福嶋 亮大(ふくしま りょうた、1981年2月21日 - )… 福嶋 亮大(ふくしま りょうた、1981年2月21日 - )は、日本の批評家(文芸評論家)・中国文学者。立教大学大学院文学研究科(比較文明学専攻)教授。学位は博士(文学)。 京都府生まれ。2003年3月、京都大学文学部中国文学科卒業。 2004年8月、東浩紀の発行していたメールマガジン「波状言論」に論文を送り、9月に返事を得る。そして9月30日配信分の「波状言論」16号(9月B号)に論文「自然・批評・祈り - 舞城王太郎について」の前編が、10月30日に配信された「波状ゲンロン」18号(10月B号)に後編がそれぞれ掲載された。 『群像』2005年10月の特集「評論特集11人評論競作」に「コンラッドの末裔たち1900 / 2000 - 桜坂洋、平山瑞穂、山崎ナオコーラ論」を寄稿。
川島 隆(かわしま たかし、1976年 - )は、ドイツ文学… 川島 隆(かわしま たかし、1976年 - )は、ドイツ文学者。京都大学大学院文学研究科教授。プロボクサー・医師の川島実は実兄。 京都府長岡京市生まれ、奈良県奈良市育ち。東大寺学園高校を経て京都大学文学部へ進学。京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学、2005年「カフカ文学の中国・中国人像」で、博士(文学)の学位を取得。 滋賀大学経済学部特任講師・特任准教授を経て、2013年10月京都大学大学院文学研究科准教授、2024年4月京都大学大学院文学研究科教授。 専門は、ドイツ文学、ジェンダー論、メディア論。主な研究対象作家はフランツ・カフカおよびヨハンナ・シュピーリ。 カフカの『変身』について、「『意味が分からない』とよく言われる作品だが、そもそも『メッセージが込められている』と考えるから難しくなる。
青地 伯水(あおじ はくすい、英語: Hakusui Aoj… 青地 伯水(あおじ はくすい、英語: Hakusui Aoji、1963年 - )は、日本のドイツ文学者。京都府立大学文学部長・教授。日本独文学会京都支部の渉外・広報委員。 京都府京都市生まれ。大阪市立大学文学部卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定。2005年に「もうひとつの世界:アイヒとヒルデスハイマー」で文学博士。都太夫一中発祥の地として知られる京都・明福寺の第十六代住職である青地敬水の長男。父・敬水は瑞宝双光章の受章者。「フランス文学は恋バナ、ドイツ文学は思索的」と評している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
横川 寿美子(よこかわ すみこ、1953年3月 - )は、日… 横川 寿美子(よこかわ すみこ、1953年3月 - )は、日本の英米文学者、児童文学研究者。京都市生まれ。 1991年『初潮という切札-<少女>批評・序説』で日本児童文学者協会新人賞、94年『「赤毛のアン」の挑戦』で日本児童文学学会奨励賞受賞。フェミニズムの視点から児童文学、近年はヤングアダルト小説を論じている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
横島 昇(よこしま のぼる、1953年 ‐ )は、日本の英文… 横島 昇(よこしま のぼる、1953年 ‐ )は、日本の英文学者、翻訳家、小説家。 フランシス・キング(英語版)を中心に英文学の評論・翻訳、また脚本や小説など文筆活動を行う。著書に『フランシス・キング 東西文学の一接点』(1995年)、『ガラシャの祈り』(2019年)『薔薇の象徴』(2023年)、訳書に『フランシス・キング作品集 日本の雨傘』(1991年)、『炎の恋人』(2019年)など。 京都府京丹後市出身。京丹後市弥栄町和田野在住。1976年(昭和51年)京都外国語大学英米語学科卒業、1980年(昭和55年)京都外国語大学大学院修士課程修了。 小学生の頃に学校の先生に文才があると褒められたことから作家を志し、宮沢賢治や三島由紀夫の作品の影響を強く受けた。
青木 周平(あおき しゅうへい、1952年3月24日 - 2… 青木 周平(あおき しゅうへい、1952年3月24日 - 2008年11月11日)は、日本の国文学者。國學院大學教授。専攻は上代文学。京都市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
