐山の野生ニホンザルの調査・研究を手伝い、やがて野外観察に興味を抱くようになった。
山口 敏(やまぐち びん、1931年3月22日-2020年9… 山口 敏(やまぐち びん、1931年3月22日-2020年9月24日)は、日本の人類学者。 千葉県東金市出身。水戸高等学校 (旧制)卒、1954年東京大学理学部人類学科卒、59年同大学院生物系研究科博士課程単位取得退学。 1972年「アイヌとオーストラリア原住民の比較骨学的研究」で札幌医科大学・医学博士。1959年北海道公立学校教員、札幌医科大学講師、66年助教授、1972年国立科学博物館人類研究部主任研究官、78年部長。95年定年退官。
石田 保昭(いしだ もりあき、1930年9月30日 -201… 石田 保昭(いしだ もりあき、1930年9月30日 -2018年5月18日 )は、日本のインド史学者。 東京大学教養学部講師として東洋史を講義していたが病気療養のため辞職。 千葉市生まれ。陸軍幼年学校で学ぶ。1953年東京大学文学部東洋史学科卒。1958年 - 1961年、インド政府外国語学校教官としてニューデリーに滞在。 帰国後著した『インドで暮らす』は「ユニークなルポルタージュであり、実証という水準においてスメドレーの中国ルポルタージュに優るとも劣らず、ありきたりのインド紹介論とは全く趣を事にしている」と中村平治が評している。 イスラム学者の板垣雄三とは小学校からの同級生。 父は陸軍中将石田保忠。
岡本 清(おかもと きよし、1930年3月25日 - )は、… 岡本 清(おかもと きよし、1930年3月25日 - )は、日本の会計学者。千葉県船橋市出身。一橋大学名誉教授、東京国際大学名誉教授。 専門は、原価計算・管理会計。日経・経済図書文化賞、日本会計研究学会学会賞受賞。第16期日本学術会議会員。2009年瑞宝中綬章受章。 千葉県船橋町(現:船橋市)出身。松本雅男門下。弟子に、廣本敏郎(一橋大学名誉教授、公認会計士・監査審査会長)・尾畑裕(一橋大学名誉教授)・小林啓孝(慶應義塾大学名誉教授)等がいる。モルガン銀行日本代表を務めた藤巻健史(元参議院議員)・石川千晶(公認会計士、情報公開・個人情報保護審査会委員)なども岡本ゼミ出身。 翻訳家の岡本浜江(日本児童文芸家協会顧問、児童文化功労者)は妻。
池田昭(いけだ あきら、1929年- )は、日本の宗教学者。… 池田昭(いけだ あきら、1929年- )は、日本の宗教学者。専門は宗教社会学。元中京大学教授。
広瀬 善男(ひろせ よしお、1927年8月30日 - 201… 広瀬 善男(ひろせ よしお、1927年8月30日 - 2016年10月6日)は、日本の法学者。 千葉県千葉市生まれ。中央大学法学部卒。1958年東京大学大学院博士課程公法コース修了、「政府承認の法構造」で法学博士(東京大学)。明治学院大学助教授、教授、98年名誉教授。安達峰一郎記念賞受賞。国際法が専門。
山本 満(やまもと みつる、1927年(昭和2年)1月3日 … 山本 満(やまもと みつる、1927年(昭和2年)1月3日 - 2013年(平成25年)1月10日)は、日本の政治学者。専門は国際政治学、国際政治経済学。一橋大学名誉教授。吉野作造賞受賞。 千葉県千葉市生まれ。父・山本猛之助は、革新派弁護士の団体である自由法曹団に所属する弁護士。 旧制水戸高等学校文科乙類を経て、1950年(昭和25年)東京大学経済学部を卒業。 2013年1月10日、急性心不全のため死去。