小川 正廣(小川 正広、おがわ まさひろ、1951年10月1… 小川 正廣(小川 正広、おがわ まさひろ、1951年10月12日 - )は、日本の古代ラテン文学者、名古屋大学名誉教授。 京都市生まれ。1975年京都大学文学部西洋古典語学西洋古典文学専攻卒。79年同大学大学院文学研究科博士後期課程退学、92年「ウェルギリウス研究」で文学博士。京都大学文学部助手、1982年京都産業大学教養部専任講師、86年助教授、1990年名古屋大学文学部助教授を経て、96年教授、2000年文学研究科教授、2017年定年退任、名誉教授。
徐 京植(ソ・キョンシク、서 경식、1951年2月18日 -… 徐 京植(ソ・キョンシク、서 경식、1951年2月18日 - 2023年12月18日)は、在日朝鮮人作家、文学者。東京経済大学名誉教授。 京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業(フランス文学専攻)。兄に元立命館大学特任教授の徐勝、人権運動家の徐俊植がいる。4人兄弟の末っ子。 在日朝鮮人の父母のもと、京都市に生まれる。早稲田大学在学中の1971年、二人の兄が留学中のソウルで国家保安法違反容疑で逮捕される(学園浸透スパイ団事件)。すぐさま逮捕の不当性を訴えて母や支援者とともに救援活動を展開。1974年に早稲田大学第一文学部仏文学科を卒業するも、依然兄弟は獄中にあり、自らも大学院進学を諦めて兄の解放と韓国民主化運動のため活動を継続する。
藤田真一(ふじたしんいち、1949年8月27日 - )は、日… 藤田真一(ふじたしんいち、1949年8月27日 - )は、日本の国文学者、関西大学名誉教授。専門は日本近世文学、特に与謝蕪村。 京都市生まれ。洛星中学校・高等学校を経て、1973年大阪外国語大学ドイツ語科卒、1980年大阪大学大学院博士後期課程国文学専攻満期退学。大阪大学では信多純一に師事した。2000年「蕪村俳諧遊心」で阪大文学博士。1979年追手門学院大学助教授、1986年京都府立大学に転じる。助教授を経て、同教授。2001年関西大学文学部教授。2017年退職。 2000年『蕪村俳諧遊心』で文部大臣奨励賞、2012年『蕪村余響』でやまなし文学賞受賞。2020年、第55回大阪市市民表彰。
森川 展男(もりかわ のぶお、1949年1月19日 - )は… 森川 展男(もりかわ のぶお、1949年1月19日 - )は、日本のアメリカ文学者、法社会学者。近畿大学総合社会学部総合社会学科教授。専門はアメリカ文学、法社会学。 京都府生まれ、京都市育ち。立命館高等学校卒、立命館大学法学部卒業、1977年同大学文学部英米文学専攻卒業、関西外国語大学大学院外国語研究科英語学専攻博士課程(前期)入学。1982年米国ユニオン大学大学院博士課程英米文学専攻修了、Ph.D.取得。 1990年東海大学福岡短期大学助教授、1993年大東文化大学助教授、1997年退職。1999年東亜大学総合人間文化学部教授。2002年近畿大学産業理工学部(福岡キャンパス)教授。2010年同総合社会学部(東大阪)教授。
小田 剛(おだ たけし、1948年 - )は、日本の国文学者… 小田 剛(おだ たけし、1948年 - )は、日本の国文学者。京都市生まれ。神戸大学大学院文学研究科修士課程(国文学専攻)修了。京都府立桂高等学校教諭、92年京都府立向陽高等学校教諭、2004年京都府立乙訓高等学校教諭、2010年大阪府立交野高等学校非常勤講師、2011年龍谷大学仏教文化研究所客員研究員。専攻は中世和歌文学。
坂井 東洋男(さかい とよお、1943年10月19日 - )… 坂井 東洋男(さかい とよお、1943年10月19日 - )は、日本の中国文学者。京都産業大学名誉教授、追手門学院大学名誉教授。京都産業大学学長や、追手門学院大学学長、追手門学院学院長、大学コンソーシアム京都副理事長などを歴任した。 京都市生まれ。1969年神戸市外国語大学外国語学部中国学科卒業。1972年京都大学大学院文学研究科中国語学中国文学専攻修士課程修了。1975年京都産業大学外国語学部講師。京都産業大学外国語学部助教授を経て、1987年京都産業大学外国語学部教授。1994年京都産業大学図書館長・生涯学習センター室長。1997年私立大学図書館協会会長。1998年京都産業大学外国語学部長・外国語学研究科長。
西山 正容(にしやま まさやす、1942年6月4日 - )は… 西山 正容(にしやま まさやす、1942年6月4日 - )は、英語学者、英文学者。シェイクスピア文学等が専門。博士(文学)。皇學館大学名誉教授。