川村 優(かわむら まさる、1926年5月3日 - 2016… 川村 優(かわむら まさる、1926年5月3日 - 2016年)は、日本の郷土史学者。学位は、博士(日本史学)。千葉県出身。 千葉県長生郡白子町生まれ。復員後、1947年千葉師範学校本科卒業。中学校教諭勤務後、1953年千葉県庁に入庁。千葉県史編さん事業に従事、編纂室長。1965年千葉大学および千葉敬愛短期大学非常勤講師を務めた。1999年駒澤大学にて博士(日本史学)の学位を取得。 1990年~2006年千葉県郷土史研究連絡協議会会長、顧問を歴任。日本古文書学会評議員。地方史研究協議会評議員。社会経済史学会、法制史学会、日本歴史学会、地方史研究協議会、日本文化社会学会などに所属。日本村落自治史料調査研究所を主宰。
大沢 慶己(おおさわ よしみ、1926年3月6日-)は、日本… 大沢 慶己(おおさわ よしみ、1926年3月6日-)は、日本の柔道家、早稲田大学名誉教授。柔道で事実上の最高段位となっている十段の所有者(120年以上の柔道の歴史のなかで2006年現在、過去を含めて十段所有者は15名のみ)。柔道が初めて五輪正式種目となった1964年東京オリンピックの柔道競技コーチ、全日本柔道連盟国際試合選手強化委員会(女子)委員長、講道館女子部部長、早稲田大学柔道部師範、早稲田大学人間科学部教授を歴任。今日の日本および世界の柔道の隆盛にも大きく貢献した。2006年、早稲田大学スポーツ功労者表彰。
佐藤 進(さとう すすむ、1926年1月1日 - 1998年… 佐藤 進(さとう すすむ、1926年1月1日 - 1998年3月1日)は、日本の経済学者、新潟大学名誉教授。
色川 大吉(いろかわ だいきち、1925年〈大正14年〉7月… 色川 大吉(いろかわ だいきち、1925年〈大正14年〉7月23日 - 2021年〈令和3年〉9月7日)は、日本の歴史家。東京経済大学名誉教授。専門は日本近代史、民衆思想史。 千葉県佐原市(現、香取市)生まれ。家業は運送業。旧制第二高等学校(仙台市)から東京帝国大学文学部に進学するも、太平洋戦争の学徒出陣で海軍航空隊へ入隊する。終戦に伴い復員すると、靴磨き、論文の下請け、農業などを行いつつ、1948年(昭和23年)に、前年9月に東京帝国大学から改称した東京大学を卒業。 ヴ・ナロード(人民の中へ)を目指して栃木県の中学校教員となるが、1年で挫折する。その後は上京し、日本共産党に入党し民主商工会の書記となる。
青野 茂行(あおの しげゆき、1924年4月4日 - 201… 青野 茂行(あおの しげゆき、1924年4月4日 - 2012年7月23日)は、日本の化学者。第7代金沢大学学長。従三位勲二等旭日重光章。 千葉県銚子町(現・銚子市)生まれ。1947年東北大学理学部化学科卒業、千葉県立国府台高等学校着任。千葉県立千葉第一高等学校、千葉大学文理学部助教授、金沢大学大学院自然科学研究科長を経て、1989年学長。1993年に退任後、帰郷し船橋市に定住。1999年勲二等旭日重光章。2012年7月23日、肺炎のため死去し、叙従三位。
木川統一郎(きがわ とういちろう、1924年-2020年10… 木川統一郎(きがわ とういちろう、1924年-2020年10月22日)は、日本の法学者・弁護士・弁理士。専門は民事手続法、特に民事訴訟法・民事執行法・民事保全法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1974年)。元中央大学教授。千葉県香取郡多古町出身。 中央大学法学部助手。1953年中央大学法学部助教授。1962年中央大学法学部教授。1968年中央大学理事。1970年旧司法試験第二次試験考査委員。1971年中央大学依願退任。中央大学法学部非常勤講師(~1994年)。1973年弁護士・弁理士登録。1975年早稲田大学大学院法学研究科客員講師・同法学部客員講師(~1994年)。最高裁判所規則制定諮問委員(1975~1994年)。
一瀬 智司(いちのせ ともじ、1922年5月31日 - 20… 一瀬 智司(いちのせ ともじ、1922年5月31日 - 2010年4月6日)は、日本の行政学者。国際基督教大学・石巻専修大学名誉教授。公共企業論。 千葉県市川市出身。東京大学法学部卒。53年同大学院修了、67年「公共企業体の財務管理に関する理論的・実証的研究 予算の役割、とくに資本予算の特質と設備計画の問題を中心にして」で経済学博士を取得。1948年会計検査院勤務、1953年埼玉大学講師、55年助教授、1963年国際基督教大学教授。社会科学研究所長、社会科学科長、1988年名誉教授。石巻専修大学教授、名誉教授。
石川 吉右衛門(いしかわ きちえもん、1919年10月23日… 石川 吉右衛門(いしかわ きちえもん、1919年10月23日 - 2005年8月12日)は、日本の法学者。 専門は労働法。東京大学名誉教授。末弘厳太郎門下。「労働法の権威」と呼ばれた。 労働行政の場においても、公共企業体等労働委員会会長や中央労働委員会会長を歴任するなど活躍。中央労働委員会会長在任中(1984年11月~1992年10月)には、パンアメリカン航空の労働争議仲裁や、いわゆるJR不採用問題でJRと国鉄労働組合の両者に対し和解を促す「最終解決案」の提示などを行った。 千葉県木更津市にて誕生。1937年、東京府立第四中學校卒業。1940年、第一高等学校卒業。1943年、東京帝国大学法学部卒業。
比留間 豊(ひるま ゆたか、1918年1月6日 - 2002… 比留間 豊(ひるま ゆたか、1918年1月6日 - 2002年1月26日)は、日本の土木工学者。東京帝国大学(現在の東京大学)土木工学科卒。 技術開発、特に道路の機械化施工に取り組み、高速道路事業に大きな功績を残した。コンクリート製防護壁の発明者。土木学会名誉会員。建設省道路局道路公団監理官、株式会社間組常務取締役、東京道路エンジニア株式会社社長などを歴任。日韓トンネル研究会参与。1989年6月、勲三等瑞宝章受章。2002年1月26日、心不全のため死去、享年84。
和歌森 太郎(わかもり たろう、1915年(大正4年)6月1… 和歌森 太郎(わかもり たろう、1915年(大正4年)6月13日 - 1977年(昭和52年)4月7日)は日本の歴史学者、民俗学者。東京教育大学名誉教授。専門は日本の民衆史・修験道史。
市原 松平(いちはら まつへい、1915年3月30日 - 2… 市原 松平(いちはら まつへい、1915年3月30日 - 2001年4月11日)は、日本の土木工学者。京都帝国大学工学部卒業。名古屋大学名誉教授。土木学会名誉会員。地盤工学会名誉会員。土圧・間隙水圧の計測方法に関する研究を行い多面土圧計などの計測機器を開発。特に土圧研究の分野で多くの業績を上げた。勲二等瑞宝章受章。 1915年(大正4年)、現在の千葉県佐倉市に生まれる。旧制千葉県立佐倉中学校(現:千葉県立佐倉高等学校)、旧制大阪高等学校(現:大阪大学一般教養部)を卒業。 1941年(昭和16年)12月、京都帝国大学工学部土木工学科卒業。内務省国土局に採用される。 1942年(昭和17年)2月、近衛工兵連隊に現役兵として入隊。
稲葉 襄(いなば のぼる、1914年2月15日 - 2006… 稲葉 襄(いなば のぼる、1914年2月15日 - 2006年1月8日)は、日本の経営学者。神戸大学名誉教授、広島経済大学名誉教授。経営学博士。専門は中小工業経営・家庭経済学・仏教的企業経営学。 神戸女子大学、武庫川女子大学、神戸女子薬科大学でも非常勤講師を務めた。 1914年、千葉県市原市舞鶴に生まれる。1931年、千葉県立大多喜中学校卒業。1934年、和歌山高等商業学校(現、和歌山大学経済学部)卒業。1937年、神戸商業大学 (旧制)(現神戸大学)卒業、同大学研究科に進学し、1939年修了。同年、和歌山高等商業学校講師に就任。1940年同校教授。 1944年軍需省軍需監理官、1946年商工省近畿地方商工局事務官を経て、同年、神戸経済大学附属経営学専門部講師・教授。