西村 頼男(にしむら よりお、1940年4月9日 - )は、… 西村 頼男(にしむら よりお、1940年4月9日 - )は、アメリカ文学者。阪南大学名誉教授。 京都市生まれ。1964年立命館大学文学部卒業。1968年ミシシッピ大学大学院修士課程修了。札幌商科大学助教授、四天王寺国際仏教大学教授、阪南大学国際コミュニケーション学部教授。2011年定年退任、名誉教授。
中野 武宣(なかの たけのり、1938年10月26日 - )… 中野 武宣(なかの たけのり、1938年10月26日 - )は、日本の天文学者・宇宙物理学者。専門は、恒星および惑星の形成過程。理学博士(京都大学・1966年)。 京都府舞鶴市出身で、林忠四郎の弟子。
杉本 大一郎(すぎもと だいいちろう、1937年3月18日 … 杉本 大一郎(すぎもと だいいちろう、1937年3月18日 - )は、日本の天文学者・宇宙物理学者。専門は恒星進化論。学位は、理学博士(京都大学)。東京大学名誉教授、放送大学名誉教授。2012年瑞宝中綬章受章。 京都府乙訓郡新神足村(現・長岡京市)出身。父は開業医。1955年、京都府立桂高等学校卒業。国語の担当教員は、後に国文学者となる清水好子だった。京都大学工学部電子工学科に進学するも2年次に転部し、1959年に京都大学理学部物理学科を卒業。京都大学大学院理学研究科に進学し、林忠四郎が教授を務める天体核研究室に入り林に師事する。1964年、京都大学大学院理学研究科原子核理学専攻博士課程を修了し、理学博士の学位を取得。
荒井 良雄(あらい よしお、1935年6月27日 - 201… 荒井 良雄(あらい よしお、1935年6月27日 - 2015年4月8日)は、日本のイギリス文学者、翻訳家。駒澤大学名誉教授。 1970年代前後には、NHK教育テレビの『英語講座』、文化放送ラジオ『百万人の英語』の講師としても活躍した。 学生時代から永く、シェイクスピア作品の上演に打ち込み、研究者としてイギリス文学に関する著作を発表する傍ら、シェイクスピア劇の演出や朗読も手がけた。 禅についても関心を寄せ、レジナルド・ブライスに関する研究や、英米の映画を題材にした著作、英語教科書なども発表していた。 映画監督荒井良平の息子として、京都市に生まれる。 京都府立嵯峨野高等学校から学習院大学文学部へ進み、1961年に文学修士を取得後、学習院大学に助手として採用され、講師、助教授、教授となる。
梶野 啓(かじの ひろむ、1934年9月17日 - )は、ド… 梶野 啓(かじの ひろむ、1934年9月17日 - )は、ドイツ文学者、奈良女子大学名誉教授。筆名・梶野 玲王。京都市生まれ。 1958年京都大学文学部独文科卒、1960年同大学院修士課程修了、大阪工業大学教養部助手、1963年奈良女子大学文学部講師、69年助教授、85年教授。97年定年退官、名誉教授、四国学院大学教授。1962年日本ゲーテ協会会長賞受賞。1975-76年西ドイツ・ボン大学に学ぶ。
深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ド… 深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ドイツ文学者、大阪市立大学・滋賀県立大学名誉教授、祇園祭山鉾連合会理事長。 京都市生まれ。1958年大阪大学大学院独文科修士課程修了、同年6月大阪市立大学文学部助手、講師、助教授。1981年10月教授。1994年「ドイツ近代短篇小説の研究 -その歴史と本質」で大阪市大文学博士。1995年定年退官、名誉教授、滋賀県立大学国際教育センター教授。2004年退任、名誉教授。2012年11月、瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - … 鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - )は、日本の英文学者、実践女子大学名誉教授。 大阪市東淀川区生まれ。京都府立鴨沂高等学校卒業。1955年京都大学文学部英文科卒業。1962年同大学院博士課程満期退学。1965年龍谷大学文学部助教授、68年実践女子大学文学部助教授、75年教授、2004年定年、名誉教授、創価大学客員教授。2006-2010年日本ギャスケル協会会長。
原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1… 原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。1955年大阪外国語大学卒業、1958年大阪市立大学大学院文学研究科修士課程修了。立命館高等学校教諭、1964年帝塚山大学講師、大阪外国語大学助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、関西福祉科学大学教授。 2019年、瑞宝中綬章受章。 ジュリアン・グリーンや、マルセル・プルーストの同性愛を研究。父と娘の近親相姦について虐待的なものも多く存在するとした上でそれだけではないと指摘する。 2020年に老衰のため死去。生没同日である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月… 岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月10日 - )は、日本のアメリカ文学者、同志社大学名誉教授。元学長。 京都府出身。同志社中学校、高校卒、1955年同志社大学文学部英文科卒、58年同大学院修士課程修了、助手。 1960年代初頭にケニオン大学とアイオワ州立大学に留学。 1962年アイオワ大学英文科Master of Fine Arts(修士)修了、63年同志社大学文学部専任講師、65年助教授、71年文学部教授、86年文学部長、92年学長。2003年退任、名誉教授。 専門は19世紀アメリカ・リアリズム文学論、モダニズム以降のアメリカ詩、ユダヤ系作家の小説群。 修士論文の対象としてヘンリー・ジェイムズを選択。
粂川 光樹(くめかわ みつき、1932年2月22日 - 20… 粂川 光樹(くめかわ みつき、1932年2月22日 - 2018年12月20日)は、日本の作家、国文学者。明治学院大学名誉教授。 京都市生まれ。東京大学国文科卒、同大学院修士課程修了、五味智英に師事して上代文学を専攻、かたわら同人誌『半世界』に小説を発表、長谷川泉の経営する医学書院に秦恒平と同期入社。1965年「極東語学校夜話」で直木賞候補となる。同年プリンストン大学専任講師として渡米、1969年帰国し、関東学院女子短期大学、フェリス女学院大学に勤め、1981年シンガポール大学講師、1986年帰国し、東京大学留学生教育センター講師、明治学院大学国際学部教授。 2002年定年退職し、2007年『上代日本の文学と時間』(笠間書院)を上梓。
須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本… 須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本文学研究者、アメリカ文学者。立命館大学名誉教授。専門はアフリカン・アメリカン・スタディーズ研究者。憲法9条メッセージプロジェクト共同代表。非核の政府を求める京都の会常任世話人。京都府生まれ。
杉本 秀太郎(すぎもと ひでたろう、1931年1月21日 -… 杉本 秀太郎(すぎもと ひでたろう、1931年1月21日 - 2015年5月27日)は、日本のフランス文学者・文芸評論家・エッセイスト。国際日本文化研究センター名誉教授、京都女子大学名誉教授。日本芸術院会員。 京都府京都市出身。1948年、旧制四高に入学。1949年に学制変更で、新制京都大学文学部仏文科に入学。1953年に卒業後、1956年、同大学院に入学し、1961年、博士課程単位取得満期退学。 1962年、京都女子大学文学部専任講師、1965年、助教授、1971年、教授。1988年に新設された国際日本文化研究センター教授に就任し、1996年に定年退職。同年に日本芸術院会員、筑摩書房で『杉本秀太郎文粋』(全5巻)が刊行された。
薬師川 虹一(やくしがわ こういち、1929年1月30日 -… 薬師川 虹一(やくしがわ こういち、1929年1月30日 - )は、日本の英文学者、詩人、写真家。同志社大学名誉教授。 英国初期ロマン派が専門。詩誌『Ravine』編集・発行同人。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本翻訳家協会、日本写真協会、日本バイロン協会、関西詩人協会、京都現代詩協議会、京都写真芸術家協会、京都市芸術文化協会に所属。 京都市生まれ。1952年同志社大学文学部英文科卒、1954年同大学院修士課程修了。立命館大学専任講師、助教授、教授、同志社大学文学部教授、1999年名誉教授、東海学園大学経営学部教授。 1997年京都市芸術文化協会賞受賞。2010年瑞宝中綬章受章。