馬場 金太郎(ばば きんたろう、1912年〈明治45年〉6月… 馬場 金太郎(ばば きんたろう、1912年〈明治45年〉6月28日 - 1993年〈平成5年〉1月6日)は、日本の医学博士、昆虫学者。新潟県で黒川病院、村上精神病院を設立し医療に貢献、また昆虫の研究に多大な業績を残した。 1912年(明治45年)、千葉県安房郡富浦町(現南房総市)に生まれる。旧姓は酒井。小学生の頃に、医院をひらいていた馬場家の養子として、新潟県北蒲原郡黒川村に移る。1930年(昭和5年)に新発田中学を卒業、1935年(昭和10年)に新潟高等学校を卒業する。1939年(昭和14年)に新潟医科大学を卒業後、同大学の解剖学教室の助手に任ぜられるが、10月に召集を受ける。軍医として中国に駐在していたが1946年(昭和21年)6月に復員し、1947年(昭和22年)5月に『南支広東「デルタ」に於ける「アノフェレス」蚊の「マラリア」流行病学的研究』で医学博士の学位を取得する。
柳沢 義男(柳澤、やなぎさわ よしお、1907年(明治40年… 柳沢 義男(柳澤、やなぎさわ よしお、1907年(明治40年)8月1日 – 1990年(平成2年)12月2日)は、昭和期の法学者、弁護士、計理士、実業家、政治家。衆議院議員、法学博士。 千葉県流山市出身出身。専修大学経済学部卒を経て、1931年(昭和6年)中央大学法学部を卒業し、さらに同大学院を修了。1938年(昭和13年)パリ大学を卒業した。 その後、弁護士、計理士の業務に従事しながら中央大学教授に就任。1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙で千葉県全県区に無所属で出馬して落選。1947年(昭和22年)4月の第23回総選挙で千葉県第1区に日本自由党所属で出馬して次点で落選。1949年(昭和24年)1月、第24回総選挙で民主自由党公認で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
周郷 博(すごう ひろし、1907年6月14日 - 1980… 周郷 博(すごう ひろし、1907年6月14日 - 1980年2月28日)は、日本の教育学者。お茶の水女子大学名誉教授。 千葉県八千代市生まれ。第一高等学校を経て、1933年東京帝国大学文学部教育学科卒。東京大学助手の後、いくつかの大学の非常勤講師を経て、1947年東京女子高等師範学校講師。その後、新制のお茶の水女子大学教育学部教授。晩年は、付属幼稚園園長も兼務。 教育の詩人と呼ばれ、青年期から詩作をし、『母と子の詩集』などもある。テイヤール・ド・シャルダンの著作を座右の書とした。戦後、日本の教育界に影響のあったハーバート・リードの『平和のための教育』、レスター・スミスの『教育入門』を岩波書店から翻訳刊行している。
井村 恒郎(いむら つねろう、1906年9月17日 - 19… 井村 恒郎(いむら つねろう、1906年9月17日 - 1981年8月22日)は、日本の精神医学者。国立精神衛生研究所心理学部長等を歴任。日本大学名誉教授。学位は、医学博士(東京大学・1941年)。 千葉県銚子市生まれ。水戸高等学校卒、1929年京都帝国大学文学部哲学科卒業。1934年東京帝国大学医学部卒業、東京帝国大学医学部附属病院精神科副手。35年同助手、1940年同外来診療所医長。41年「失語症に於ける失行性症状」で東京大学より医学博士の学位を取得。同年軍事保護院傷痍軍人下総療養所医官。44年日本精神学会学会賞(森村賞)受賞。1947年国立国府台病院副院長兼神経科医長。49年国立東京第一病院神経科医長。
牧野 佐二郎(まきの さじろう、1906年6月21日 - 1… 牧野 佐二郎(まきの さじろう、1906年6月21日 - 1989年8月6日)は、日本の細胞遺伝学者。癌や染色体の研究で優れた業績を残した。北海道大学名誉教授。 千葉県成田市出身。1930年(昭和5年)北海道帝国大学農学部染色体学科卒業。 1932年(昭和7年)7月、自分の体に縄をつけて船上から倶多楽湖に潜り、エゾサンショウウオの幼形成熟個体を採集した。エゾサンショウウオの幼形成熟は1919年に発見されていたが、標本が残っておらず、牧野が獲たものが2020年の再発見まで唯一の標本となっていた。 1940年(昭和15年)「ハツカネズミ属の細胞学的研究」で理学博士。1947年(昭和22年)北海道帝大教授となり、山階鳥類研究所研究員、のち国立遺伝学研究所研究員を兼任。
加藤 愛雄(かとう よしお、1905年11月30日 - 19… 加藤 愛雄(かとう よしお、1905年11月30日 - 1992年1月28日)は、日本の地球物理学者。東北大学名誉教授。理学博士。専門は地球電磁気学。 化学者の加藤多喜雄は兄。生物学者の加藤陸奥雄、地質学者の加藤磐雄は弟。大甥(甥の息子)に数学者の加藤文元。 千葉県夷隅郡大多喜町生まれ。旧制宮城県仙台第一中学校、旧制第二高等学校を経て、1930年東北帝国大学理学部物理学科卒業。同年より同大学副手、翌年助手、1938年助教授、1945年地球物理学教室を創設、教授となる。 短周期の地球磁場変動を観測するため、東北大学金属材料研究所で発見された高誘導磁率合金センダストを磁芯に用いた誘導型磁力計(フラックスゲート磁力計)を開発、地磁気3成分の微細変動を長期間広範囲にわたって観測し、正弦波形定常脈動を各周波数ごとにPc1からPc5までの5つに分類した。
成瀬 政男(なるせ まさお、1898年2月3日 - 1979… 成瀬 政男(なるせ まさお、1898年2月3日 - 1979年7月12日)は、日本の機械工学者、東北大学名誉教授。初代職業訓練大学校校長。歯車の権威として知られる。位階および勲等は正三位・勲二等。 千葉県安房郡北条町(現館山市)八幡生まれ。白浜村(現南房総市)育ち。祖父の藤蔵は長尾藩士。父の作蔵は白浜尋常小学校代用教員で家は貧しく、1910年に尋常高等小学校卒業後、畑仕事をしながら進学し、1916年に千葉県安房中学校(現千葉県立安房高等学校)卒業後、尋常高等小学校代用教員となる。小学校の恩師に勧められて進学した東北帝国大学工学専門部機械工学科では銀時計を授かり1920年に卒業後、宮城県立工業学校教諭となる。
森谷 延雄(もりや のぶお、1893年(明治26年)10月2… 森谷 延雄(もりや のぶお、1893年(明治26年)10月28日 - 1927年(昭和2年)4月5日)は、日本の家具デザイナー、インテリアデザイナー、東京高等工芸学校(現在の千葉大学工学部)教授。 旧制千葉県立佐倉中学校(現在の千葉県立佐倉高等学校)を経て、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)工業図案科を卒業。清水組に入社し、1920~22年に海外派遣。ロンドン王立美術学校と中央美術工芸学校で家具デザインを学ぶ。「誠之堂」(東京都世田谷区から埼玉県深谷市に移築、1916年築、国の重要文化財)や「晩香廬」(東京都北区、1918年築、国の重要文化財)等の室内装飾を手掛けた。
松本 潤一郎(まつもと じゅんいちろう、1893年7月22日… 松本 潤一郎(まつもと じゅんいちろう、1893年7月22日 - 1947年6月12日)は、日本の社会学者。理論社会学を専門とした。 千葉県銚子市出身。裕福な地主の旧家に生まれる。旧制銚子中学校に入学するが、肋膜炎にかかり旧制佐原中学校に転校。第一高等学校、東京帝国大学文科大学哲学科社会学専攻卒。建部遯吾に師事。大学院を中退後、大阪毎日新聞の外国通信部記者として、英文和訳や海外事情調査などに従事。1年ほどで退社し、外遊を経て日本大学講師、法政大学教授、東京女子大学講師、東京帝国大学講師を歴任。1938年、東京高等師範学校教授。1942年、日本文学報国会理事。戦災により蔵書1万冊を焼失してからは諦観の人となり、戦後間もなく糖尿病で死去した。