伊藤 謙哉(いとう けんさい、1928年3月1日 - )は、… 伊藤 謙哉(いとう けんさい、1928年3月1日 - )は、日本の天文学者、宇宙物理学者。立教大学名誉教授。 林忠四郎の弟子であり、宇宙線の研究者として知られている。私立大学キャンパスシステム研究会(略称『CS研』)の初代会長。京都府京都市出身。趣味はテニス。
寿岳 潤(じゅがく じゅん、1927年9月19日 - 201… 寿岳 潤(じゅがく じゅん、1927年9月19日 - 2011年9月14日)は、日本の天文学者。東京大学名誉教授。父は寿岳文章、母は寿岳しづ、姉は寿岳章子。 京都府出身。国際天文学連合第51分科会(生物天文学)の副委員長を務め、日本における地球外知的生命体探査の第一人者として知られる。 父は英文学者・書誌学者の寿岳文章、母は翻訳家・評論家・小説家の寿岳しづ、姉は国語学者・随筆家・社会運動家の寿岳章子。1933年、一家で京都府向日市に転居し少年期を過ごした。
奥村 恒哉(おくむら つねや、1927年1月25日 - 19… 奥村 恒哉(おくむら つねや、1927年1月25日 - 1991年)は、日本の国文学者。専攻は平安時代文学。 京都府宇治市生まれ。島根県出身。松江高等学校を経て、京都大学文学部卒業。和歌を中心に研究。鹿児島県立短期大学教授を長年務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。 項目が小説家・作家の場合には {{Writer-stub}} を、文学作品以外の本・雑誌の場合には {{Book-stub}} を貼り付けてください。
松居 直(まつい ただし、1926年10月5日 - 2022… 松居 直(まつい ただし、1926年10月5日 - 2022年11月2日)は、日本の編集者、出版事業家、児童文学者。 京都府京都市生まれ。生家は近江商人の家系で、6人姉兄弟で長姉は1914年生まれ。幼時より上村松園や竹内栖鳳などの作品に接して育つ。 洋画家の須田国太郎は叔父で、若いころ彼のアトリエに入り浸っていたこともある。また国太郎の息子で東海旅客鉄道元社長の須田寬とは親戚にあたる。 同志社大学法学部政治学科を卒業する直前、24歳のとき、自宅に下宿していた佐藤身紀子と恋仲になったことがきっかけで、身紀子の父佐藤喜一の経営する福音館書店の編集者となった。のち身紀子は妻となる。 このとき実験的に作った「福音館小辞典文庫」シリーズが成功を収めたため、翌1952年2月、佐藤と共に正式に福音館書店を発足させた。
渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 201… 渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 2019年12月6日)は、日本の国語学者・国文学者。京都大学名誉教授。文学博士。 京都市生まれ。1948年、京都大学文学部卒業。1962年、「国語構文論」で文学博士(京都大学)。大阪女子大学助教授、京都大学教養部助教授、教授、1985年退官、名誉教授、上智大学教授、1997年退任。1991年6月から3年間、国語学会代表理事を務めた。 2019年12月6日20時56分、肺炎のため、神奈川県藤沢市の病院で死去。93歳没。
内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12… 内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12月20日 - 1989年(平成元年)8月17日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、演劇・音楽評論家、舞台演出家、オペラ演出家。東京大学名誉教授。 京都府京都市に生まれる。京都第一中学校(旧制)、第一高等学校(旧制)を経て、1950年(昭和25年)京都大学文学部ドイツ文学科卒。1951年(昭和26年)に東京大学教養学部助手となり、1953年(昭和28年)戦後初めてのドイツ学術交流会招聘留学生としてハンブルクにおいて研究を続け、以後ドイツ文学、ドイツ演劇、比較文学、比較演劇の講師、助教授、教授を務め、1986年定年退官。 ドイツ文学のエキスパートとして古典から現代までの数多くの文学作品や戯曲を翻訳し出版しているのみならず、研究領域はドイツ演劇に加え、ドイツオペラから新劇や伝統芸能に至るまで舞台芸術全般に及んだ。