石橋 長英(いしばし ちょうえい、1893年4月26日 - … 石橋 長英(いしばし ちょうえい、1893年4月26日 - 1990年9月25日)は、日本の医学者である。千葉市出身。 1918年、東京帝国大学に留学。1920年東京女子医科大学教授に就任。1925年公益財団法人日本国際医学協会を組織し。1936年から日独医学協会長を務めた。1973年獨協医科大学初代学長に就任。
石田 幹之助(いしだ みきのすけ、1891年12月28日 -… 石田 幹之助(いしだ みきのすけ、1891年12月28日 - 1974年5月25日)は、日本の歴史学者、東洋学者。國學院大學や大正大学、日本大学などで教授をつとめた。芥川龍之介とは、一高同級生の友人だった。
石井 満(いしい みつる、1891年2月9日 - 1977年… 石井 満(いしい みつる、1891年2月9日 - 1977年11月13日)は、日本の作家、出版人、教育学者。 千葉県生まれ。第一高等学校在学時代は芥川龍之介らと同期であった。東京帝国大学法科大学卒業。大学院で交通政策を学ぶ。新渡戸稲造に師事。鉄道院事務官、東京市電気局総務課長を経て、1946年日本出版協会会長。 GHQの指導で戦争責任を問われた出版社の粛清を行い、夏目漱石の著作権問題の処理に当たった。学校法人精華学園理事長などを務めた。
岩瀬 徳三郎(いわせ とくさぶろう、1887年8月11日 -… 岩瀬 徳三郎(いわせ とくさぶろう、1887年8月11日 - 1971年2月2日)は、日本の化学技術者、工学博士。東ソー及び東曹産業の創業者。 千葉県銚子市出身。1887年(明治20年)大地主、岩瀬利右衛門の三男として生まれる。1914年九州帝国大学工学部応用化学科卒業。同大学院へ進みアメリカへ留学。渡米の際の船で安野譲と知り合った縁で1918年に日本曹達工業(のちのトクヤマ)入社。同社取締役技師長、専務取締役を経て1935年東洋曹達工業(現東ソー)を設立し社長に就任。1940年「アンモニアソーダ工業用生石灰焼成に関する研究」で九州帝国大学工学博士の学位を取得。 妻・つね(1894年生)との間に徳郎、和子、義郎、秀郎、幹子、及び養子の寅四郎あり。
岡田 武松(おかだ たけまつ、1874年(明治7年)8月17… 岡田 武松(おかだ たけまつ、1874年(明治7年)8月17日 - 1956年(昭和31年)9月2日)は、日本の気象学者。第4代中央気象台長を多年に亘り務めた。「気象学の父」とも呼ばれる。 千葉県相馬郡布佐村(東葛飾郡布佐町、我孫子町を経て、現在の我孫子市布佐)の海産物を扱う商家に生まれる。6歳で布佐初等小学校に入学、課外に和算を学ぶ。14歳で上京し、東京府立尋常中学校(現在の東京都立日比谷高等学校)に入学し、19歳で卒業し、第一高等中学校に入学。物理学を中村清二らに学ぶ。同級に桑木或雄(あやお)らがいる。このころ利根川の水害が多発したこともあり、防災科学や気象学に関心を寄せる。 1899年(明治32年)、26歳で東京帝国大学理科大学物理学科を卒業し、ただちに中央気象台(現在の気象庁)に勤務。
伊東 忠太(いとう ちゅうた、慶応3年10月26日〈1867… 伊東 忠太(いとう ちゅうた、慶応3年10月26日〈1867年11月21日〉 - 1954年〈昭和29年〉4月7日) は、明治から昭和期の建築家、建築史家である。号は紅雲。位階・勲等・学位・称号は、正三位・勲二等瑞宝章・工学博士・東京帝国大学名誉教授・早稲田大学教授。出羽国米沢(現山形県米沢市)出身。米沢市名誉市民第1号。 少年時代を東京、佐倉で過ごす。帝国大学工科大学(現在の東京大学工学部)を卒業して同大学大学院に進み、のちに工学博士・東京帝国大学名誉教授となる。 西洋建築学を基礎にしながら、日本建築を本格的に見直した第一人者で、法隆寺が日本最古の寺院建築であることを学問的に示し、日本建築史を創始した。
小柴 保人(こしば やすと、安政6年1月2日(1859年2月… 小柴 保人(こしば やすと、安政6年1月2日(1859年2月4日) - 大正13年(1924年)5月9日)は日本の工学博士。第二高等中学校(現東北大学教養部)教授。旧制鹿山中学校(現在の千葉県立佐倉高等学校)を経て東京大学理学部(土木科)卒。土木学会会員。
久松 定弘(ひさまつ さだひろ、1857年1月27日(安政4… 久松 定弘(ひさまつ さだひろ、1857年1月27日(安政4年1月2日)- 1913年(大正2年)7月7日)は、明治期の哲学者、官僚、政治家、華族。貴族院子爵議員。幼名・弘太郎。 父は上総大多喜藩主・松平正義の長男正晴で、その長男として上総国大多喜で生まれる。明治4年12月27日(1872年2月5日)旧伊予今治藩主・久松定法の養子となる。明治5年8月7日(1872年9月9日)養父の隠居に伴い家督を継承。1884年7月8日、子爵を叙爵した。 漢学を島田篁村、英語を河津祐之、ドイツ語及び普通学(一般教養科目)を司馬凌海、エルヴィン・クニッピング、ルドルフ・レーマンらに学んだ。1874年11月10日、留学のためドイツ帝国へ出発し、オイゲン・デューリングなどに師事し哲学と文学について学んだ。
津田仙(つだ せん、天保8年7月6日(1837年8月6日) … 津田仙(つだ せん、天保8年7月6日(1837年8月6日) - 明治41年(1908年)4月24日)は、日本の農学者、キリスト者。学農社創立者。青山学院大学・筑波大学附属盲学校の創立に関わる。また、日本で最初に通信販売を行った人物でもある。同志社大学の創始者新島襄、人間の自由と平等を説いた東京帝国大学教授の中村正直とともに、“キリスト教界の三傑”とうたわれた。明六社会員。娘に、後に津田塾大学創設者となる津田梅子、サンフランシスコで日本語新聞「日米新聞」を発行し日系人社会のリーダー的存在だった安孫子久太郎と結婚しアメリカに移住した安孫子余奈子がいる。
依田 学海(よだ がっかい、旧字体:學海、天保4年11月24… 依田 学海(よだ がっかい、旧字体:學海、天保4年11月24日(1834年1月3日) - 明治42年(1909年)12月27日)は、日本の漢学者、文芸評論家、小説家、劇作家。幼名は幸造、信造。通称は七郎、右衛門次郎。諱は朝宗(ともむね)。初め字を百川(ひゃくせん)といったが後にこれを本名とした。学海は雅号で、柳蔭とも号した。
常世 長胤(とこよ ながたね、天保3年〈1832年〉 - 1… 常世 長胤(とこよ ながたね、天保3年〈1832年〉 - 1886年〈明治19年〉3月19日)は江戸末期の国学者・明治期の神祇官。平田門に学ぶ。『神教組織物語』などの著作がある。 上総国木更津に生まれたというが、異説もある。その後、下野国壬生に住む。1866年(慶応2年)、平田鐵胤の没後門人となる。1872年(明治5年)5月、宣教使十二等出仕から東京都港区芝大門鎮座の芝大神宮祠官に異動。1872年(明治5年)11月、芝大神宮祠官から教部省十等出仕に異動。その後は、神宮教山形県本部長となるが、管長の田中頼庸と対立し辞職、1875年(明治8年)、静岡県権中属(明治11年に辞官)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
田上 雅徳(たのうえ まさなる)は、日本の政治学者。慶應義塾… 田上 雅徳(たのうえ まさなる)は、日本の政治学者。慶應義塾大学教授。専門はジャン・カルヴァンの政治思想。