前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 20… 前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 2010年6月11日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。同志社大学名誉教授。 京都市出身。京都大学文学部卒業。同大学院中退、1954年天理大学助教授、1956年西京大学助教授(1958年、京都府立大学に改称)、1967年同志社大学教授、1989年定年退任し名誉教授。 国書刊行会「ドイツ・ロマン派全集」責任編集を務めた。ドイツ文学の怪奇・幻想文学を多く翻訳し、評論を刊行した。 2001年春、勲三等瑞宝章を受章。2010年、呼吸不全により死去(没年86歳)。
林 忠四郎(はやし ちゅうしろう、1920年(大正9年)7月… 林 忠四郎(はやし ちゅうしろう、1920年(大正9年)7月25日 - 2010年(平成22年)2月28日)は、日本の物理学者(天体物理学)・天文学者。学位は理学博士(京都大学・論文博士・1954年)。京都大学名誉教授。位階は従三位。文化勲章受章者。 天文学と原子核物理学・素粒子物理学とをつなぐ学問である宇宙物理学の日本における先駆者の一人。京都大学理学部物理学科・天体核物理学研究室の教授を27年にわたって務め、研究の一方で数多の優秀な理論物理学者や宇宙物理学者、天文学者や惑星科学者を育てた。 京都府京都市上京区紫竹西南町(現・京都市北区紫竹西南町)に林誠次郎・ムメ夫妻の四男として生まれる。生誕翌年の1921年(大正10年)7月12日、大叔父・林寛次郎の養嗣子となる。
大橋 健三郎(おおはし けんざぶろう、1919年12月18日… 大橋 健三郎(おおはし けんざぶろう、1919年12月18日 - 2014年4月22日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 京都市中京の呉服卸商の家に生まれる。1937年(昭和12年)、京都市立第一商業学校(現京都市立西京高等学校・附属中学校)を卒業し、東京外国語学校英語科入学) 1941年、東北帝国大学英文科に入学。土居光知に師事し、阿部次郎、小宮豊隆の教えを受けて夏目漱石に傾倒するが、戦争のため二年で繰上げ卒業、海軍予備学生、予備士官として各地を転々とする。 戦後、仙台工業専門学校(現仙台高等工業学校)教授。1948年(昭和23年)、横浜市立経済専門学校教授、また横浜市立大学助教授。
竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 19… 竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 1985年12月10日)は、日本の国文学者・国語学者。香川大学名誉教授。 京都府亀岡市出身。京都府師範学校、東京高等師範学校卒、1945年9月東京文理科大学国文科卒。1967年「富士谷成章の学説についての研究」で東京教育大学文学博士。 京都府第三中学校教諭、京都府立亀岡高等学校教諭、香川大学学芸学部助教授、1969年教育学部教授、1982年定年退官、名誉教授、大谷女子大学教授。子に考古学者の竹岡俊樹がいる。
原 亨吉(はら こうきち、1918年6月21日 - 2012… 原 亨吉(はら こうきち、1918年6月21日 - 2012年3月20日)は、日本の数学史家、フランス文学者、翻訳家。大阪大学名誉教授。 フランス科学思想史、近世ヨーロッパ数学史を専攻し、ルネ・デカルト、ケプラー、ホイヘンス、ロベルヴァル、ライプニッツを軸に研究論文・翻訳を行い、フランス語教育にも長くたずさわった。若き日はスタンダール、アラン、ヴァレリーらの翻訳も行った。 京都市出身。姫路市に育つ。第一高等学校理科乙類を経て、1938年京都帝国大学哲学科入学、1940年退学し1942年東京帝国大学仏文科卒業。1942年入営し少尉で敗戦、1945年8月20日中尉(いわゆるポツダム中尉)で除隊、1947年同志社女子専門学校教授、1949年関東学院大学経済学部助教授。
阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1… 阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1994年10月22日)は、日本の国文学者・国語学者。文学博士(京都大学・論文博士・1962年)。京都大学名誉教授。 京都府京都市出身。父は漢学者の阪倉篤太郎。 1941年京都帝国大学文学部国文科卒業。1943年入隊、長沙市にて終戦を迎える。1946年6月に復員、11月に中村憲吉の三女始子と結婚。 1949年京都大学教養部助教授、1962年「語構成の研究」で京大より文学博士の学位を取得。1963年教授、1981年定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授。 1991年秋、勲三等旭日中綬章受章。 1994年脳動脈瘤破裂、心機能低下により京都市西京区の病院で死去。