高橋 応明(たかはし まさはる)は、日本の工学者、千葉大学准… 高橋 応明(たかはし まさはる)は、日本の工学者、千葉大学准教授、工学博士。専門分野は、アンテナ、環境電磁工学、人体と電磁波、RFID、無線通信。 千葉県立船橋高等学校卒、東北大学工学部電気工学科卒(1989)、 東京工業大学大学院博士課程修了(1994)、日本学術振興会特別研究員(1993)、武蔵工業大学工学部電子通信工学科助手(1994)、同大講師(1996)、東京農工大学工学部電気電子工学科助教授(1996)、千葉大学フロンティアメディカル工学研究開発センター助教授(2004)を経て千葉大学フロンティアメディカル工学研究開発センター准教授。
松岡 俊文(まつおか としふみ)は、日本の資源開発工学者。京… 松岡 俊文(まつおか としふみ)は、日本の資源開発工学者。京都大学名誉教授。元米国物理探査学会副会長。元物理探査学会会長。 千葉県立東葛飾高等学校を経て、1973年東京理科大学理工学部卒業。1975年東京理科大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程修了、石油資源開発入社。1982年から85年までブリティッシュコロンビア大学に留学。1998年京都大学大学院工学研究科資源工学専攻助教授、米国物理探査学会副会長。2001年京都大学大学院工学研究科資源工学専攻教授。2015年定年退職、京都大学名誉教授、深田地質研究所理事長。2020年深田地質研究所顧問。元物理探査学会会長。
中川 勝(なかがわ まさる)は、日本の大学教授、研究者。東北… 中川 勝(なかがわ まさる)は、日本の大学教授、研究者。東北大学多元物質科学研究所教授。元東京工業大学資源化学研究所准教授。 1988年、市川高等学校卒業。1992年、上智大学理工学部化学科卒業。1994年、上智大学大学院理工学研究科応用化学専攻博士前期課程修了。1997年、同大学大学院理工学研究科応用化学専攻博士後期課程修了(工学博士)。同年、東京工業大学資源化学研究所助手。2002年、同大学研究所助教授。2007年、同大学研究所准教授。2008年、東北大学多元物質科学研究所教授。
古瀬 祐気(ふるせ ゆうき、Yuki Furuse)は、日本… 古瀬 祐気(ふるせ ゆうき、Yuki Furuse)は、日本の医師、医学者。東京大学新世代感染症センター 感染系微生物学分野 教授。学位は博士(医学)(東北大学・2010年)。専門はウイルス学、感染症学、疫学など。 東邦大学付属東邦中学校・高等学校卒業。2010年、東北大学大学院医学系研究科において大学卒業より先に博士号を授与され、その翌年に同大学医学部医学科を卒業。医師免許を取得し、成田赤十字病院小児科などで初期臨床研修医を務めた。 基礎医学研究を行うためデューク大学に博士研究員として渡米。帰国後は、東北大学学際科学フロンティア研究所、京都大学ウイルス・再生医科学研究所(現 京都大学医生物学研究所)で助教や准教授として研究・教育活動に従事した。
山崎 真巳(やまざき まみ)は、日本の薬学者。千葉大学植物分… 山崎 真巳(やまざき まみ)は、日本の薬学者。千葉大学植物分子科学研究センター長、千葉大学大学院薬学研究院教授、理化学研究所客員主管研究員、日本学術会議会員。 千葉市生まれ。1982年千葉県立千葉高等学校卒業。1986年千葉大学薬学部総合薬品科学科卒業。1990年日本学術振興会特別研究員。1991年千葉大学大学院薬学研究科総合薬品科学科博士課程修了、薬学博士。 1992年千葉大学薬学部教務職員。1994年千葉大学薬学部助手。1996年千葉大学薬学部講師、日本学術振興会海外COE派遣研究員。2006年文部科学省研究振興局学術調査官。2012年千葉大学大学院薬学研究院准教授。2017年日本学術会議連携会員。