菅 泰男(すが やすお、1915年4月26日 - 2007年… 菅 泰男(すが やすお、1915年4月26日 - 2007年6月5日)は、日本の英米文学者。シェイクスピア文学等が専門。 京都市出身。1939年京都帝国大学文学部英文科を卒業し、同大学院に進学。京都女子大学講師、1949年8月京都大学吉田分校助教授を経て、1953年5月京都大学文学部助教授、1961年7月教授に昇任、1962年「シェイクスピアの劇場と舞台」で京都大学文学博士。1979年定年退官、名誉教授、甲南女子大学文学部教授、明星大学人文学部教授、大阪府立国際児童文学館館長・理事長を務めた。また、アメリカ学会会長、日本演劇学会副会長、日本英文学会理事等を歴任。それらの功績により、1991年勲三等旭日中綬章、1994年大阪文化賞を受賞、1998年には京都市文化功労者に選ばれた。
橋本 武(はしもと たけし、1912年7月11日 - 201… 橋本 武(はしもと たけし、1912年7月11日 - 2013年9月11日)は、日本の国語教師、国文学者、元灘校(灘中学校・高等学校)教頭。京都府宮津市出身。中学の3年間をかけて中勘助の『銀の匙』を1冊読み上げる国語授業「『銀の匙』授業」で知られる。
海老池 俊治(えびいけ しゅんじ、1911年8月27日 - … 海老池 俊治(えびいけ しゅんじ、1911年8月27日 - 1968年7月3日)は、英文学者、翻訳家。 京都市生まれ。1931年東京帝国大学文学部美学美術史卒、34年同英文科卒。女学校教師などをしながら、英文学で斎藤勇に師事し、また横光利一に師事して創作も目指した。戦後1951年から68年まで一橋大学社会学部教授。
上村 悦子(うえむら えつこ、1908年10月11日 - 1… 上村 悦子(うえむら えつこ、1908年10月11日 - 1999年2月12日)は、日本の国文学者。専門は王朝女流文学、特に『蜻蛉日記』。日本女子大学名誉教授。 京都市生まれ。1933年日本女子大学校大学本科文学科国文学部卒業。1943年日本女子大学校国文学部教員。1948年日本女子大学専任講師、1949年助教授、1958年教授。1964年「蜻蛉日記 校本・書入・諸本の研究」で名古屋大学文学博士。1977年日本女子大を定年退職、名誉教授、東洋女子短期大学教授、図書館長。1986年教授職を退職し、翌年東洋女子短期大学を退職。1982年勲四等宝冠章。没後、従五位を贈られた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
西村 孝次(にしむら こうじ、1907年11月17日 - 2… 西村 孝次(にしむら こうじ、1907年11月17日 - 2004年6月29日)は、日本の英文学者、文芸評論家、翻訳家。元明治大学教授。 小林秀雄の従弟。弟の西村貞二は西洋史学者で東北大学教授を務めた。孫は元プロサッカー選手の西村卓朗。 京都市で約400年続いた仏書店で西村重右衛門(第十三代)の長男に生まれる。家業を継ぐはずだったが1923年に店が破産。進路に迷っていた時、京都へ来た小林秀雄から文学の道を勧められる。1925年京都府立第一商業学校卒、1929年関西学院英文科卒、学費のため一年半ゼネラルモーターズに勤め、1934年東北帝国大学法文学部英文科卒、創元社の原稿閲読者などを務める。1939年夏に、中村光夫、吉田健一、山本健吉、伊藤信吉らと同人誌『批評』(を創刊、英文学の翻訳、文芸評論などを寄稿。
新村 猛(しんむら たけし、1905年(明治38年)8月2日… 新村 猛(しんむら たけし、1905年(明治38年)8月2日 - 1992年(平成4年)10月31日)は、日本のフランス文学者・言語学者・国語辞書編纂者。名古屋大学名誉教授。元橘女子大学学長。 新村出の次男。息子新村徹は中国文学者(妻は中井正一の三女)。他に学術編集者の新村恭がいる。 東京府で生まれた。京都第一中学校、第三高等学校を経て、京都帝国大学文学部史学科に入学。すぐに仏文科へ転攻し卒業する。 1935年2月、中井正一や真下信一や武谷三男たちと共に同人誌『世界文化』を創刊、また週刊紙『土曜日』の常連執筆者として反ファシズム運動に関わった。このため、同志社大学予科教授であった1937年11月に真下信一らとともに治安維持法違反で逮捕され、2年間の獄中生活を送る。
上野 直蔵(うえの なおぞう、1900年12月7日 - 19… 上野 直蔵(うえの なおぞう、1900年12月7日 - 1984年10月2日)は、日本の英文学者・英語学者。同志社大学名誉教授。専門は中世英文学・米文学。 京都府京都市生まれ。1927年、同志社大学文学部英文学科卒。1934年から1936年まで、シカゴ大学に留学。1936年、同志社大学文学部講師、のち1938年に助教授、1941年に教授。1949年から1950年まで文学部長。1952年、チョーサーに関する論文で同志社大学より文学博士の学位を取得。1954年から1956年まで再び文学部長。1960年から1965年まで学長。1968年から1970年までアメリカ学会会長。1970年、定年退職、名誉教授となる。
荒牧 鉄雄(あらまき てつお、1900年9月25日 - 19… 荒牧 鉄雄(あらまき てつお、1900年9月25日 - 1992年3月8日)は、日本の英文学者・英語教育者。青山学院女子短期大学名誉教授。 福岡県八幡市出身。1918年福岡県立東筑中学校卒業、親を失い母校で教える。1923年東京外国語学校卒業、西南学院高等学部教授兼中学部教諭。1925年武蔵高等学校教授。1943年東海大学の創立に参加し教授。1951年青山学院女子短期大学教授。1971年定年退任、名誉教授。武蔵高等学校在職中から多くの受験参考書を執筆した。 長男の荒牧重雄(1930年- )は火山学者(東大、北大、日大教授)。
寿岳 文章(じゅがく ぶんしょう、1900年3月28日 - … 寿岳 文章(じゅがく ぶんしょう、1900年3月28日 - 1992年1月16日)は、日本の英文学者、随筆家、翻訳家、書誌学者。民藝運動家。和紙研究の第一人者的地位にあり、和紙関係の著作も多い。 妻は寿岳しづ、長女は日本語学者の寿岳章子、長男は天文学者の寿岳潤。 兵庫県明石郡押部谷村(現・神戸市西区)生まれ。家は鈴木家で父は寺の住職。規矩王麻呂と名づけられる。姉の婚家である寺の養子となり、得度して寿岳文章となる。 1919年、東寺中学校卒業、関西学院高等学部英文科入学、失明学生の岩橋武夫を知り、その妹静子を知る。1923年、卒業し静子と結婚(寿岳しづ)。 1924年、京都帝国大学文学部文学科選科入学、1927年、修了。
岡田 希雄(おかだ きゆう、1898年(明治31年)3月15… 岡田 希雄(おかだ きゆう、1898年(明治31年)3月15日 - 1943年(昭和18年)1月31日)は、日本の国語学者、国文学者、辞書学者。 京都府葛野郡七条村(現在の京都市下京区)に農家の服部家の次男として生まれる。名は市治郎。3歳で父の浅吉を亡くし、5歳で母のヤヱを亡くした後、乙訓郡久世村(現在の京都市南区)にある曹洞宗の鷲尾寺の住職である岡田希僊に引き取られる。1904年(明治37年)に養子として入籍し、1910年(明治43年)に得度を受けて「希雄」と名前を改め、翌1911年(明治44年)3月に僧籍に登録された。 1915年(大正4年)に京都府立京都第二中学校を卒業後、第三高等学校に入学する。
厨川 白村(くりやがわ はくそん、1880年11月19日 -… 厨川 白村(くりやがわ はくそん、1880年11月19日 - 1923年9月2日)は、日本の英文学者・文芸評論家。本名・辰夫。 『近代の恋愛観』がベストセラーとなり、大正時代の恋愛論ブームを起こした。夏目漱石『虞美人草』の小野のモデルとも言われる。 1880年(明治13年)、京都市柳馬場押小路生まれ。養父の厨川磊三(らいぞう)は元津山藩士で蘭学を修め、維新後は京都府勧業課、大阪造幣局などに勤めた人物。子がなかったため、実弟の子だった白村を養子とした。 大阪市の滝川尋常小学校、盈進高等小学校を経て、大阪府第一尋常中学校から京都府立第一中学校に転校後、第三高等学校を経て1901年(明治34年)、東京帝国大学英文科入学。
石田元季(いしだ もとすえ、1877年5月17日-1943年… 石田元季(いしだ もとすえ、1877年5月17日-1943年1月9日)は、日本の国文学者。 京都出身。号は春風。平安義黌卒。愛知医科大学教授、第八高等学校(現・名古屋大学)講師。研究誌「紙魚(しみ)」を主宰する。 尾張地方の文人や芸能人を研究し、1940年「俳文学考説」で帝国学士院賞を受賞。 1930年「名古屋市行進歌」を作詞(作曲:信時潔)。 死後、蔵書のほとんどは天理図書館に入ったが、一部の手沢本は愛知県立大学図書館に収められた。